ラノリトン王国 35
本当にバタバタとしてしまっていたけれど、パーティーの2日後、旅の準備や王妃様や魔法師団の皆さんへ向けたリンウェル公国へと寄ることになった旨をエイリオス様がご自身でしたためられた手紙などを飛ばし終えた僕たちはラノリトン王国を出発した。
昨夜までのうちに荷物の収納は済ませているため、後は乗り込みさえすれば出発できる。
お見送りにでてきてくださったオズワルド様と挨拶を交わされ、エイリオス様から順に馬車へと乗り込まれる。
「絶対、会いに行きますから」
爽やかな笑顔でそうおっしゃられたリーリカ姫様は、お別れの挨拶の際、僕の方を見られながら、ナセリア様の耳元で何事か囁かれて、ナセリア様は
「私も負けません」
と、珍しく随分と感情を表に出していらっしゃるご様子だった。
そんなおふたりをご覧になっていたフィリエ様は、大変興奮なさってらっしゃるご様子で、
「ドキドキしちゃうわね! もちろん、あたしはお姉様の味方よ! 安心して、ユースティア」
ナセリア様とリーリカ姫様のことで、どうして僕が不安になるのか分からなかったけれど、フィリエ様の意気込みを感じられるお顔の前ではお尋ねすることも出来ず、そうしていると、何だか先日のパーティーでのことを思い出してしまって。
「お姉様だって後5年もすれば適齢期よ。今でも十分過ぎるほどお綺麗だけれど、きっとその頃になれば、女神様のように美しく成長なさるわ––って、ちょっと、聞いているの、ユースティア」
ついぼうっとしていたようで、捲し立てるようにぺらぺらとお喋りをなさっていたフィリエ様に怒られて、耳を引っ張られてしまった。
「すみません、フィリエ様」
フィリエ様はじっと、僕の顔と、ナセリア様の方へ交互に目をやられ、ため息をつかれた。
「まったく。その頃になって慌てても知らないんだからね」
フィリエ様はそうおっしゃられると、僕がお手を取る暇もなく、馬車へと乗り込んでしまわれた。
5年後か。
この世界へ来てからまだ1年も過ぎていない。それは遥か先の未来のようで、今の僕にはまだ想像すら出来ない遠いことのように思える。
その頃僕はどこで何をしているのだろう。
この間までは、生きていられるのであればそれでいいと考えていたのだけれど、この世界に来てからは随分とたくさんの約束事をしてしまった。
十分に生を全うできたと、ティノ達に胸を張って言えるようになるには何をしたらいいのだろう。
ティノにはお墓の前で、好きなように縛られないで生きて欲しいと言われたような気もしているけれど、そう言われても今の僕にはやりたいことなんて思いつかない。
僕のやりたいこと‥‥‥か。
「ユースティア」
名前を呼ばれたのでそちらを向くと、ナセリア様が僕の事を見上げていらした。
空に浮かぶ月のように輝く金の瞳で僕の事を見上げていらっしゃるお顔には、少しばかりの決意が秘められているご様子だった。先程、リーリカ姫様になさっていらした宣言の事と何か関係がおありなのだろう。
思ったよりも近くにいらしたナセリア様はいつもよりも大きく感じられて、先程のフィリエ様の発言に引っ張られているわけではないのだけれど、5年後の、15歳になられたナセリア様のお姿を思わず幻視してしまったような感覚に襲われた。
腰の辺りまで伸ばされた、月の光を集められたかのような銀の髪は、一層神秘的に、さらさらと揺れている。
宝石のような金の瞳は、日向のような温かさで、優し気にこちらを見つめていらっしゃる。
それから––。
「どうかしましたか、ユースティア?」
「何だか今日はナセリア様がいつもよりもずっと眩しく––いえ、何でもありません。参りましょう、お手をどうぞ、ナセリア様」
ナセリア様は驚かれたようなお顔で大きな瞳を数度瞬かせられた。
もちろん、そこにいらっしゃるのは10歳のナセリア様で、僕が勝手に幻視していただけなのだけれど、
「そうですね、急ぎましょう。お父様とお母様も、一応連絡とお手紙を差し上げたとはいえ、心配もなさることでしょうし、フェリシア姫もきっと困っていることでしょうから」
昨夜や先程までのようなナセリア様はすでにいらっしゃらず、知り合ったばかりの他国のお姫様ことを心配なさっているお顔でおっしゃられた。
ナセリア様を馬車へとお連れして、その前にあるユニスたちが乗っている馬車に僕が乗り込むと、前後の騎士の皆様がいらっしゃる馬車からの合図を受け、リンウェル公国へ向けてゆっくりと走り出した。




