リンウェル公国へ
「リンウェル公国は、美しい自然に囲まれた芸術活動の盛んな国だと聞いています。行き来が大変なためか、リーベルフィアとはそれほど親交が深いわけではありませんが、鍛冶や陶芸なども盛んであるため、あちらの国の工匠が作られた家具などはこちらでも取引されていたりしているそうです」
オランネルト鉱山のふもとの辺りの緩やかな勾配の出来ている道を優しくことことと揺られる馬車の中で、ナセリア様の説明をお聞きしながら、僕たちはなごやかな時間を過ごしていた。
お昼を済ませたばかりで、フィリエ様とミスティカ様は小さな寝息を漏らされながら互いに寄り添われている。
ランプの明かりがやわらかく車内を照らす中、ナセリア様は僕の隣に座られていて、リンウェル公国の名所案内の冊子を広げられている。
ラノリトン王国での用事を済ませた僕たちは、本来であればリーベルフィアへ戻る予定になっていたのだけれど、あちらでの滞在の折に、観光中はぐれてしまった際、エイリオス様が1人の女の子とお知り合いというか、お助けになられた。
お連れの方とはぐれてしまわれていた女の子のお名前はフェリシア・エスティアナ様。僕たちが今向かっているところの、リンウェル公国のお姫様だ。
ふわふわのクリーム色の髪にエメラルドの瞳のお姫様を、お迎えが来るまでの間、僕たちも滞在させていただいていたラノリトン王国の王城でお預かりしていたのだけれど、見知らぬ場所で不安だったのか、それとも寂しくて安堵した拍子に忘れてしまわれたのか、お迎えの方がいらっしゃられた際、つけていらした銀のカチューシャをお部屋にお忘れになってしまわれた。
その時の事情から、エイリオス様はそのことを大変気に病んでおられ、僕たちがお届けするのではなく、ご自身で責任を持ってお返しになるとおっしゃられていた。
帰国が遅れる旨を手紙で国王様、王妃様宛にお届けすると、翌日には王妃様から念話でお返事が届けられた。
アルトルゼン様も、クローディア様も、エイリオス様が女の子をお助けになられたということに大変興味を示され、特に王妃様はとても喜んでいらっしゃるご様子だった。
ナセリア様をはじめ、若様方、姫様方はあまりお城の敷地から外へはお出にならない。そのため、ある程度以上の偶然がなければ他人と、ましてや他国の方と、街中で、出会うことはないだろう。
『エイリオス達にも、兄妹姉妹の他に、親しくできるお友達が出来るとよいと思っていたんです』
たしか、秋の感謝祭の後にお城で開いたお祭りの際にも、クローディア様は似たようなことをおっしゃっていたような気がする。それからクロ-ディア様は、ご自身が学生の頃の事を少しばかりお話しくださった。
それを言うのであれば、少なくとも僕が知っている限りでは、ロヴァリエ王女とも、リーリカ姫様とも、オズワルド殿下とも、それなりに親しくなられていたようにお見受けできていたのだけれど。
『ユースティアさん。お友達は多くても悪いことはありませんよ。私には女の子の事しか分かりませんけれど、ファッションの話をしたり、お菓子や恋の話をしたり、そういったことで盛り上がれるのでしたら、人数が多い方がお話するのも楽しくなるとは思いませんか?』
王妃様は他国の王族とかではなく、普通の学生だったところで国王様と運命的にお会いになられたという事だったから、そういったお話にも明るいのだろう。
とはいえ、皆さん、各国のお姫様や王子様ですから、一堂に集まるのは難しそうですけれど、と王妃様は少し残念そうにおっしゃられた。
何か大きなパーティーでもあれば一緒にお集りになられるのでしょうけれど、何かございませんか? と尋ねられて、心苦しくも、僕にはそういったパーティーなどに関する知識はほとんどないので、ミラさんや他の方にお尋ねされてはいかがでしょうと返すことしかできなかった。
『そうですね! ミラさんならば知識も豊富でしょうし、学生だった経験のある方にも‥‥‥そうです、ユースティアさん、申し訳ないのですけれど、今、そちらにはお世話をしてくださっているメイドの皆さんがいらっしゃるでしょう? そちらでも尋ねてみてはくださいませんか?』
王妃様のお頼みとあれば、それも若様、姫様方のためとあれば、是非もない。
ユニスたちには、その日のうちに王妃様からの相談の事を打ち明けて、馬車での移動中も、食事の際と、姫様方がご就寝なさった後、集まって色々と話をさせて貰っている。
「難しいわね。私達、ええっと、庶民なら学院で授業を終えた放課後や休み時間、お昼、それから休日なんかに皆で集まって食事したり、お茶したり、買い物に行ったり、気軽に遊びに行けるけれど、姫様方がおいそれと出歩かれるわけにはいかないものね」
「外に出るとなると護衛やらなにやら必要で仰々しくなっちゃうものね」
フィスさんもルーミさんも難しそうなお顔をなさっていて、やはり、ご自身の、というよりも、普通ではない生活をなさっている方のことは少しばかり想像に難しいのかもしれない。
ユニスも、フィスさんも、ルーミさんも、別に貴族のご息女というわけではないという事なので、そちらの社会の事を想像するのは難しいらしかった。




