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ラノリトン王国 10

 昨日の会議以降、もっと言えば僕が例の葉っぱを持ち帰って以降、ナセリア様のお顔の色が優れない。自国のことは自国で、と仰っていたわりには、未だにリーベルフィアに戻ろうという気になってはいらっしゃらないご様子で、それは、正義感に燃えていらっしゃるエイリオス様がラノリトン王国を離れられる気がないとか、フィリエ様、ミスティカ様、それにレガール様が、リーリカ姫様と仲良くなられたという事などとは関係がないようにも思えた。

 つまり、リーベルフィアに持ち込まれては困るとか、そういった事情は関係なく、口では何と仰られようとも、ナセリア様はラノリトン王国の人達のことが気がかりでいらっしゃるのだろう。

 従者という肩書ではないけれど、僕もリーベルフィア王国に雇っていただいている身として、王女様の憂いを晴らすことは務めであると考えている。


「おはようございます、ユースティア殿」


 考え事をしながら鍛錬をしていると、リュアレス団長にお声がけいただいた。

 朝食を終えたこの時間、ナセリア様達はリーリカ姫様とお戯れなさっているようで、僕が様子を見に伺った際には、綺麗な絵柄の描かれている双六などをしながら、フィリエ様が楽しそうに笑っていらしたのを目撃している。


「おはようございます、リュアレス団長」


 リュアレス団長はお城の警備と、騎士団の皆さんとの訓練をなさっていたようで、身につけられている金属のプレートが微かに汚れている。

 僕の表情が気になられたのか、リュアレス団長は騎士団の皆さんの稽古に誘ってくださった。


「訓練で羽を伸ばすも何もないとは思いますが、思い切り身体を動かすのも悪くないものですよ」


 私はどうも貴族が集まるような会議というやつは苦手でして、とおっしゃられる。


「リュアレス団長も会議に参加なさることがおありなのですか?」


 僕がそう尋ねると、リュアレス団長は少し笑顔を浮かべられ、


「ユースティア殿はご存じないかもしれませんが、リーベルフィアでも国政やその他もろもろに関する会議は行われていますよ。あなたはまだ若すぎるので、代理の方が魔法師団からも参加されてはいますが、そういったことをお聞きになっては‥‥‥いらっしゃらないみたいですね」


「すみません」


 おそらく資料などは残されているのだろうけれど、僕は読んだことはない。今の今まで、リーベルフィアでそのような会議が行われているということも知らなかったのだから、当然といえば当然なのだけれど。


「それで、その様子ですと、あまりこちらの国の会議も芳しいものではなかった御様子ですね」


 こちらの国もということは、そのリーベルフィアで行われている会議というのも、あのような不毛な言い合いばかりだということだろうか。いや、別に、互いの不毛を罵り合っていたというわけではないけれど。


「私など、出来ることと言えば剣を振るうことくらいで、ろくに教育も受けていない身ですから」


 それは僕だって、というより、僕の方がもっとひどいだろう。ろくに、どころか、全く受けていなかったのだから。まあ、最近はお城でも暇な時をみつけて図書室に通うようにしているので、ミラさんや、よくいらっしゃるナセリア様、たまに来ることのあるユニスたちに、少しづつではあるけれど、数学だとか、音楽だとか、そういったことを教えていただいていたりもする。

 もちろん、僕自身、魔法をお教えするというお役目もいただいているし、お城の警護や、魔法の研究、街の様子などを見に出るようにもしているので、あまり進捗が良いとは言えないのだけれど。


「よろしければ、一手、お手合わせをお願いできますか、ユースティア殿」


 リュアレス団長が訓練で使われていたのだろう模擬刀を構えられる。

 僕も1本、収納している自分で作った練習用の模擬刀を取り出す。これはシナーリアさんと訓練していた時、シナーリアさんがいらっしゃらないときに1人で練習していたものではなく、リーベルフィアに来てから新しく作ったもので、お城の訓練で使う模擬刀に似せて作ったものだ。使用した木は、ちょっと暇を見つけて、ムーオの大森林から拝借してきたものを加工させていただいた。手で削った部分もあるし、魔法で加工したところもある。

 暇がないとはいえ、ムーオの大森林はリーベルフィアのお城の目と鼻の先だ。僕1人であれば、1時間もしないうちに行って帰って来られるくらいの位置関係だ。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 良くもない頭でいくら考えても結論などではしない。だからといって、思考を放棄するなど出来るはずもないけれど、少しは身体を動かすというのもいい刺激になるのかもしれない。

 僕たちは向かい合って互いに剣を構える。

 

「前々から尋ねようとは思っていたのですが、その構えは見たこともありませんね。どなたかに教わったものですか?」


 リュアレス団長は、というよりも、僕の過去の事を話したのは(話させられたのは)、ミラさんとユニス、それからナセリア様だけなので、他の誰かが知っているはずもない。いや、もしかしたら、個人名は出していなくとも、ちらりとならば話したことがあったかもしれないけれど、リュアレス団長にはお話したことはなかっただろう。団長自らに訓練をつけていただくことはあまりない。

 もしかしたら、この世界でも、他の国には同じような構えのところもあるのかもしれないけれど、少なくともリーベルフィアでは一般的ではないのだろう。


「ええ。以前お世話になっていた方に、たしかふた月と仰っていましたが、そのくらいの間です」


 あのハストゥルムでのふた月という感覚と、リーベルフィアのふた月の感覚にそれほど違いはない、と思う。


「それから後はこちらに来てからの訓練ですので、リュアレス団長もご存知のことと思います」


 その間の諸々を省略する。言っても仕方のないことだし、今重要な事でもない。


「そうですね。それより随分、同じ時を過ごさせていただきました」


 思い出されるかのように空を見上げていらしたリュアレス団長の視線が、真っ直ぐに僕へと向けられる。

 

「では、参ります」


 シナーリアさんとも、ロヴァリエ王女とももちろん違う、男性が振るっているのだと分かる力強い剣戟が振り下ろされる。

 どちらかといわれれば、シナーリアさんに近いのだろうか。剣だけではなく、唐突な急所への蹴りや、砂や土を巻き上げての目つぶしなど、およそ王道とは言えないだろう、武術でもない、そう、子供の喧嘩のような攻撃だった。もちろん、その程度のものよりも、力も、速さも、狡猾さも、段違いではあるのだけれど。

 だからといって、剣の腕が優れていらっしゃらないというわけではない。

 模擬刀とはいえ、防御を誤れば、下手をすれば骨折くらいはするだろう。

 剣を巻き上げる隙などあろうはずもない。

 しばらく打ち合いが続き、リュアレス団長は、ありがとうございましたと剣を納められた。


「我らの剣は、いついかなるときも、姫様、若様の笑顔をお守りするために存在します。それが最優先事項であり、他の事など、言ってしまえば、些事に過ぎません。それだけは覚えていてください」


 もっとも、それは我々騎士団の考えですので、と言い残されて、リュアレス団長は僕に背を向け、騎士団の皆さんがいらっしゃる訓練場の方へ歩いてゆかれた。

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