ラノリトン王国 17
真っ白い柱や壁の神殿の入り口には、リーベルフィアの中央広場の噴水にあるのと似たような、それよりはずっと大きな、デューン様とアルテ様なのだという石像が、入り口を守る様にして設置されていた。
2人の女神様は姉妹なのだという設定だそうで、容姿は非常に似ている。太陽のような王冠を被っていらっしゃるのがデューン様で、月桂樹の冠を被っていらっしゃるのがアルテ様だという事だった。
「どう、ティアちゃん。何か感じられることはある?」
フィスさんに尋ねられ、僕は首を横に振る。
「いいえ。この辺りから魔力、或いは魔法の気配はほとんど感じられません」
「じゃあ、そういう事なのね‥‥‥」
あらかじめ説明しておいたため、ユニスが信じられないという風にごくりと唾をのむ音が聞こえた。
僕も真面目に答える。
「はい。まず間違いなく、この度の、リーリカ姫様に呪いをかけていた人物––おそらくは集団ですが――は、神殿の関係者です」
治癒の魔法をかける役割などを担っているというのであれば、全く魔力残滓が感じられないということはあり得ない。
相手が僕より魔法の扱いに優れ、完璧な隠蔽魔法を使用しているというのであれば話は違うのだけれど、たしかに隠蔽の魔法を使用している感覚はあるのだけれど、完全には隠蔽できていなかった。
何が言いたいのかというと、『隠蔽の魔法を使って魔力の痕跡を消そうとしていることが感じられる』、という事だ。
自分で考え出した隠蔽の魔法ならば自分で見破ることは出来るので、特に困ることもないだろうと思い、魔導書には記載してある。
犯罪が横行するのではとの懸念もあることとは思うけれど、イタチごっこではないけれど、隠蔽の魔法を看破することが出来るだろう魔法も同時に掲載されているため、結局は自身の腕次第ということと、個々人の心がけ次第だとということになってしまう。
意味はあるのかと言われれば難しいかもしれないけれど、何にでもそういった側面はあるものだ。
幸運なことに、今回は相手方の力量は僕より高くはないらしく、気づくことができた。
「気を付けてね、ティアちゃん。聖職者とはいえ、何をしでかすのか分からない連中よ」
フィスさんがお声をかけてくださったけれど、元々、油断など微塵もしていない。
「ご心配してくださってありがとうございます、フィスさん。ですが、問題ありません。神に仕えているなどと嘯く方々の事を信用する道理は全くありませんから」
この世に神様なんてものはいない。
もしいるというのなら––、いや、考えてもしょうがないことだ。考えるのはやめよう。
「私は大丈夫ですけれど、皆さんは大丈夫ですか?」
僕は神様なんて信じてはいないけれど、皆さんはそうではないのだろう。実際に祈りを捧げていらっしゃる姿を確認したこともあるし。
「大丈夫よ。別に宗教家というわけではないのだし、敬虔な信者というわけでもないのだから。そもそも、私たちはデューン様やアルテ様にたてつこうというわけではなくて、その神様に仕えているという方を問い詰めに来ているだけだからね」
ルーミさんはきっぱりと言い切られ、そこには微塵も迷いなどは感じられなかった。
僕は、突入する前に一応確認だけは取っておく。
「あらかじめ申し上げておきます。私に言われずとも、皆さんも重々承知の事とは思いますが、今回の目的は、とりあえず偵察です。相手方の出方次第では交戦することも視野には入れておりますが、最初から仕掛けることはありません」
確実な証拠を掴むまでは、こちらからは手を出すことはしない。
今のところはあの程度の呪いで何とかなっていたけれど、この先、事態が変わった際に、どういった手に出てくるのか分からない。
そのため、一気に制圧することが望ましいのだけれど、相手のことがほとんど何も分からない現状ではそれは難しいだろう。
僕1人ならば逃げおおせることも可能かもしれないけれど、とは言わないでおく。心配してついて来てくださった皆さんに失礼になるし、人数が多いという利点もたしかに存在する。
「分かったわ」
本当に今更な事だったけれど、ユニスも、ルーミさんも、フィスさんも、揃って頷いてくださった。
そして、失敗するつもりはないけれど、念には念を入れておかなくてはならない。
「申し訳ありません。そうならないよう、最善は尽くす所存でありますが、絶対、と言い切ることは出来ません。ですので、私たちのことはここに置いておいてくださいますか」
万が一の事態に陥った場合、馬車があるという時点で、こちらの不利になるというか、近くにいれば問題はないのだけれど、人数の関係上、離れた位置の守りはどうしても薄くなってしまう。
「承知致しました。ご健闘、お祈り申し上げております」
恭しくお辞儀をしてくださった御者さんに、僕も頭を下げる。
小さくなってゆく馬車の後ろを見送り、完全に視界から外れたところで、僕たちは再び神殿へと振り返った。
僕たちがこうして神殿の前で話し合っている間にも、神殿の中からはお祈りを終えられたのだろう方達が出てきたりしていらっしゃった。時間が時間だからか、今から向かおうという方はいらっしゃらなかった。
人数が少なくなるというのは、巻き込む方が少なくなったということで、僕たちにとって好都合と言えるだろう。
「で––」
「じゃあ行きましょう」
先頭に立って行くつもりだったのだけれど、ルーミさんがすでに歩き出してしまわれた後だった。
「後ろから、私たちの姿が全員視界に収まるところにいた方が、ティアちゃんも護衛がしやすいでしょう?」
それはそうかもしれないけれど、探知の魔法があるから視界範囲はほとんど関係ないし、女性に先に立って歩かれるなど、男としてどうなのだろうか。
「今は女の子じゃない。大丈夫。ティアちゃんのことは私たちが護ってあげるから」
ユニスが手を握ってくる。
しっとりすべすべとか、少し気持ちがいいとか、そういう事ではなく、そもそも、僕の立ち位置は護衛ということではなかったのだろうか。護ってあげるといわれても‥‥‥。
「どうしたの、ティアちゃん、溜息なんてついちゃって。ため息をつくと幸せが逃げると言うわよ」
僕は、何でもありませんと首を振った。
何を言っても無駄だというのは分かり切っている。僕が気を付けていればいいだけのことだ。
僕たちは一緒に神殿の中へと入っていった。




