ラノリトン王国 31
リーベルフィアのお城では僕は夜警の務めは任されていない。
持ち回りで騎士の皆さんや魔法師団の皆さんが担当されているらしいのだけれど、僕は結界を展開するだけに留まっている。
眠ってはいても、わずかでも結界に反応があればすぐに起きることは出来る。気配に敏感だとか、理由を考えたことはないけれど、今まで結界を展開していて相手の侵入に気がつかなかったことはないし、過信しているつもりはないけれど、感覚というか、決して眠りが浅いわけではないと思うけれど、とにかく気づかないということはない。だからこそ、ティノたちのことは引っかかっているのだけれど、真実を確かめる術はない。
とにかく、普通の状況であれば、賊が侵入していれば気がつくはずだった。
翌朝、僕が目を覚ましたのはいつもと同じでもうすぐ太陽が顔を見せるだろうという頃だった。
鍛錬をするべく、お城のお庭の使用許可を夜警の、まだ交代されていない騎士の方にいただいて、2時間ほど魔法と体力の鍛錬をしていると、リーベルフィアでのように、ナセリア様がいつものヴァイオリンを持って外に出ていらした。
「おはようございます、ユースティア」
ナセリア様は何だか嬉しそうなお顔で挨拶をしてくださり、僕も会話を交えつつ、挨拶をお返しした。
ナセリア様がヴァイオリンをケースから取り出されたところで、お城の中からかなりの大きな声で泣いている声が聞こえてきた。
賊は侵入していないはず。
そう思いつつも、とりあえずナセリア様に防御のための魔法をお授けして、探知魔法を使用しながら声の発生源へと走る。
発生源はお城の一室、昨夜、ナセリア様達がお休みになられていたお部屋だった。
僕が駆けつけた時には、すでにユニスたちやこちらのお城のメイドさんたちが到着されていて、皆さん武装されていたり、緊張なさっていたりという雰囲気ではなかったので、とりあえず胸を撫で下ろす。
「どうなさったのですか?」
どうしたものかと思案されていらっしゃるようなメイドさんたちの間をかき分けて中心に進ませていただくと、ベッドの上で泣いていらっしゃるフェリシア姫様と、なだめようとしていらっしゃるフィリエ様とリーリカ姫様、近くでお声で泣いていらっしゃるのにもかかわらず、ぐっすりと眠っていらっしゃるミスティカ様、そして、エイリオス様がベッドの前でおろおろとしていらした。
「私はフェリシア姫の様子が気になって様子を見に来ただけなんだ」
弱り切った調子でうな垂れていらっしゃるご様子のエイリオス様が仰られる。
エイリオス様はお目覚めになられると、知らない人ばかりに囲まれていて、心細い思いをされていらっしゃるだろうフェリシア姫様の事が気になられたらしかった。
レガール様が眠っていらっしゃるのを確認されて、おひとりでこちらのお部屋に向かわれたエイリオス様は、そっと様子を見るだけで戻ろうと思っていらしたということだった。
「女性の部屋に無断で入るのが非常識だということは十分に承知しているし、何かをするつもりもなかったのだ」
本当にお顔だけ見て戻られようと思っていらしたエイリオス様がフェリシア姫様のお顔を覗かれると、眠っていらっしゃるフェリシア姫様の目元から一筋の涙がこぼれられたのだという。
「その‥‥‥女性が泣いているときに何もしないのではやはり私も男子としてどうかと思うので、その涙を拭ってしまったのだ」
エイリオス様はベッドの脇にしゃがみこまれると、そっとフェリシア姫様の涙を拭われたらしい。
すると、運悪くというか、間が悪かったというか、フェリシア姫様が起きてしまわれたのだということだ。
目覚められたフェリシア姫様は、固まったままのエイリオス様と、部屋の中を見回されると、また涙ぐんでしまわれたらしい。
「そこで、つい、『泣くんじゃない』といつもの調子で言ってしまって‥‥‥」
おそらくは、昨日はぐれたことで混乱もしていたのだろう、とエイリオス様はおっしゃられた。
昨日の記憶が曖昧な中、知らない場所で、知らない人に怒られたと勘違いされたのなら、泣いてしまうということもあるのかもしれない。
「お兄様はいつも難しいお顔をなさっているから怖がられるのよ」
それに女の子への扱いがまるでなっていないわ、とフィリエ様がお説教のようなことをおっしゃられ始めた。
「今はお兄様が何を言っても怖がられるだけよ。少し時間を置いた方が良いわね」
時間を置いた方が良いというのには賛成だけれど、おそらく朝食を終えたくらいの時間にはリンウェル公国の方がお迎えに来てしまわれることだろう。そうすると、エイリオス様がフェリシア姫様に謝られるお時間をとるのが難しそうではある。
「とりあえず、お兄様は後で、落ち着いたときにでも読んでもらえるようにお手紙でも書いておいて」
後は任せておいてとフィリエ様に寝室を追い出されたエイリオス様は––元々女性用の寝室に男性が入ってよいものではないのだけれど––随分とショックを受けていらっしゃるお顔をなさっていた。
こういった時に、それこそフィリエ様か王妃様––クローディア様ならば上手な慰め方をご存知なのだろうけれど、フィリエ様は今お忙しそうだし、クローディア様はこちらにいらっしゃらない。
「フェリシア姫のラノリトン王国での思い出を、私はよくないものにしてしまったのだろうか?」
「フェリシア姫様も落ち着かれれば、エイリオス様のお話を聞いてくださると思いますが」
エイリオス様が沈んでいるお顔をなさっているので、とりあえず落ち着いていただくためにも、お部屋までお連れした。
「済まない。面倒をかけてしまった」
「お気になさらないでください。この程度、何というほどの事でもございません」
「しかし、鍛錬の途中で中断させてしまったのだろう? ユースティアはこの時間帯に姉上と一緒に鍛錬をしているのはいつもの事だ、と姉上がよく話される」
いけない。そういえばナセリア様をずっと放置していてしまっている。
中から出る分には全く問題ないはずなので大丈夫だとは思うけれど、あんな風に駈け出してしまった事態をナセリア様がお気になさらないはずもない。
「エイリオス様。失礼致します」
エイリオス様をお部屋へお送りした後、急いで庭へと駆け戻る。
ナセリア様は結界の中で、何事もなかったかのようにヴァイオリンの練習をなさっていた。
「そうですか、エイリオスが‥‥‥」
謝ってから事のあらましを説明すると、ナセリア様は何か思い当たられたように黙られた。
「フィリエの言う通りでしょう。本人たちの問題でしょうし、私たちがあれこれしようとすると、逆効果になるかもしれません」
それからすぐに朝食の準備が出来たらしく、お庭の掃除を手伝っていらしたらしいフィスさんがナセリア様を呼びに来られた。
 




