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ラノリトン王国 23

「どうせまだ誰も起きていないわよ。早いところ、覚悟を決めちゃいなさい。朝食の準備に間に合わなくなるじゃないの」


 翌早朝、ようやく太陽が顔を見せ始めたくらいの時間帯、僕たちを乗せている馬車はラノリトン王国の王城を目前としていた。

 どうしてメイドの皆さんはこんなに早起きだったのだろう。いや、いつも朝お早いのは知っているけれど、それにしたって、僕はリーベルフィアのお城では1番早くに目が覚めているはずだ。


「やる気が違うわ。あまり見くびらないで貰いたいわね」


 フィスさんとルーミさんが、ねー、とお顔を見合わせられて、ユニスも仕方がなさそうに笑っている。

 僕は御三方がお目覚めになる前に目を覚まして、さっさと着替えを済ませてしまおうと思っていたのだけれど、僕が目を覚ました時には、すでに皆さん起きていらして、僕の着替える隙など微塵もありはしなかった。


「ほら、ティアちゃん。髪の毛やってあげるからあっち向いてて」


「待ってください、ユニス。私、朝の鍛錬をしに行くので、その後でお願いできますか?」


 よっぽどの事がない限り、こんなに朝早くには冒険者の方は起きていらっしゃらない。

 ギルドでの朝食の時間もあるし、狩猟や採集、探検に向かわれる冒険者の方が朝食を抜かれるはずもなく、起きていらっしゃるとすれば、朝食の準備をなさっているギルドの女将さんとお手伝いの方くらいだろう。

 早朝の狩りに出られているなどの理由がない限りは。


「そんなお顔をされなくても、逃げたりはいたしませんよ」


 僕の護衛が必要ではないくらいには皆さん護身の心得はお持ちだと思わされていたけれど、それでも一応僕が護衛をする側だという認識を捨ててはいない。決して、守られる側ではない。

 

「それなら、はい、これ」


 鍛錬くらいは自前の服で出ようと思っていたのだけれど、荷物を出して欲しいと頼まれて、フィスさん達の荷物をお出しすると、先日購入された女物の服の中から、袖の短い白いシャツと、丈の短い紺色のパンツを取り出された。


「こんなこともあろうかと、この前、ティアちゃんの衣装を揃えた時に色々と揃えておいたのよ。別にコスプレショーをやりたかったわけではないからね」


「まさかこんな形で役に立つなんてね」


 シャツの方も、ズボンなのだと言い張られるパンツの方も、少し首を傾ければ、中が見えてしまいそうなほど短くて、たしかに動きやすそうな生地だけれど、メイド服なんかよりもよっぽど恥ずかしい。


「失礼ね。これは学院でも運動科目の際に使用されている立派な運動着よ」


「『女性用の』ですよね」


 僕は深いため息をついた。

 鍛錬をする時間が無くなってしまうし、あまり揉めていて時間を無駄にしたくはない。

 いざとなれば隠蔽の魔法でも何でも使ってやろうと決め込んで、僕は大人しく渡された運動着に着替えを済ませた。

 本当に、何だってこんなものを揃えたというんだろう。しかも経費で。これって横領とかになるんじゃないの?


「私たちも少しは身体を動かしに行こうかしら」


「そうね。行きましょう」


 どうやら皆さんもご一緒にいらっしゃるようで、こちらは普通の私服と思われる、それでも動きやすそうな格好に着替えられたフィスさん達と一緒に、僕たちは泊まっていた部屋をあとにした。もちろん、諸々の荷物は僕が収納して持っているので、部屋には何も残ってはいない。


「あー、なんかお休みみたい」


 外へと出て、ルーミさんが大きく伸びをされながら気持ちよさそうに目を閉じられる。

 僕が走るのにもついていらっしゃるのかと思っていたのだけれど、


「いや、私たちの本職はメイドで、騎士だったりするわけじゃないからね。そりゃあ最低限の自衛、或いは戦闘の手段を持ってはいるけれど、毎日鍛錬したりするほどじゃないわ」


