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ラノリトン王国 22

 いつものように何かあればすぐに起きることのできる眠りと違って、そのときの僕は大分疲れていたらしかった。

 神殿を隠れ蓑にした悪事の本拠であった教皇のところから逃げ、男性たちに包囲され、ルーミさん達に助けられてからの記憶はなく、気がついたら馬車に揺られていた。


「あっ、目が覚めた? ユースティア」


 瞼を開いて周りを見てみると、真上から僕に膝枕をしてくれていたらしいユニスが覗き込んでいて、ルーミさんとフィスさんが正面の席に座っていらした。自分で馬車に乗ったという記憶はないから、皆さんが運んでくださったということだろう。


「助けていただいてありがとうございます」


 最初にとにかくお礼を告げ、カーテンのわずかな隙間から外の様子を窺ってみると、どうやらすでに陽は落ちてしまっているらしかった。

 姿勢を戻すと、ユニスの少しばかり残念そうな顔が見えて、ルーミさんとフィスさんは含みのありそうな笑みを浮かべていらした。


「どうかなさいましたか?」


 御三方の視線がじっと僕を捉えていらっしゃるので、ふと視線を下へと向けると、僕は未だにリボンやフリルのついた可愛らしいピンクのワンピースを着ていた。


「え? なんで僕はまだこんな格好をしているんですか?」


「あら、勝手に着替えさせてしまって良かったのかしら、ティアちゃん」


 それは困ります。というよりも、着替えは僕が収納しているので、元々服がなかったわけだと気がついた。


「もう魔力とか体力は大丈夫そう?」


 ユニスが心配そうな顔で尋ねてきたので、僕は自分の魔力を確かめる。

 完全に気を失っている間には、当然魔法を使うことは出来ないわけで、どうやら魔力の方はすっかり回復しているようだった。


「はい。おかげ様で」


 そう答えると、なんだか不安というか、プレッシャーを感じた。


「じゃあ、元に戻って貰おうかしら、ティアちゃん」


「いえ、あの、フィスさん。僕の元の姿はこの姿なのですが‥‥‥」


 フィスさんとルーミさんの視線が僕の頭の上から足の先までを往復する。隣りは見えなかったけれど、ユニスももしかしたら同じようにしていたかもしれない。


「その恰好で‥‥‥?」


「僕がこの恰好をする理由をおつくりになったのは皆さんだったと思うのですけれど」


 ルーミさんがため息をつかれ、小さい子供に言い聞かせるように指をたてられた。


「いい、ティアちゃん」


「ユースティアです」


「ティアちゃん」


 何故か僕が悪いことを言っているかのように、「めっ!」っとおでこを弾かれた。


「もうすぐギルドに着くけれど、ユースティアの姿のままで行ったら皆混乱するでしょう。あくまでこの件に関わっているのはユースティアじゃなくてティアちゃんなんだから」


 フィスさんもそれに同調されるように頷かれて、


「それに、その姿、男の子の姿でいるってことは、着替えるという事よね? どこで着替えるつもりなの? まさか、ユースティアが着替えるのを待っていろとは言わないわよね? その点、女の子、ティアちゃんになれば、服はそのままでサイズは合うはずだし、下着だけ付け直せばすぐ済む話じゃない。この場で」


 僕としたって、ナセリア様達をお待たせするのは忍びないと思っているけれど、それはつまり、お城までこの恰好をしていなければならないわけで、ほとんど確実にお出迎えに出てきてくださるだろう、ナセリア様やフィリエ様達の前にこの姿で出なければならなくなるわけで。


