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ラノリトン王国 13

 店員さんはああおっしゃっていたけれど、僕が着ているのは普通にフリルのついたふくらみのあるワンピースで(もうこの時点で大分消え去りたくなっているのだけれど)、馬車の中からラノリトン王国の風景を楽しむなんて余裕は一切なかった。

 ていうか、御者さんももっと疑問を持って欲しい。出て行くときは男の格好だったのに、帰ってきたときに女性の格好している僕を連れているユニスたちに何も質問しないってどういう事ですか。


「いい加減覚悟を決めなさいよ、ティアちゃん」


「そうよ。こんなに可愛いのに、ぶすっとしていたらもったいないわよ、ティアちゃん」


 そういってルーミさんが鏡を見せてくれるけれど、僕は全然、鏡なんて見たくはなかった。


「結局やると決めたのでしょう。これも姫様方のためよ、ティアちゃん」


 一生懸命真面目な顔を作っているフィスさんとルーミさんだったけれど、どう考えても面白がっているのだということは、先程の態度からも明らかだったし、もはや笑っていらっしゃることを隠そうという気はないのかもしれない。


「違うのよ。べつにティアちゃんの事を笑っているのではなくて、さっきのお店の人たちの反応を思い出したら、つい、ね」


「くっ、ご、ごめ、思い出したら、また、ぷっ」


 いや、悪意がないと言われても、そんなの信じられるわけないじゃないですか。

 こんなんじゃお嫁に––じゃない、お婿にいけない。もともと、婿に出られるなんて思ってもないし、お嫁に出る気はそれこそ全くこれっぽっちもないのだけれど。

 もう、本当泣きたい。

 しかし、お化粧が崩れるとか、なんとかで、泣いちゃだめよと厳命されている。


「ユ、ユニス」


 ユニスはこの場で唯一笑ったりはしていなかったけれど、馬車に乗り込んでから、一向にこちらを見ようともせず、顔をそむけたまま、窓の外を見つめていた。


「な、なに」


 ようやくこちらを向いたと思っても、ずっと目を瞑っているし、やっぱり、本当は目にも入れたくないほどのものなんだ。鏡に映っていた僕の姿は、僕の記憶からは綺麗に抹消されている。思い出したら倒れてしまいそうだからだ。


「あー、ユニスがティアを泣かしたー」


 前から伸びてきた手に引き寄せられ、ルーミさんの胸の中にぎゅむっと抱きしめられた。

 逃れようともがいていると、胸の中でパットがずれる。


「あーあ、ティアちゃんが暴れるからずれちゃったじゃない」


「やっぱりパットじゃ駄目なんじゃない?」


 そうおっしゃられたフィスさんとルーミさんはさらに恐ろし事を考え付かれていた。


「ティアちゃん」


「やりません、やりませんから!」


「まだ何も言ってないじゃない」


 いや、もう何をおっしゃりたいのか、おふたりの視線から理解しました。

 

「別に私たちはやれと言っているわけではないのよ」


 いえ、ルーミさん。ほとんどやれとおっしゃられているようなものでした。


「はあ。ティアちゃんがどうしてもやりたくないって言うのなら仕方ないわ」


 諦めてくださったのかと思っていたら、全然違った。フィスさんはもっと恐ろしいことを考えていらしたのだった。


「師団の皆に言いふらして、性別を変える薬を作ってもらうから」


 とてもいい笑顔でそうおっしゃられた。

 地獄はいつでももぬけの殻だ。全ての悪魔は地上にいる。というのは、本当の事なのかもしれない。それとも、ここが地獄の1番街なのかもしれない。


「し、師団の皆さんは今、リーベルフィアのお城にいらっしゃるのでは?」


 せめてもの抵抗をしてみたけれど。


「こちらの魔法師の方も手紙を飛ばすくらいの魔法はお使いになられるみたいよ。その場合、ティアちゃんはその恰好で一旦お城に戻ることになるわね」


 姫様方にこんな格好を見られたらもはや生きてはいけない。いや、姫様方に限らず、騎士団の皆さんでも、誰でも、他の知り合いの方に見られたと思うと、もはや彼女たちの意志に従うしかないのかもしれない。


「まあ、見られても、ほとんどの人は気付かないんじゃないかしら?」


「そうね。騎士団の男どもはそれほどこういったことに聡くないし、元を知っていても、ましてや元を知らない人ならねえ」


 それからお城の男性がどうのこうのという、男の僕に聞かれるのはあまりよろしくないのではないかという話を始められたのだけれど。


「だって、今は女の子じゃない、ねえ、ティアちゃん」


 どうやら僕は男だと思われていないどころか、女の子だと思われていたらしい。


「いや、女性は女性だけれど、大人の、って感じじゃないし、やっぱり、女の子っていうのが一番しっくりくるわね。学院に通っていそう」


 それからルーミさんは、思いついてしまったわ、みたいなお顔をされて、


「学院の女子の制服でも良かったのではないかしら。それなら経費も掛からなかったし、あ、でも、今は持って来ていなかったわ」


 持っていたら着せる気だったのですか。自分の服を他人に、しかも男性に貸すということに、抵抗は全くないのでしょうか。

 それと、この服装を一式揃えたのは経費で落としたのですか。それ、明細とかってどうなっているんだろう。怒られるのでは‥‥‥?


「というわけだから、情報取集するためのギルドに着く前に、ちゃっちゃと女の子になっていてね」


「出来なくてもいいけれど、その場合、恥をかくことになるのはユースティア、じゃなかった、ティアちゃんよ」


 ついさっき、このままでも気づかれないんじゃないかしらとおっしゃっていませんでしたっけ。それに、常時使用しているタイプの魔法を使うのはいざという時のためにあまりよろしくないのではなかったでしたっけ。

 まあ、今更言っても無駄なことは分かっているのだけれど。

 ルーミさんが僕の胸元に手を入れられて、パットを引き抜かれる。

 ワンピースは胸元の張りがなくなり、少しよれたり、垂れたりしてきてしまっている。


「‥‥‥すみませんけれど、それ、少し見せていただけますか?」


「あら? 興味出てきちゃったの?」


「違いますよ! サイズが合わせられないと困るじゃないですか! そんな風に、あらあらみたいな顔をなさらないでください!」


 冗談よ、と笑っておっしゃられながら、ルーミさんがパットを再び手渡してくださる。

 何が悲しくて、胸のサイズを大きくするために、パットをまじまじと見つめなくてはならないのだろう。もっと、こう、大胸筋とか、鍛えていれば、そもそも女装などという話にはならなかったのかもしれない。

 実際につくってみると、胸が重いというか、ワンピースを着たままでは下着がつけられない。


「貸してみなさい。お姉さんがつけてあげるから」


「フィスさん! その指! やめていただけますか!」


 僕はもう、それは必死に抵抗したのだけれど、まあ馬車の中は狭いし、色々と無駄だろうというのは分かっていた。ていうか、これ、本当に外から見えていないよね? カーテンは閉まっているはずだけれど、ついつい馬車の窓を確認してしまう。


「じゃあ、次は下ね」


 ああ、やっぱり(男としての)僕は今日死ぬらしかった。


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