王妃様のお誕生日 6
「国王様にお任せしておけば、エイリオスとレガールの方は大丈夫です。あの方は、時々、子供っぽかったり、娘や息子にプレッシャーをかけたり、反対に愛情がゆき過ぎていたり、悪ふざけが過ぎるところもあるのですけれど、普段は、家族に対しては優しい父親でいらっしゃいますから」
王妃様の言葉からは国王様への信頼のようなものが感じられた。
姫様方がいらっしゃるお部屋へ向かう廊下を歩きながら、「ナセリア達にもいろんなことを話し合えるお友達が出来るといいのですけれど」とおっしゃられる王妃様は本当に嬉しそうで、ご自身が学生でいらした頃の事を思い浮かべていらっしゃるようにもお見受けできた。
「––王妃様、先にお部屋へ入っていてくださいますか?」
扉にかけられていた手を止められた王妃様は不思議そうなお顔お浮かべられた。
「皆さん、ユースティアさんにもお会いできることを楽しみにしていらっしゃると思いますけれど」
もしそうであれば、ありがたい事だったけれど、一応、今は男の子と女の子で分かれている関係上、男である僕がここへ勝手に立ち入ることは出来ない。
「私が入ってしまっては、今日の会の目的とは外れてしまう可能性がありますから」
王妃様は気になさらなくても、とおっしゃってくださったけれど、お城にお仕えしている身である僕が率先してルールを破るわけにはいかない。
それに、今、気にするべきことがあるため、それを見逃してしまうことは危険な気がする。
「––分かりました。私が許可をとってくれば良いのですね」
何事かつぶやかれた王妃様がお部屋の中に完全に入られたのを確認して、僕は先ほどから感じていた気配の方へと声をかける。
「そちらにいらっしゃるのは分かっていますから、出ていらしてくださると助かります。直すことは出来るとはいえ、建物を壊したくはありませんから」
王妃様が若様方のいらっしゃる席を立たれ、こちらへ向かわれてから、ずっと1人の気配が尾行していることには気づいていた。
「やっぱり気付かれてたか。まあその見かけで王宮の魔法顧問を任されているってのも、案外まぐれとか広告塔ってわけでもなさそうだな」
柱の陰から出ていらしたのは、煌く金色の髪に金緑色の瞳をした、少年と呼ぶには大分成長した、大人と呼ぶにはまだ未熟そうな、しかし、エイリオス様にも劣らないのではないだろうかとも思える美形の青年だった。
「こちらへは何をしに? 今回、このように部屋が分けられている意味をまさかお分かりになっていないということはありませんよね?」
相手の男性から、室内にいらっしゃる姫様方やお客様方を害そうという気配は感じられない。
害を及ぼすおつもりではないのであれば、僕が対処してしまう必要はない。
しかし、今、この部屋の中は女の子、或いは女性のお客様達のものであって、男性が立ちいったりしても良い場所ではない。
「何って、そんなのお邪魔しに来たに決まってるだろう。クロムやヴァンスはクソ真面目にお固い奴らだから構わないんだろうけど、俺はやっぱり、どうせなら女の子の方と、出来れば姫様方とお近づきになりたいと思ってね」
もちろん、姫様方に異性のご友人が出来ることには賛成だ。
王妃様も仰っていたことだけれど、広く世界を知ることは必ず良いことになると思うし、そのためには、同性だけではなく、異性のご友人をお作りになることも必要だという事は僕もその通りだと思う。
「トゥエルノート様。女性にお声がけをなさりたいのでしたら、どうか、この会が終わるまでお待ちいただくことは出来ませんでしょうか。国王様、王妃様の、姫様方に同性のご友人を作って差し上げたいという願いをどうか実現させたいのです」
「大丈夫大丈夫。女の子たちの秘密の花園をちょっとのぞき見するだけだから。そしたらすぐ戻るし。男なんだから、この気持ち、君にも分かるだろう?」
「いいえ。とにかく、ここをお通しするわけには参りません。それに中をご覧に入れるわけにも参りません」
「またまたー。そんなこと言って、魔法顧問殿だって少しは見てみたいとか思うでしょ?」
右へ左へ、僕を突破して扉を開けようとなさるトゥエルノート様を行かせまいと、僕も扉の前に陣取って構えをとる。
まさか、中に姫様方、ご令嬢の皆様がいらっしゃると知っていて扉をぶち破るなどの行動には出られることはないだろうけれど、万が一、ということがないとも言い切れない。
なんとか掻い潜ろうとして来られるトェルノート様を、僕は、捕まえては丁寧に投げ飛ばさせていただいた。
流石に扉をぶち破るおつもりはないのか、魔法による攻撃をされてきたりはなさらなかった。もちろん、そうであっても防ぎきるつもりではあったのだけれど。
「へえ‥‥‥まさか、噂の魔法顧問殿が体術でもここまでやるなんてね」
トゥエルノート様は特に疲れた様子も見せられず、今も投げ飛ばされた場所ですぐに立ち上がられると、僕の事を観察するように眺められた。
「お褒めに預かり光栄です、トゥエルノート様」
淡々とお礼を言いつつ、いまだ諦める気配のないトゥエルノート様には、結構感心していた。
女の子、女性とお近づきになりたいというだけで、ここまで必死になって挑んで来られるなんて。その意気込みでここを通すわけには勿論いかないけれど、大したものですと感心していた。
『ユースティア、聞こえますか』
僕がトゥエルノート様と対峙していると、ナセリア様から念話が届けられた。
『何だか私たちが居る部屋の前が騒がしいようなのですけれど、様子を見に来てはいただけませんか?』
申し訳ありません、ナセリア様。その騒音の原因は僕です。
などと答えられるはずもなく、何と答えたらよいものかと、戸惑っていると、
「隙あり!」
チャンスとばかりにトゥエルノート様がこちらに向かって飛び込んで来られた。
少しばかり気をとられていたからとはいえ、その程度で後れを取るようでは、お城での防衛の役目など務まらない。
しかし、想定外の事態に対して、急な対応をとることは難しかった。
「あの––」
ホストとしての務め故か、様子を見るために出ていらしたナセリア様が内側から扉を開かれた。
お客様だからと遠慮している場合ではなく、ナセリア様の安全と、お客様の安全、どちらを重視するべきかと問われれば、後で怒られることになろうとも、僕はナセリア様の安全を優先させていただく。
知り合いの危機と、よく知らない、むしろ悪い印象さえ抱いている相手の危機、どちらを優先させるかと問われれば、僕は前者を優先する。
手加減する余裕もなく、移動と加速の魔法をトゥエルノート様にかけて吹き飛ばし、ナセリア様をお庇いしようとしたのだけれど、発生した風が急だったこともあり、ナセリア様がバランスを崩してしまわれた。
「ナセリア様!」
僕はナセリア様の腕を掴むと、飛行の魔法を使うよりも先に、自分の身体を、ナセリア様と床との間に滑り込ませた。結果––
「お姉様、ユースティアを押し倒すのは2人きりの時になさった方が良いわよ」
様子を見にいらしたフィリエ様と、後ろからいらしたご令嬢の皆様の好奇の––けっして悪いものではなく、むしろ好意を含んでいるように感じられる––視線を集めることになってしまった。




