王妃様のお誕生日 5
たとえ木造の模擬剣であろうとも、次期国王様、現王太子様に剣を向けるなど本来であれば不敬罪を適用されて即打ち首となるところだ。僕だって、事情が事情でなければ、そもそも模擬剣であろうともお渡ししたりは絶対にしないし、その時点でどうにかしてでも、例えば自分が代わりに剣を交えるなどの対応をとるはずだった。
しかし、今、この状況において、僕がエイリオス様の代わりに剣となることは出来ない。
これはエイリオス様が信を得るための戦いであり、そこに僕が手を出すことは許されてはいないからだ。
「よろしいですか?」
それでもいざという時のための備えは必要である。
僕は審判役を買って出て、おふたりが模擬剣を構えられる真ん中に立ち、エイリオス様とヴァンスロート様に確認を取る。
「私は構わない」
「こちらもです」
端から見れば、というよりも実際に、大人に近いヴァンスロート様と、まだ身体は子供と言って何の差支えもないエイリオス様との立ち合いである。
いくらエイリオス様が日ごろから剣の稽古にも取り組んでいらっしゃるからとはいえ、それが年齢の差や普段からの、おそらくは鍛錬の量を埋められるだけのものではないだろうということは、見ている方にも十分に理解できたことだろう。
「殿下、本当によろしいのですか?」
ヴァンスロート様が最後確認だとでもおっしゃるように、真っ直ぐ視線を向けられる。自然、今は観客でいらっしゃるお客様方の視線もエイリオス様へと注がれる。
「勿論だ。現時点での私に勝てないようであれば、そもそも騎士団に入団するなど適うはずもないだろう。もしや、我が国の騎士団員が誰も私に勝てないなどと思っているわけではあるまいな? 私は彼らに訓練をつけて貰ってもいるが、到底及ばない」
しかし、エイリオス様は普段と変わらない調子できっぱりとおっしゃられた。
日頃から、お城の、ひいては国民の皆様をお守りするために鍛えこんでいらっしゃる騎士団の皆さんに、勉強に公務、その他様々なお稽古をこなされていらっしゃるエイリオス様が剣術において敵うはずはない。
国王様も、1人で何でも全部出来る必要はないというお考えのようだし、リュアレス団長以下、現騎士団員のどなたに尋ねても、ご自身が国王様方の剣であることを誇りに思っていらっしゃることだろう。
「‥‥‥言葉は不要なようだな。これより先、私の事は貴殿が自身の剣でもって確かめられよ」
エイリオス様とヴァンスロート様から視線で合図を受けて、僕は1度、王妃様のお顔を窺う。
「構いません。私も了承しておりますから」
祈るように胸の前で手を組んでいらっしゃる王妃様は、やはり、心配そうなお顔を向けられていた。
「では、畏れ多くもこの私、ユースティアが開始の合図を務めさせていただきます」
緊張が走る中、僕は開始の合図とともに手を振り下ろした。
ヴァンスロート様の剣術は見事なもので、確かに身体だけではなく、技術の方も良く鍛錬されていらっしゃるとよく理解させられた。
勿論、エイリオス様もただ一方的にやられるわけではなく、受け流されたり、反撃なさったり、弾かれたりと、見事に対応はなさっていらっしゃるけれど、やはり劣勢を強いられていらっしゃる。
やがて、幾度もの攻防の末、エイリオス様の剣を捌かれたヴァンスロート様の剣がエイリオス様の胴に打ち込まれようかとする寸前––
「そこまで」
僕は試合の決着を宣言して、おふたりの間––正確にはヴァンスロート様の握っていらっしゃる剣の先の部分とエイリオス様の胴との間の部分––に障壁を割り込ませていただいた。
弾かれるような大きな音が起こる。
ヴァンスロート様の剣は、エイリオス様の胴に当たる寸前で障壁によって止められていた。
正式に申し込まれた決闘なのだから、止めてはむしろ失礼に当たるとも思ったけれど、そのことで僅かでも王妃様の御心に陰りを落としたくはなかった。
お互いに剣を下げられた後、ヴァンスロート様は剣を置かれ、その場に膝をつかれた。
「申し訳ありません、殿下。手加減不要とのことでしたが、そのような余裕はなく、止めていただかなくては殿下にお怪我を負わせるところでした。これもまだ私が未熟な証。一層精進を積んでまいります」
顔を伏せられるヴァンスロート様に対して、エイリオス様は手を差し伸べられた。
「正式な決闘、それもこちらから望んだものであるのだから、貴殿がそのように謝られる必要はどこにもない。私こそ、貴殿が剣を捧げるにふさわしい主たれるよう、今より一層の鍛錬に励むことにしよう」
それから、ヴァンスロート様の仲介もあり、エイリオス様と、エイリオス様に連れられたレガール様が他のお客様とも少しは打ち解けられたかと思う頃、今までどちらにいらしたのか、国王様がいらっしゃった。
王妃様共々、いらっしゃった方から心の籠った祝福の言葉を受けられながら、国王様は
「王妃の誕生日のために集まってくれたこと、心より感謝する。そして、かねてからの王妃の望みでもあった、子供たちにも友人と呼べるような関係を築くことが出来始めているようで、私も嬉しく思う。しかし、こちらではなく、娘たちの方でも、直接王妃の誕生日を祝いたいという声が上がっている」
王妃様は静かに頷かれると、エイリオス様とレガール様を抱きしめられた。
「今日だけで、とは言いません。エイリオスも、レガールも、自分でしっかりと友人を作ることが出来たのならば、それが私にとっては一番のプレゼントですから」
そうおっしゃられると、国王様と入れ替わられる形で、お城の中へと向かわれた。
「ユースティア殿」
国王様にお声がけいただき、僕はその場で膝をつく。
「ああ、そのように畏まらずとも良い。ちょっとした頼み事だ」
国王様は遠ざかる王妃様の後ろ姿を優し気に見つめられながら、
「貴殿らの警備もあることだし、いらぬ心配とは思うが、万が一があってはいかん。王妃の望みを違えてしまうようで心苦しいのだが、娘たちのところまで護衛してはくれぬだろうか」
「承知致しました」
もちろん、戻って来てくれて構わない、と付け足されるように意味深におっしゃられた国王様に見送られながら、僕は王妃様の後を追わせていただいた。




