リンウェル公国へ 2
翌日のお昼には、思い切って姫様方にもお尋ねしてみることにした。
結局のところ、仲良しのお友達を作られるのは僕ではないのだし、それこそ、フィリエ様がおっしゃられていた理想の恋人像のようなことをおっしゃられるようでは色々と考えなくてはならないかもしれないからだ。
僕には友達はいたことはないので分からないけれど、ユニスたちから聞いた話から考えても、『格好良くて、優しく紳士的で、思いやりがあって、誰からも好かれていて、包容力も、素敵な話術も、もちろん強さも持ち合わせた、もちろん、あたしを1番に愛してくれる人』などという恋人像を求めていらっしゃるかもしれないフィリエ様が、友達に対してどのようなお考えをお持ちなのか分からないためだ。
王妃様が語られたような、仲の良い間柄になられるかどうかは分からないけれど、これから向かうリンウェル公国での出会いが姫様方にとって良いものであるといいな、と思う。
名目上は、フェリシア姫様がお忘れになられたカチューシャをお届けするということだけれど、その際にはフェリシア姫様とも、王妃様も、なにより、姫様、若様方が望んでくださるような、喜んでくださるような、そんな関係を築かれることができたらな、と思った。
「私も人生における友の必要性は分かっているつもりだ。母上に言われたからという理由ではなく、学業にも武芸にも優れ、確かな人格を備えた、立派な友を作ってみせる」
エイリオス様は、お母様のおっしゃられたことだからか、いつもにも増して張り切っていらっしゃるご様子だ。
しかし、その方向性は、クローディア様が望まれていらっしゃるものとは少しずれているのではないかと思えてしまう。
いや、どちらかといえば、ずれているというよりも固くとらえ過ぎていらして、おそらくは王妃様がおっしゃられたかったのであろう、学院を見学したときに見かけたような、男の子なら、ちょっとした話や、馬鹿をやったことなんかで笑いあえたり、女の子なら、恋の話やお菓子の話で笑い合い盛り上がることの出来るような、そんな友達像からは少し離れていらっしゃるように思えた。
「お兄様は硬くとらえ過ぎなのよ。それにユースティアも。私だって、結婚相手とお友達は違うってことくらいは分かっているわよ」
「そうなのですか?」
「もちろんよ。そうね、たとえば、私がちょっとお城を抜け出したときに、お母様を誤魔化してくれる人とか、ちょっとやんちゃをしたときに、代わりにお母様のお説教を––、って、お母様! な、なんで––、あっ、もしかして、ユースティア、お母様との念話をお繋ぎしたままに––。だ、大丈夫よ、お母様。本気でそんなこと思っているわけ‥‥‥ナイジャナイ」
念話による会話は耳で聞いているわけではないので意味のない行為なのだけれど、フィリエ様は両耳を強く抑えられながらしゃがみ込んでしまわれた。
「‥‥‥私は、お母様のおっしゃられたようなお友達を」
フィリエ様がおそらくは王妃様にお小言を言われているであろう傍らで、ミスティカ様はぽつりぽつりと話されながら、いつも持ち歩いていてくださっているのか、僕がお誕生日にお贈りした木彫りの小鳥をぷかぷかと浮かべていらした。
フィリエ様は積極的な方で、仮に学院に通われるようなことがあれば、口ではどうおっしゃられていようとも、立場なんて関係なく、たくさんのお友達を作られることだろうけれど、ミスティカ様は、そんな姉姫様とは対称的に、おどおどというのは失礼かもしれないけれど、基本的には王妃様にべったりな方で、この旅に同行されたのも、王妃様がそういったところを心配なさったためかもしれなかった。
もちろん成長なされば変わられるかもしれないけれど、現状では他人とコミュニケーションをとったりなさるのは少しばかり苦手そうにみえた。
「ナセリア様は––」
最後にナセリア様にもお尋ねしようとしたとき、昨年秋の感謝祭の後、お城でお祭りを開こうとした際に、アルトルゼン様から言われた言葉が、ふと脳裏に浮かんできた。
あの時は少しもやっとしたものを感じただけだったけれど、今回は、もう少し明確に、胸に何かがチクリと刺さるような感じがした。
「どうしましたか、ユースティア」
それでも嬉しそうなお顔を浮かべていらっしゃるナセリア様に、そんな僕の気持ちを告げるわけにもいかず、同様の質問をさせていただいた。
僕と、おそらくは念話をお繋ぎした先でクローディア様が、優し気に、けれど真剣に聞いていらっしゃるであろう前で、ナセリア様は、何故だろうか、少しお顔を顰められたような気がした。
綻んでおられた口元は引き締められ、目元はスッと細められ、わずかに頬も膨らんでいらっしゃるような感じを受ける。
「‥‥‥ユースティアは、私に仲の良い『お友達』が出来ても平気なのですか?」
アルトルゼン様と同じような事をおっしゃられたナセリア様の口調は、アルトルゼン様の楽し気なものとは違う、冷ややかさの感じられるものだった。それでいて少し、どこか悲しそうな、不安そうな感じも含まれているように感じられた。
「新年のパーティーのときにはあんなに‥‥‥」
新年のパーティーの事を思い出されたらしいナセリア様の声は段々と小さくなってしまわれた。
それから複雑そうな表情で僕の事を見上げられると、宝石のような金の瞳で僕の瞳を正面から覗き込まれて、きっぱりとおっしゃられた。
「分かりました。そんなに言うのだったら、私も『仲の良い』お友達を作ります。ユースティアはそれを見ていればいいんです」
そしてパタパタと走りながら馬車の中へと戻ってしまわれた。




