ラノリトン王国 15
ギルドへと向かう馬車の中、僕は女性3人に嫌というほど言い含められた。
本当に嫌になるほど。
「何度でも言うけれど、ティアちゃん。あなたはとっても可愛いから、おそらくギルドでも興味以上の視線をもって見られることになるわ」
正面に座られたルーミさんの視線にも、明らかに邪な思いが見て取れたけれど、それには突っ込まずに、僕はただ黙って、この時間が終わるのを待っていた。
「だからといって、一々反応していては––それはそれで私たちの目の保養にもなるけれど、余計な諍いに巻き込まれることになるわ」
本来護衛すべき立場の僕が、逆に護衛されていてはしょうがない。今のところ、僕の精神以外に問題はなかったけれど、ギルドでは今までより腕に自信のある方が、それこそ冒険者になろう、もしくはすでに冒険者になられていらっしゃるという方々が集まっていらっしゃるのだ。男として––そう、男として、皆さんの安全はお守りしなくてはならない。
「分かりました。ぼ、私も全神経を探索の魔法に集中していますので、少しでも反応した方は逃しません」
相手方も、おそらく、通常であればお城から何らかの形でギルドへ指令でも何でも出回るはずだし、会議に出席なさっていた方々とでも繋がっていたとしても、特に悪事を働いているときにはいつも以上に過敏になりがちなものだ。ギルドに依頼が持ち込まれないか、見張っていらっしゃる方はいるはずだ。
その彼らに気付かれないように、出来る限り、ギルドに近付かない方が良かったのだけれど、とも、ルーミさんはおっしゃられた。
「寝る前とか、酒の入ったところで連れ込んだ個室なんかでは、ペラペラと色々話してくれるものだけれど、まあ、ティアちゃんにまでそんなことを要求したりはしないわ。私たちが率先して姫様の泣き顔を浮かべさせるわけにはいかないもの」
フィスさんが姫様の泣き顔とおっしゃられたとき、無意識に、瞬間的に、ナセリア様のお顔が頭をよぎった。
何故だかナセリア様は、やたらと悲しそうな表情をなさっていて、それがとても印象的で、頭を離れなかった。
「––おーい、ティアちゃん、聞いてるー?」
「––っ、すみません、フィスさん、大丈夫です」
この世界に来てからお知り合いにならせていただいた姫様は、それまでとは比べ物にならないほど多い。もっとも、普通に暮らしていて、お姫様と知り合いになることなんてそうそうあるものではないけれど。
その中で、浮かんだのはナセリア様のそんなお顔だけで、フィリエ様でも、ミスティカ様でも、ロヴァリエ王女でも、ルルーウィルリ様でも、リーリカ姫様でもなかった。
後の御三方は別にしても、フィリエ様とミスティカ様のお顔は一緒に浮かぶようなものだと思ったのだけれど。
まあ、無意識に、あるいは瞬間的に心に過ぎったことを後からあれこれ考えてみたところで、正しい答えなんて出るはずもない。それよりも、今は目先の問題に集中しなくては。
「考えるのは結構だけれど、仕事中だという事、忘れないでね。次にあったら、罰として私たちのことは『お姉様』をつけて呼んでもらうから。それから、少なくとも姫様、若様方におっしゃられるまでは、その恰好でいて貰うからね」
僕は一層気を引き締めて、フィスさんのお話しに集中した。
◇ ◇ ◇
姫様方の安寧のため、私のちっぽけな羞恥心なんて捨て去らなければ。
一人称だって変えたし、声帯変化も落ち着いて、身体の調子にも受け入れたとはとは言わないけれど、そこそこ慣れて来たところだ。
少なくとも、馬車を降り、ギルドの中へ入ってゆくまでは本当にそう思っていた。
「無理です、お姉様」
入って数秒、僕はユニスに抱き着いていた。
いや、本当に無理。羞恥心とかの問題じゃない。
最後に入ったのでは確実に目立つだろうから、フィスさんとルーミさんに続いて3番目にギルドの扉をくぐったのだけれど、前のお二方が注目されていたせいもあってか、僕が注目されずにいるということは出来なかった。
同じ男だからなのか、それとも今は女の子の身体をしているからなのか、彼らの視線がどこへ向いているのか分かってしまって、ただ平然としておふたりの後ろをついていくなんてなんて出来るはずもなかった。
「あらあら、まあまあ」
ユニスはとてもいい笑顔で、僕の事を優しく抱き留めてくれた。
後ろで男どもが、「リアル百合キター」だの、「眼福眼福」だの、「これがおねロリですね」だのとはしゃいでいたけれど、僕はロリじゃない、などと反応することすら出来ないでいた。そんな気力も残ってはいなかった。
「でもね、ティアちゃん。さっき約束したでしょう。ここで頑張らないと、後で怖いお姉さんたちに怒られちゃうわよ」
「怖いお姉さんって私たちの事?」
やっぱり僕は被捕食者で、ルーミさん達が捕食者だ。
「ありがとう、ユニス。ぼ、私、もうちょっと頑張ってみるよ」
周りから感じられる微笑ましい空気は努めて無視して、聞き込みをするべく、僕は近くのテーブルへ向かった。心配そうな足取りでユニスが後ろからついて来るのが分かる。
探索魔法のちょっとした応用で、別のテーブル等へ情報収集へ向かわれていても、ルーミさんとフィスさんのことは把握している。
「お兄さん、私、ちょっと聞きたいことがあるの」
ルーミさん達のおもちゃになるわけにはいかない。その点に関して僕は必死だった。
そのためなら、たとえ気持ち的には自分にダメージを与えるだけであっても、全力で少女になりきる。
「何だい。お兄さんに分かることなら、何でも教えてあげるよ。おっと、後ろのお姉さんに怒られない範囲でね」
振り返ってユニスの顔を確認する勇気は僕にはなかった。
デレたような表情をなさっている男性の後ろからは、花畑でもありそうなオーラが漂っていた。それは、僕が質問をさせていただいた方だけではなく、近くにいらした方から同様だった。
問題は、こちらの情報をどこまで開示してもいいのだろうかというところだけれど、ある程度は開示しなければ聞き込みすらままならない。
念話を使うことが出来れば、今、まさにこの瞬間、相談することも出来るのだけれど、そうもいかない。
「お姉ちゃんがお城で働いているんだけど、私も将来、姫様にご奉仕したいなあって思ってるの」
「そうかいそうかい」
尋ねた男性は、立派だねえと褒めてくださる。
ユニスと僕が姉弟、もとい姉妹だというのには無理があるかもしれないけれど、この場ではどなたも気になさっていらっしゃるご様子ではなかった。
「でも最近、姫様のお元気がないみたいで、その、原因? ってゆーのを調べてるの」
喉の辺りを掻きむしって猛烈に転げまわってしまいたい衝動を堪えながら聞き込みを続ける。
ユニスは手助けもしてくれたり、自分で聞き込みをしたりもしてくれたけれど、ところどころで笑いを堪えている姿を、僕は目の端に捕えていた。




