ラノリトン王国 30
リンウェル公国の方達がラノリトン王国の王城にいらしたのは真夜中の時間帯だった。僕はといえば、お城までの道はお分かりになるという事だったので、お城の皆様に自分の口から説明するために、一足先に飛んで戻らせていただくことにした。
姫様方、特にエイリオス様はお出迎えをなさるおつもりでいらしたのだけれど、どうにか説得して先にご就寝していただいた。
フェリシア姫様はこちらのお城に慣れてはいらっしゃらず、着いたばかりのころまでは、ずっと涙をぽろぽろとこぼしていらしたらしいのだけれど、エイリオス様達のお声がけもあってか、ナセリア様やミスティカ様、それからリーリカ姫様とも仲良くなられて、一緒にご入浴もなされたらしい、という報告がエイリオス様との念話からお聞かせいただけた。
しかし、どうもフィリエ様は、エイリオス様にずっとくっついていらっしゃるフェリシア姫様のことが気に入らないらしく、「ちょっとくっつき過ぎじゃないかしら」、と文句を言っていましたと、ナセリア様からも報告をいただいた。
フィリエ様はお兄様のことが大好きなので、お兄様をとられたように感じていらっしゃるのかもしれない。
フェリシア姫様はフェリシア姫様で、唯一というか、迷子になっていた自分を連れてきてくれたエイリオス様に、依存とは違うけれど、感謝というか、心強いという気持ちだとか、似たようなお気持ちを抱かれているご様子だということだった。
お城へ辿り着き、夜警の騎士の方に事情をお話しして、ウェイラム国王陛下にお目通りを願えますか、とこちらのお城のメイドの方にお頼みすると、夜も遅い時間であるにも関わらず、執務室へと案内してくださった。
「困ったときはお互い様だ。リーリカの事とは関係なく、私たちとしても、フェリシア姫のことは存じている。迎えが来るまで責任を持ってお預かりしよう」
ウェイラム国王陛下も、オズワルド様も、執務中のためか、まだ起きていらして、ナセリア様達と寝室でお話をしていらっしゃったというリーリカ姫様はいらっしゃらなかったけれど、ソリトフィア王妃様がそのことをとても嬉しそうに話してくださった。どうやらご自分のお子様に、友達、とまで言えるのかどうか分からないけれど、近しい女の子や男の子が出来たことを喜んでいらっしゃるご様子だった。
それから、ユニスたちが僕のために作っていてくれた晩御飯をいただかせてもらった。
遅くなるということは念話を通して姫様方には伝えていたのだけれど、どうやら姫様方から僕の方の事情も聞かされていたらしかった。
「こっちに来てから、色々と巻き込まれているわねえ」
賄の焼き魚をいただきながら、頼み込まれた一緒の入浴は丁重にお断りさせていただいた。
フィスさんやルーミさんやユニスのような美人の皆さんと一緒に入浴するなんて、しかもそれを断るなんて、全世界の男性を敵に回しそうな言動だったかもしれないけれど、なんでわざわざ女の子になって一緒に入浴しなくてはならないのか、意味が分からなかったし、これからリンウェル公国の方がお見えになるというのに、女性の格好をしていては、あらぬ誤解を受けてしまう。ユースティアは倒れてしまったことにすればいいとか、そういう問題ではない。というか、それだと、むしろ最初の繋ぎ手がいないために、お困りになるのではないだろうか。
食べ終わって、入浴は待っていようかとも思ったのだけれど、構わないという事なのでお風呂を––もちろん男の格好のまま、1人で––いただかせて貰うと、丁度僕がお風呂から出た頃合を見計らわれたかのように、リンウェル公国の方がお見えになったとの報告を受けた。
もちろん寝具ではなく、ちゃんとした格好のまま入り口までお出迎えに行く。
他国の人間である僕が出るところではないのかもしれないけれど、今のところというか、僕がご許可をいただいたのも同じようなものなので、僕が行かないわけにはいかなかった。
「お待ちしておりました。しかし、大変申し訳ないのですが、フェリシア姫様は現在ご就寝なさっていらっしゃいますので」
そう説明しつつ、文官の方に先導されながら、ウェイラム国王陛下、ソリトフィア王妃様、そしてオズワルド様がお待ちの玉座の間へと、通訳の役も務めつつ、案内させていただいた。
さすがに国王陛下、王妃様、王太子殿下ともなると、そのご年齢では翻訳の魔法がなくとも他国の言葉をご理解されるらしく、僕や、魔法師の方の出番はなかったので、僕たちは大人しく待機していた。
ナセリア様は普通にお話になられるけれど、エイリオス様やフィリエ様、ミスティカ様、レガール様も、後数年もすれば、翻訳の魔法を使われずとも、他国の言語くらいはお話になられるのだろう。僕も、少しはそういった勉強をした方が良いのかもしれない。知っている言葉が、生まれたところの言葉だけだというのは、違う世界に居る以上、誰にも理解されない言葉であり、あとは多少マシなリーベルフィアの言葉をしゃべることが出来るくらいだ。音楽だって、美術だって、思っただけで、全然やっていない僕に言えることではないけれど。
図書館で言葉に関する本を読ませていただこうと思ったりしていると、どうやらお話もまとまったようで、今日のところは夜も遅いのでお泊りになられては、とウェイラム国王陛下はお勧めされたのだけれど、リンウェル公国の方は、姫様が無事ならばそれで構いませんとおっしゃられ、街まで戻り、宿をとられるおつもりらしかった。翌日の昼にまたいらっしゃるということだった。
「もちろん、姫様の事は心配ではありますが、お眠りを妨げるわけにも参りません。こちらで安らかにおやすみになっていらっしゃるということでしたら、私共はそれで十分でございます」
それでもやはりと、ひと目フェリシア姫様のご様子を確認された後、リンウェル公国の皆様はお城を後にされた。
取りあえずの役目を果たし終えたので、明日からと言わず––すでに日付は変わっていたけれど––今日からということで、僕はさっそく図書室へと案内していただいた。遅い時間にもかかわらず信用されているのか、図書室の鍵まで貸してくださった。
僕が勉強していると、どこで話を聞いたのか、ユニスたちが尋ねてきて、勉強を見ていただいた。ユニスも、フィスさんも、ルーミさんも、学院を卒業されているだけあって、教え方もとてもお上手だった。
夜更かしは美容に悪いのでは、という言葉は、勉強を見ていただいているのは僕の方なので、飲み込んだ。




