魔法顧問と決闘
僕がただ広い稽古場へと通されて、しばらくそこで待つように言われて待っていると、体感で1時間ほど経った後、準備万端整えましたといった格好でコーマック魔法顧問が悠々と歩いて来た。
ローブの上からだったのでよく分からなかったのだけれど、コーマック魔法顧問のお腹は大分出ていて、こうして近くで見ると膨らんでいるのが良くわかる。
何かのお守りだろうか、首や手首などには、見るからに高価そうな輝く石のような飾りをつけている。それらからはわずかに魔力を感じられた。
「決闘というのは何をどうすれば良いのでしょうか?」
城内の稽古場には、騎士や兵士の方が集まって決闘が始まるのを待っている。
観客のほとんどは物珍しさというか、勝ち負けには興味はなく、決闘という行為そのものに興味があるようだ。
「開始の合図の後、相手を降参させるか気絶させれば良い」
自ら判定役をかって出てくださった国王陛下は、非常に楽しそうなお顔をされていた。
「貴様! 誰の許可を得て陛下に尋ねている!」
コーマック魔法顧問が叫んでいる。
僕だって国王陛下に直接なんてとんでもないと思っていたけれど、他に教えてくれそうな人が近くにいなかったのだから仕方がない。ルールも知らずに戦っても良いというのならば別だけれど。
「どっちが勝つと思う?」
「姫様のお言葉を疑うことになるから言明は避けたいが、コーマック殿の勝利だろう」
「ああ、態度と体型、それから顔と性格はアレだが腕は確かさ」
「えー、でも私はあっちの、えーっと、そうそう、ユースティアさんに勝って欲しいなあ」
「私もー。だって、もし魔法を教えて貰えるなら、若くて顔立ちも良いあの子に教えて貰いたいしー」
騎士の方やメイドさんなど、集まられた方々は色々と予想して盛り上がっている様子だった。
「ねえねえ!」
声を掛けられてそちらを振り向くと、サラサラの金の髪を左右で1つずつ結んでいる、翠の瞳の小さな女の子が興味津々という様子で僕の服を引っ張っていた。
「何でしょうか、えーっと」
「フィリエよ。フィリエ・シュトラーレス」
フィリエ姫は僕のことを物珍しそうな顔で見つめながら、
「あなた本当に魔法が使えるの? それはお姉様よりもすごいって本当? いきなり目の前に現れたって、転移ってなに?」
矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。
「魔法が使えるのは本当ですよ」
開始の合図の前に使ったと怒られるわけにはいかないから、僕は他の人に気付かれないように出力を押さえて、手元を覗き込んできたフィリエ姫にだけ分かる様にわずかに魔力を漏れさせた。
しかし、フィリエ姫はなんだか不満そうな顔をした。
「これが全力なの?」
「いえ、もちろん違いますが‥‥‥」
フィリエ姫は手招きをして、僕に耳を貸すようにと仕草で伝えてきた。
「あのね、あんまり大声では言えないんだけど、きっとお父様はあなたに期待していると思うの」
出会ったばかりの、得体のしれない僕みたいな子供に、1国の王たるアルトルゼン様が何を期待なさると言うのだろうか。
「ほら、ここってお城の中だから私達以外に子供っていないじゃない? だから、あなたがここに残ってくれれば、私たちのおもちゃ、じゃなかった、良い遊び相手になってくれると思うの」
それは国王様ではなくフィリエ姫の希望なのでは? と、思わないでもなかったけれど、口にするのは控えた。姫様に意見などおこがましいし、形はどうあれ、僕を必要としてくれるような人が居るのであればその期待には答えたかった。
「それにね、お姉様、ナセリアお姉様の魔法力はもうずっとすごくて、今の魔法の訓練の時にはいつも退屈そうなお顔をなさっているから‥‥‥」
そのナセリア姫は感情の籠っていないような瞳で1人で立って、稽古場を冷めた瞳で見つめていた。
「だから、お姉様の興味を惹けるくらいの圧勝を期待しているから」
そう言い残して、フィリエ姫はご家族のところへ入って行かれた。
