リンウェル公国 3
エイリオス様とフェリシア姫様の関係は良好な様子だった。
できれば仲の良い関係を築き始めつつあるのかもしれないおふたりの事を、しばらく様子を見ながらゆっくりと見守ってゆきたかったところではあるのだけれど、月日の流れが待ってくれるわけではない。クローディア様のお誕生日はすぐそこまで迫っていた。
何もかもが急な事だらけの今回のお出かけだったけれど、帰りまで慌ただしくなりそうだ。元々、リンウェル公国に立ち寄る予定はなかったのだから当然ではあるのだけれど。
勿論、エイリオス様に非が御有りだなどということは全く、いや、ほとんどない。
迷っている小さな女の子を見つけたのであれば導こうとなさるのはごく当然の反応だろうし、お手を差し伸べられたエイリオス様が最後まで責任を持たれるのは、エイリオス様ではなくとも、普通であれば、そうするに違いないという行動だろうことに疑う余地はない。
その後の事に関しては、僕も男として、全く分からないということもない。決して、褒められるような行動ではなかったにしろ、まあ、その、本能というか、衝動というか、そういったことに抗えないことはあるのかもしれない。言い訳と言われてしまえば、全く反論することはできないけれど。
それでも、現在は少なくともこちらの目から見れば、おふたりの関係は悪くないようなものに見えるので、人徳か、人柄なのか、ともかく素直に、心から、エイリオス様のことは応援して差し上げたいと思う。この事に関して、僕が、それに僕に限らずとも他人があまり何か出来るとは思えないけれど。
とはいえ、期限は期限。
当初の目的も果たした僕たちは、リーベルフィアへ向かって出発することとなった。
大したお構いも出来ませんで、とおっしゃられるダリアンヌ様にナセリア様が丁寧な対応をなさっている間、エイリオス様はフェリシア姫様と、
「また、お手紙をお書きします」
と真剣なお顔で約束なさっていらした。
「お兄様、女性へのお手紙の書き方なんてご存知だったの?」
フェリシア姫様が照れていらっしゃるように頷かれ、別れて馬車へ向かわれる途中、フィリエ様がからかうような口調でおっしゃられた。
「勿論だ」
「言っておくけれど、女の子––」
そこでフィリエ様は、ほんの一瞬だけお顔を顰められたけれど、すぐに思い直されたかのような綺麗な笑顔を浮かべられた。
「気になる女の子にお手紙を書くのに、堅苦しい文章じゃだめなのよ? お兄様の日常なんて、お勉強しかないじゃない。女の子が興味を持つようなことをお書きになることはできるの?」
エイリオス様は大変真面目な方で、王様になるための勉強を毎日欠かされることはない。
今回の旅行の間でも、馬車の中での移動中に相手国の歴史書や観光書などをお読みになっていらしたように、お城にいらっしゃらず、お稽古事などの先生もいらっしゃらないからといって、手を抜かれるようなことをなさる方ではない。
そんなエイリオス様の日常は、やはり各種お稽古だったりに費やされていて、僕が担当させていただいている姫様方とも合同の魔法の授業の時間もその一環だ。
「それは‥‥‥私だって恋の話を綴った物語や詩から引用したりすることくらいならば‥‥‥」
とはいえ、女性への恋文の描き方などという授業があるはずもないだろう。紳士的な、マナーやエスコートの仕方などはお勉強なさっていらっしゃるかもしれないけれど、恋文や告白など人に習うものではないはずだ。もちろん、女性の方に満足していただくような甘い言葉をかけたり、恋人とは違うけれど甘い時間を提供するようなことを仕事になさっていらっしゃるような方ならば話は違うのかもしれないけれど。僕も昔働いていたところで、そういった、女性を良い気分にさせる言葉だとかを習ったことはある。
もっとも、仕事だったから、生きるために必要だったから必死で勉強もしたのであって、そのことに助けられたこともあるけれど、そのような事をせずとも大よそ暮らしていくことに不自由をなさらないエイリオス様が、今の段階でそのような勉強をなさっているとは思えないけれど。
もう少し年齢を重ねられたら、例えばパーティーなんかのときにも必要になるだろうから、そういった勉強もなさるようになるのだろうけれど。
エイリオス様は、少なくとも現時点では自信を持って言い切られることは難しかったようで、答えに窮されるように考え込んでしまわれる。
「仕方ないから、あたし––」
「––母上かミラにでも頼んでみるか」
得意顔で胸を張られるような仕草をなさったフィリエ様のお隣で、全く気付いていらっしゃらないようにエイリオス様が頷かれている。おそらく、フィリエ様のことなど見てはいらっしゃらないに違いない。というよりも、他のことが目に映ってはいらっしゃらないご様子だった。
たしかに、そのおふたりであれば、良いアドバイスをくださるだろうけれど、目の前にいらっしゃる、ご自身の妹君のお気持ちを量られるのは難しいご様子だった。
「どうした、フィリエ」
「お兄様がどうしてもって言うのなら、フェリシア姫とも年の近いあたしが、女の子のことなんかもよく分かっているこのあたしが、手紙の書き方くらい教えてあげるわよ」
フィリエ様はそのままエイリオス様を馬車へと押し込むようにして乗り込んでしまわれた。さらには、おふたりの後を、ミスティカ様が不思議そうなお顔をなさりながらついて行かれてしまった。
しまった。おふたりの事を見つめ続けていたせいで、本来の職務でもあるはずの馬車へお連れするという使命を全うできなかった。
微笑まし気な様子で見つめていたユニスたちも我に返ったような表情をしている。
「こっちはいいから、ナセリア様達の方の馬車に乗って、ユースティア」
護衛の面から、僕たちが姫様方の乗っていらっしゃる馬車に乗ることは、不敬かもしれないけれど、確定事項だ。
特に、護衛という点に関して、即座の対応力では僕よりも適任はいないだろうと、その程度は自負している。
騎士の皆様の格好のまま、姫様方と同じ馬車に乗ることは出来ない。
フィスさんとルーミさんが、エイリオス様とフィリエ様、ミスティカ様が乗り込まれた方の馬車へとお乗りになられたので、僕とユニスも、失礼させて貰って、ナセリア様とレガール様を馬車内へとお導きするべく、台座を用意し、手をとらせていただいた。