 おっしゃる通りだ。

 お城でも、メイドの皆さんが戦わなくてはならなくなる場面なんて余程追い詰められているシーンだけだろうし、今回のような任務が特殊だっただけだ。通常、今回のような任務に当たられるのは騎士の皆さんや、魔法師団の皆さんだから。

 他人の鍛錬にとやかく口を出せるほど、僕だって出来ているわけではない。

 ともかく、こんな恥ずかしい格好を他の人に見られる前に終わらせるべく、出来るだけ人が居ないと思われる方へ走り––実際に探索、探知魔法まで使った––軽く汗を流した後、魔法の鍛錬をして、ユニスたちに稽古をつけて欲しいと頼まれたので、少しばかりお相手をさせていただいたりした。

 当然、その後一緒にお風呂で汗を流して、泊めていただいた部屋を来た時よりも綺麗に清掃して、朝食へ向かった。

 朝食では、やはり注目を集めてしまった。

 フィスさんやルーミさんやユニスのように綺麗な方達が揃って楽しそうに談笑しながら朝食を摂られているのだから、自然と視線も集まったのだろう。もっとも、声をかけようなどと思われた猛者はいらっしゃらなかったみたいだったけれど。


「ティアちゃんならナンパでもされるかと思ったけれど、結局、そんな輩はあの教皇だけだったわね」


 ルーミさんが残念そうに呟かれる。

 いやいや、皆さんは違うかもしれませんけれど、僕は男性に声をかけられてもちっとも嬉しくありませんから。


「さあ、行くわよ、ティアちゃん。大丈夫、誰も気づいたりはしないわよ」


 出発するために馬車へと乗り込んだ僕たち。

 結局、今回の件に関して、僕は終始遊ばれていた気がする。


「お城に戻ったらもうしないから安心して」


「私はたまにティアちゃんが着せ替え人形になって付き合ってくれたら、とても嬉しいけれど」


 ユニスも含めて、御三方は楽しそうにお顔を見合わせられている。


「しませんよ。それから、お願いですから、姫様方にはお話になったりなさらないでくださいね」


 うっかりフィリエ様のお耳でも入ったら大変だ。

 

「それなら、可愛くおねだりでもしてもらおうかしら、最後に」


 最初からだったけれど、ルーミさんが本当に意地悪な目をなさっていた。

 これがパワハラか。本当に涙が出てきそう。


「涙目で美少女におねだりされるって、想像以上に気持ちいいわね」


 フィスさんも。

 もう本当にどうしようもないな。



 そんなこんなの一幕をこなしつつ、お城について馬車を降りると、寂しそうなヴァイオリンの音色が響いてきた。やっぱりナセリア様は起きていらっしゃるみたいだ。

 お代を払い、馬車のお見送りをしていると、ヴァイオリンの音は止まっていた。


「おかえりなさい」


 お出迎え下さったナセリア様に、ただ今戻りましたと頭を下げて、姫様方の朝食の準備をお手伝いに向かおうとしたのだけれど。


「ユースティアもお疲れさまでした」


「ありがとうございます‥‥‥ナセリア様、今何と仰られましたか?」


 僕は思わず顔を上げてしまった。先に歩いていたユニスたちも驚いたような表情で振り返っている。


「何かおかしなことでもありましたか、ユースティア」


 ナセリア様の視線は真っ直ぐ僕を見つめていて、どうやら僕にお声をかけてくださっていらっしゃるということに間違いはなさそうだった。


「失礼ですが姫様。ティア、いえ、彼女がユースティアだとお分かりに‥‥‥?」


 代表してフィスさんがお尋ねになる。


「ええ。当然です。す‥‥‥」


「す?」


 言いかけられて、ナセリア様は少しばかり頬を染められて、口を閉じられて、横を向かれた。


「‥‥‥少しくらい姿が変わったところで、間違えるはずありません」


 たしかに、少し考えれば、出かけている人数と戻ってきた人数を照らし合わせて、僕だと推理するのは推理とも呼べないくらいに簡単な事なのかもしれない。

 ヴァイオリンのお稽古に戻られたナセリア様にあらためて頭を下げ、僕たちはその場を失礼させていただいた。

 お借りしている部屋に戻ってすごくへこんだ。

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