「じゃ、じゃあ––」


 そうこうしているうちに馬車がギルドに到着してしまった。言っても仕方のないことだとは分かっているけれど、意識を失っていた時間が惜しい。


「ほら、早くしなさい。ユースティアがその恰好のままギルドに入るのはどうかと思って、親切心で言っているのだけれど」


 この恰好をした男性と女性。前者は明らかに不審だろう。

 一応、髪は伸びたままなので大丈夫だと思うけれど、胸は不自然に隙間が出来てしまっているし、その他も‥‥‥いや、あえて言うまい。


「––皆さん、楽しんでいらっしゃいますね?」


 親切心とおっしゃられた言葉と、表情や雰囲気が一致していらっしゃらない。


「ええ。もちろん」


 誤魔化されようとも、悪びれようともされず、フィスさんが即答された。

 まじまじと見られているのはとても恥ずかしかったけれど、下着はつけていないと困ったことになる。というか、動きづらい。


「良いじゃない。可愛くないとか、似合わないとかなら別だけれど、ユー、違った、ティアちゃんは誰が見ても美少女だったわけだし」


 着替え、というか下着をつけ直すと、行きましょう、とルーミさんに背中を押され、先に馬車から降りていたユニスが、お姫様にでも手を差し出すようにスッと頭を下げる。


「参りましょう、お嬢様」


 ここで躊躇していては余計に注目を浴びる時間が増えるだけだ。

 というよりも、もう夜もいい時間なのだから、いつまでもお酒ばかり飲んでいないで、皆さんお家へお帰りになられたらいかがでしょうか。

 口笛を吹かれたり、手を叩かれたりされながら、いまだギルドに残っていらっしゃる方の注目を集めつつ、僕たちは、ユニスたちが捕まえていてくれた教皇たちを引き渡すために荷台から降ろした。



 ◇ ◇ ◇



 お城まで戻ることが出来れば良かったのだろうけれど、流石に夜も遅く、馬車を走らせるのには危険があった。

 もちろん、魔法を使って注意することは出来るだろうけれど、僕が疲れているだろうからとユニスたちが配慮してくれた結果、その夜はギルドに泊まることになった。だったら姫様方をお待たせするなどは考えなくても良かったのでは、とも思ったけれど、今更言っても既に遅い。それに、どうせどのみち、何のかんのと理由をつけて、この恰好でいさせたに違いないのだ。


「はい。女性4人でお願いします。はい、ひと部屋で」


 ギルドへの報告を終え、僕とルーミさんが教皇たちの引き渡し手続きと、姫様方に念話をお送りしている間に、ユニスとフィスさんが宿泊の手続きを済ませてしまわれていた。


「畏まりました。女性4人ですね」


「えっ、あの、ちょっと、ぼ––」


 僕は男です、と言おうとした僕の口を、後ろからルーミさんに塞がれた。


「どうかなさいましたか?」


 受付嬢の方の不思議そうな視線に、


「いえ、この子ちょっと眠いみたいで」


 ルーミさんが僕の口を塞いだまま答えられ、反論することも叶わず、僕たち女性の4人組は同じ部屋に泊まることになった。



 流石に今から料理をなさるつもりはなかったようで、ギルドで夕食をいただいた後、僕はお風呂に連行––


「––って、待ってください! 大丈夫なの、ユニス! フィスさんも、ルーミさんも。一応、お分かりかと思いますが、僕は」 


「女の子、でしょう。今は」


 皆さんが良いのであればいいのだけれど、いや、いいのか?


「ユースティアはそういうところでも働いていたんじゃなかったの?」


「ユニス。いや、そうですけど、って、それは一応、男としてであって––」


 抗議している間にも脱衣場でワンピースを恐るべき手業で脱がされ、下着をはぎ取られる。さすがプロ。いや、何のプロだ。


「じゃあ、男に戻ってみる? 私たちは全然構わないわよ。ねえ?」


 くすくすと笑うフィスさん。

 いや、そうしたいのは山々ですけれど、ここで戻ったら色々と終わる。おもに僕の人生とか。まあ、戻らなくても大概詰んでいそうだけれど。


「聞いてみたかったのだけれど、ユースティアはそのくらいの身体が好みなの?」


 ルーミさんが僕の身体を、じっと、上から下まで眺められる。僕は手で、せめてもの抵抗として、隠してみた。

 尋ねられても非常に困る。

 たしかにこの身体に変身したのは僕だけれど。


「さあ? 私には分かりかねます。ユースティアに尋ねられてみてはいかがですか?」


「あら、上手くなったじゃない」


 ルーミさんが楽し気に微笑まれる。

 外が騒がしいようなので、一応、遮音結界を張っておく。まさか覗きをしようなんていう猛者はいないと思うけれど、一応、その対策の結界も。

 たまたまなのか、時間が遅かったからなのか、分からないけれど、そのときの女性用の浴場には僕たち4人の他にはどなたも利用されていらっしゃらなかった。運が良かったのか、悪かったのか。

 お風呂場でも、色々と、まあ、語りたくないことがあって、何故かお風呂に入る前よりもぐったりしていた僕と、反対にとても元気になられたご様子のフィスさんとルーミさん、ユニスと一緒に廊下に出てきたときには、たくさんの男性の冒険者の方が扉の前に倒れていらした。


「本当、男って馬鹿よねえ」


 フィスさんが小さくため息をつかれた。

 気持ちは分からないでもなかったけれど、どちらの気持ちもあまり分かりたくはなかったし、僕にはフィスさんに反応する気力もなかった。

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