「圧勝と言われても‥‥‥」
相手の実力も分からずに分かりましたと頷くのは難しい。なにせ、魔法を使える相手との決闘というか、戦いは、今まで生きてきた中でも初めての経験なのだ。どうなることか、全く想像がつかない。
「はじめっ!」
どうしたものかと考えているうちに、どうやら決闘は始まってしまっていた。
「訓練とは違うんだよなあ‥‥‥」
シナーリアさんとしていた訓練を思い出すけれど、シナーリアさんは魔法を使うことは出来ないみたいだったし。
飛んできた魔力の塊を叩き落としながら、フィリエ姫のおっしゃっていた圧勝という言葉について考える。
圧勝。圧倒的な勝利。相手に有無を言わさず、見ている誰もが納得できるような結果で勝利を見せつける。
「殺してしまうわけにはいかないしなあ」
理由があるのならばともかく、理由もなしにむやみやたらに殺人など、好んでやりたくはない。
「フィリエ様。圧勝と言うのはどのようなことを言うのでしょうか?」
若干勢いが落ちつつある魔法を防ぎながら、大声で叫んだ。万が一がないとは言い切れないし、近づいたら巻き込んでしまうかもしれない。
「圧勝っていったら派手なやつよ! それも思い切りね!」
フィリエ姫は目を輝かせながら、笑顔で、負けないくらいの大声で叫んでいた。
派手なやつか。取りあえず、見た目が派手ならそれでいいのだろうか?
僕はとりあえず空へと飛び上がった。
「どうしたんだろう?」
皆が僕を見てあんぐりと口を開けている。僕の方を指差していたり、興奮した様子の歓声が聞こえている。ナセリア姫もその宝石のような金の瞳をわずかに見開き、すこしばかり驚いたような表情を浮かべていた。
僕は空を埋め尽くすほどに展開していた魔力弾で正確に狙いをつける。派手な方が良いという事だったので、普通の魔力弾の他に、炎を纏っているもの、鋭く尖らせた氷、バチバチと音を立てる雷、他にもたくさんの種類の砲弾を用意した。
狙いは足元。下手に動いてくれないようにと、念のため拘束魔法でコーマック魔法顧問をその場に縛り付けた。
「これで良いのだろうか‥‥‥」
コーマック魔法顧問を中心に、半径3メートほどに深い穴が出来上がっている。コーマック魔法顧問が少しでも動けば彼の足場は簡単に崩れ落ちてしまうだろう。動くことが出来ればだけれど。
「えぇっと、まだ続けた方が良いでしょうか?」
僕は土から剣を作り出すと、刀身を伸ばして、どうやら放心している様子のコーマック魔法顧問の目の前まで降りてゆき、彼の首元にそっと添えた。
「そこまで!」
静まり返る観客の中で国王様が宣言されると、途端に周りから物凄い歓声が上がった。
まだ僕はとどめを刺してはいなかったけれど、見ている誰もが納得しているのならばそれはそれで構わない。何も僕たちは互いの存在を掛けた殺し合いをしていた訳ではないのだから。
◇ ◇ ◇
その日、決闘が終わってすぐ、僕はあれよあれよといううちに、新しく魔法顧問という職を与えられてしまい、更にはお城の一室までをも与えられてしまった。そして仕事も、王女様、王子様方に魔法を教えるという大役を、断れるはずもなく、決められてしまった。
「どうしてこんなことに‥‥‥」
別に魔法を教えることが嫌なわけではない。
今まで魔法を使えるというだけで害意に晒されていたので、このような歓待に慣れていないだけだ。
部屋の中で蹲ってため息をついていると、扉が叩かれるのが聞こえた。
「ひゃい!」
つい声が裏返ってしまい、慌てて返事をし直して扉を開けると、そこにはさらっさらの銀の髪に、神秘的な金の瞳を湛えた美貌の王女様が1人で立っていた。
「ど、どうかなさいましたか」
僕はナセリア姫に視線を合わせるように膝をついた。
美し過ぎる第1王女様は、躊躇う様に口を開いては閉じたりしていたけれど、やがて意を決したように、冷めた視線を僕へと向けられた。
「あれほどの魔法を使えるあなたが、どうしてあのような場所にいらっしゃったのですか?」




