ラノリトン王国 26
「遅くなってしまい申し訳ありません」
僕が昼食を終えて馬車へと向かった時には、すでに姫様方は馬車の前にお集まりになられていらした。
御者の方が扉を開いてくださったので、促されるままに、外出用のフードのついたコートを着こまれたナセリア様のお手を取らせていただき、馬車へとお導きした。
「ナセリア様、お加減でも優れないのですか?」
ほんのわずかな差ではあったけれど、いつも白磁のようなナセリア様の頬は少しばかり朱に染められていて、乗せられた手も熱を持っていらっしゃるように感じられた。
「い、いえ。私は大丈夫ですから‥‥‥」
ピクリと肩を震わせられたナセリア様は、奥の方の席まで進まれると、やはり少し赤くなっていらっしゃるように見える頬をお隠しになられるようにフードを被られて、ぎゅっと掌を握りしめられながら下を向かれていらした。
「たしかにお姉様はご病気かもしれないけれど、お加減が優れないとかそういう事じゃないわよ」
ナセリア様と同じように、やはりいつものようなドレス姿ではなく、ふわふわのマントを羽織られたフィリエ様が優雅な仕草で僕の手を取ってくださった。
「でもユースティアにしか治せないかもね」
それは大変だ。
ご病気なのだったらお出かけなんてしている場合ではない。呪いが移ったりはされていらっしゃらなかったけれど、お風邪でも召されているのだったら問題だ。
僕はすぐに治癒の魔法を試そうとしたけれど。
「言っておくけれど、お姉様だって、私たちだって、治癒の魔法くらいは使えるわよ。でもそれじゃあダメなのよ。そういう事じゃないの」
そういう事ではない、ということは、魔法の実力が足りずに治すことが出来ないとか、そういった問題ではなく、別のところに問題点があるということだろうか。
何にせよ、僕にしか治すことが出来ないというのであれば、全力を持って取り掛からせていただくよりほかに選択肢などない。
「では、どうすればよろしいのでしょうか?」
フィリエ様はそれには答えてくださらず、自分で考えなさい、とでもおっしゃられるかのような、不思議な笑みを浮かべられた。
最後に僕たちの方の馬車の案内役を買って出てくださったリーリカ姫様に手を差し出させていただいた。リーリカ姫様は、余所行きのドレスとでも言うのだろうか、袖口などにフリルのつけられたピンクのドレスをお召しになられていて、頬の色もとても病み上がりとは思えないほどに健康的なお色をされていらした。元々、御病気だったというわけではないのだから当然かもしれないけれど、こうして元気に外出までなされるまで回復されて、僕も一安心といったところだ。
「ありがとうございます、ユースティア様」
お手を取られる際、そうおっしゃられたリーリカ姫様に、敬称など不要ですと申し上げたのだけれど、恩人を、それに他国の要人の方を呼び捨てにすることなど出来ませんと断られてしまった。
「姉様。もしや‥‥‥」
声が聞こえて、リーリカ姫様の背中側から顔を向けると、エイリオス様を馬車へと乗せ終えられたところらしいオズワルド様がじっと僕たちの方を見つめられていらした。
「オズワルド。いつまでこっちを見ているの。それではいつまでも出発出来ないし、皆様をお待たせしてしまうでしょう」
オズワルド様は目を細められて、僕の事をじっと見つめていらっしゃるような気がしたけれど、すぐに馬車へと乗り込まれてしまい、
「さあ、ユースティア様。私たちも参りましょう」
リーリカ姫様は馬車の中で向かい合うように座っていらしたナセリア様とフィリエ様をご覧になられ、ナセリア様の横にすとんと着席された。
ナセリア様は、一瞬残念そうなお顔を浮かべていらしたようだったけれど、僕の見間違いだったらしく、フィリエ様の隣に腰を下ろした僕が顔を上げた際には、頬の赤みもひいておられて、白磁の肌で、ツンとされたご様子で、前を向かれていらした。
「ユースティア。何でこっちに座っちゃったのよ」
御者の方にリーリカ姫様が合図を送られている最中、フィリエ様が手招きをされるので、僕は身体を傾けてフィリエ様の口元に耳を寄せさせていただいた。
「フィリエ様。何故と申されましても」
馬車に腰かける場所は4人分しかなく、他の場所はすでに埋まっていた。フィリエ様からは別に嫌な感じは受けないので、僕が隣に座っていることに不快感を抱かれていらっしゃるわけではないようだけれど。
「お姉様も何かはあったみたいなお顔をされていらしたけれど、決定的なことはなかったみたいに溜息をついていらしたし‥‥‥」
僕たちを乗せた馬車はお城を出て、街の方へ向かっているみたいだった。
「ユースティア様。この度は本当にありがとうございました」
馬車が走り始めて少し経った頃、リーリカ姫様が改めて丁寧に腰を折られた。
「私自身はよく覚えていないのですが、父や母、オズワルドから詳細は聞いております」
リーリカ姫様が詳細を覚えていらっしゃらないのは幸運だったのかもしれない。
研究者的に考えれば、今後のためにも症状やご気分など、詳細なデータがあった方が良いのかもしれないけれど、ご本人にそれほど苦痛を受けていらしたという記憶がないのは不幸中の幸いだったことだろう。ナセリア様とフィリエ様も柔らかな笑顔を浮かべていらした。
「ですので、そのお礼、にはならないかもしれませんが、今回の観光は私に何でもお尋ねくださいね」
時折リーリカ姫様が馬車のカーテンを開かれ街行く方に挨拶というか、手を振られると、国民の皆さんも驚かれたような表情をなさり、笑顔で大きく手を振られたり、拳を突き上げられたリなさっていた。
「神殿はちょっと、とオズワルドが申しておりましたので、今回は教会の方に参りましょう。近くの薔薇園がとても素敵なのですよ」
お城からそれほど遠くない位置にあったサンクティア教会からは、心がふんわりと抱きしめられるような、やわらかな歌声が聞こえてきていた。優しい旋律と共に、空から、リーンゴーンという鐘の音が響いてくる。
「ちょうど結婚式の際中のようですね。夏の第1の月、蒼月の頃が結婚式には良いと言われているみたいですけれど、花が満開になるこの季節も人気なのですよ」
うっとりとした声と表情でリーリカ姫様が説明してくださるのを、僕たちは窓からサンクティア教会があるのだという方角を見つめながら聞いていた。




