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ラノリトン王国 34

 月明かりに照らされるテラスで、庭園の様子を眺めながら、促されるままにグラスをぶつけ合う。


「パーティーの主賓が1人でこのようなところへいらしていてよろしいのですか?」


 高価そうなレースがたっぷりとあしらわれたドレスを見事に着こなされたリーリカ姫様は、綺麗な黒髪を見事に結い上げておられ、対照的な白いうなじが眩しい。

 ベッドで寝ていらしたときや、観光の案内をしてくださったときには気づかなかったのだけれど、こうしてドレスを纏っていらっしゃるお姿を拝見すると、年相応の女性らしく、良いスタイルをしていらっしゃるのがわかる。


「構わないと思います。既に来てくださった方への挨拶は済ませましたから。私の恩人と、その主の女の子のために少し、お礼という事でもないのですけれど、手助けくらいはして差し上げたいと思いまして」


 月を見上げていらしたリーリカ姫様は、時が静止したかのような綺麗な動きでドレスをふわりと膨らませられながら半回転されると、静かな笑顔を浮かべられながら、月明かりを背にして僕と向き合われた。


「ユースティア様。しばらく考えてみたのですけれど、どうやら私、あなた様の事が気になるみたいなんです。これが恋というものなのでしょうか?」


 それはご自身で辞書でもお引きください、とか、そんな風に誤魔化すことが出来るようなお顔をしてはいらっしゃらなかった。

 リーリカ姫様の、ソリトフィア王妃様とそっくりな青みを帯びた黒い瞳を真っ直ぐに受ける。

 それはまごうことなく真剣そのもので、けむに巻こうとか、冗談だとか、そういった感じは、一切感じられなかった。


「‥‥‥リーリカ姫様。まことに失礼ながら、勘違いではないでしょうか。御身も十分、私など以上によくご存じの事と思いますが、他人に抱く感情は恋愛感情だけではございません。たとえば、感謝ですとか、憧れですとか、そういった感情を勘違いなさっていらっしゃるのではないですか?」


 好意は抱いてくださっているのだろう。態度や仕草、表情や声の調子からも、僕の事を悪く思っていらっしゃるようには感じられず、むしろ逆で、それはたしかに好意ではあるのだと思う。

 しかし、それが恋愛感情だとは考えられない。

 

「偶々お助けしたのが私だっただけです。その偶々というのが重要なのだとおっしゃられるかもしれませんが、おそらく、一時的なものであるはずです」


「でも、偶然聞いた話では、私のために随分とご無理をなさったのだと」


 偶然聞くようなことはないはずだから、おそらく、曖昧であった日のことをどなたか––おそらくはご家族のどなたかだろう––に尋ねられたのだろう。あるいは、ユニスたちのうちの誰かかもしれないけれど。


「––では、一時的なものではなかった時には、この気持ちが恋情であったと認めてくださいますか?」


 春先の、涼しい風が夜のテラスを吹き抜ける。

 背中の方からはカーテンがはためく音が聞こえてきている。


「貴方様のおかげで、私もこうして元気に出歩き、パーティーにも出席して、ダンスまで出来るようになりました。今度はいずれ、私がリーベルフィア王国までお伺いいたします。その時に、まだ私がこの気持ちを持ち続けることが出来ていたら、そのときは私の恋情をお認めくださいますか?」


「‥‥‥私もいつまでリーベルフィアにいることが出来るか分かりかねますので、お約束はできませんが、前向きに検討いたします」


 それは告白に対する了承の返事ではなかった––少なくとも僕はそのつもりだったのだけれど、リーリカ姫様は、少しばかり、可愛らしく頬を膨らませられた後、今のところはそれで構いません、とおっしゃられた。


「ユースティア様は、現在、お心に決められた方はいらっしゃるのですか? あるいは、婚約者がいらっしゃるなどということは? 若く、魔法の才能も御有りで、容姿も優れていらっしゃいますから、許嫁の方がいらしても不思議ではございませんものね」


 褒めてくださっているのは分かっているのだけれど、先日の件のせいで、素直に喜ぶことが出来なかった。

 容姿が優れているって、それは、男性的な意味でなのでしょうか。まさか、女性的な意味でなのだとしたら、何というか、色々とショックが大きい。

 

「いえ、結婚の約束をさせていただいている方はおりません」


「‥‥‥そうですか。‥‥‥ですが、大切に想っていらっしゃる方はおられるのですよね?」


 大切と言われても、ナセリア様も、フィリエ様達や、ユニス達も、この世界へ来てから出会ったたくさんの方は、皆さんのこと、大切に思っているとは思う。

 もちろん、前の世界で出会った人達のことだって忘れてはいないし、忘れることはないだろう。


「‥‥‥フィリエ様のお話からはナセリア様と、と思っていたのですが。これならば私にもまだチャンスは‥‥‥」


 僕が思い浮かべていたのと同じように、リーリカ姫様も何事か考え込んでいらっしゃるご様子だった。


「ですが、これからは私も貴方の事を想っているのだということはお忘れにならないでくださいね」


 リーリカ姫様はそれから会場の方へと戻られたのだけれど、すれ違い際のほんの一瞬、僕の頬に口づけを落とされた。

 別にぼうっとしていたつもりはなかったのだけれど、気がついたらテラスの端で、手すりに腕をかけながら空の月を見上げていた。

 ふと視線を、なんだか冷え冷えとするものを感じたので振り返ると、テラスの入り口の扉のカーテンのところにナセリア様が立っていらした。

 さらさらの銀の髪は窓から差し込む月の光にきらめき、真っ白な肌は透き通るように、神秘的な宝石のような金の瞳で、じっと僕の方を見据えていらした。


「‥‥‥また、キスされたのですね、ユースティア」


 また、のところにアクセントが置かれていたので、これは前回、おそらくはロヴァリエ王女が帰国なさる際にされたキスの事をおっしゃられているのだろう。


「‥‥‥ユースティアは普段はそんなこともないのに、女性に対して危機感が足りなさすぎます。もっと、自身の事を理解してください」


 僕のところまで歩み寄って来られたナセリア様はつま先立ちになられたけれど、やっぱり僕の成長の方がはやいようで、やはりまだ胸か肩の辺りまでしかナセリア様のお顔は近づかれなかった。


「うぅ‥‥‥出会った頃はもっと近くにあったのに。私だって成長しているのに‥‥‥ユースティアはずるいです」


 僕はナセリア様の前で膝をつく。

 もちろん、馬鹿になどしているつもりはこれっぽっちもない。


「いいですか。私を置いていったりしないでくださいね」


 どちらかと言えば置いてゆかれるのは僕の方だと思うのだけれど。


「お約束いたします。決して、ナセリア様を置いていったりは致しません」


 今の僕の素直な気持ちを伝え、静かに頭を下げる。

 

「で、では、約束に、キ、キスを‥‥‥」


 最後の方はとても小さくて聞き取ることは出来なかったけれど、僕は差し出された手をとらせていただいた。

 胸の痛みは感じなかった。

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