ラノリトン王国 8
今僕たちがいるのはリーベルフィア王国ではなく、ラノリトン王国なわけだけれど、おそらく、犯罪者の扱いというのは変わることはないだろう。
彼らの潜伏していた施設からお城まで戻るころには、日も完全に落ちきっていた。
途中で食事などの休息をとったわけではないので、食事は朝のお弁当だけである。
お腹は空いていらしたのだろうけれど、騎士団の皆さんは、そのようなことは態度にも全く見せられずに、変わらない調子でお城まで歩いて来られた。
もっとも、お城が見えてきた途端に、お腹の鳴る音も聞こえだしていたので、お腹が空いていないというわけではなかったらしかったけれど。
ここで、「ありがとうございました」などと言おうものならば、「当然のことですから、そのようにはなさらないでください」などと言われるだろうことは確実と思われたので、僕は心の中だけでお礼を告げると、お城を、そしてナセリア様達を守っていてくださったラノリトン王国の方に頭を下げた。
「ただ今戻りました。それで、おそらくリーベルフィアとこちらの王国とで扱いなどが変わることはないと思うのですが、一応、捕えた者達は連れて参りました。それとも、私どもの方でギルドへと引き渡してきた方がよろしかったでしょうか?」
騎士団の皆さんが、捕えていた方達を、ラノリトン王国のお城の門番の方に突き出された。
おそらく、リーリカ姫様の容態に関して、ナセリア様達から、もしくはそれを知らされたウェイラム陛下、或いはソリトフィア王妃様、オズワルド王太子様からお聞きになっていらしたのだろう。かなり憎しみの込められた視線をぶつけられつつも、寸でのところで止められたらしい感情を押しとどめられ、集まられたラノリトン王国の騎士の方から深い感謝を示された。
「本当にありがとうございます。そして、そこまでしていただくわけには参りません。事後の処理に関しては我々にお任せください」
僕たちの方でギルドへなりとも、連れて行くことは、別段苦というわけではなかったけれど、そのように言われてしまったので、大人しくお任せすることにした。とはいえ、完全に、というわけではない。
僕たちは僕たちで、各方へ報告にゆかなくてはいけないのだけれど、1日行軍してきた格好のままお城に入るわけにもいかない。
浄化の魔法で、自分と、騎士団の皆さんの汚れを落とした後、僕たちはこちらの騎士団の方について、ギルドの方へ向かわれた方の他に、ウェイラム国王陛下への伝令に向かわれる方と、姫様方への報告へ向かわれる方とで三手に分かれた。
ウェイラム国王陛下のところへはリュアレス団長が向かわれるとのことだったので、僕はナセリア様達への伝令を承った。
僕も国王陛下のところへと、結果の報告へ向かった方が良いのではないかと思ったけれど、騎士団の皆さんに、姫様方への報告へ回られて下さいと頼まれてしまった。
僕がリーリカ姫様のお部屋を訪ねると、オズワルド様、リーリカ様、ナセリア様、フィリエ様、ミスティカ様、エイリオス様、レガール様は、僕が出た時と同じように、同じ部屋、リーリカ様の寝室に集まっていらした。
「ユースティアです。ただ今戻りました」
扉をノックすると、どうぞ、と声が掛けられたので、失礼致します、と部屋の中へと入らせていただいた。
「ご苦労様でした、ユースティア」
僕が部屋へ入り、報告を済ませると、ナセリア様からお声をかけていただいた。
「心より感謝する、ユースティア殿」
膝をつき、頭を下げる僕の前までいらしたオズワルド様は、深く頭を下げられた。
「頭をお上げください、オズワルド様。当然の仕事をしたまでの事でございます。リーリカ様のご容体が回復されたのでしたら、これに勝る喜びはございません」
リーリカ姫様はベッドの上で上体を起こされていて、ソリトフィア様と同じ、しなやかな長い黒髪がはらりと零れてベッドの上にサラサラと流れていらっしゃるのを、櫛に通されていらした。
「私からも感謝いたします。ユースティア様」
リーリカ姫様が手を休められ、ベッドの上からで申し訳ありませんと、上体を折られる。リーリカ姫様が上体を起こされた直後、扉がノックされ、女性のものと思われる声が聞こえてきた。
「失礼致します。お食事をお持ちいたしました」
当然のごとく、メイドの皆さんもリーリカ姫様が起きていらっしゃることはご存知のご様子で、ユニスと、おそらくはラノリトン王国のお城のメイドさんと思われる方が、台を押して、姫様方のものと思われる食事を運んでいらっしゃったところだった。
「こちらに並べさせていただいてもよろしいでしょうか?」
おそらくは後から運び込まれたものなのだろう。出かける際にはなかった長机や豪奢な椅子が運び込まれていた。
「よろしくお願いします」
ソリトフィア様の許可に一礼したユニスとラノリトン王国のメイドの方が、ナセリア様達の分も含まれているのであろう食事を長机の上に並べていく。人数が人数だけに、結構な大きさの机ではあったのだけれど、さすがに寝室に入るだけのものらしく、並べ切った時には殆ど隙間が見当たらなかった。
もちろん、リーリカ姫様の分のお食事は、ベッドの上に敷かれた台の上に届けられた。
「ユースティアさんもお夕食はまだなのでしょう? 一緒に食べていってはくださらないかしら。娘も、リーリカも、それから私もお礼を申し上げたいですし」
「そのお言葉だけで十分でございます、ソリトフィア様。ですが、この度の件は私1人の力で解決したものではございません。私1人だけ、このように過分な褒賞をいただくわけには参りません」
ここでお腹が鳴ってしまっては断りきるのが難しくなる。
王妃様とリーリカ姫様の残念そうなお顔がちらりと窺えたのだけれど、それだけ注意しながら、失礼致しましたと、ユニスたちと一緒に、リーリカ姫様の寝室を退出させていただいた。
退出し、扉が完全に閉まったところで、限界だとばかりに、お腹が空腹を訴えかけてきた。
「私たちがいつも賄いをいただいているところがあるので、そちらへ参りましょう。おそらく、皆さんもまだ食事をなさっているでしょうから」
案内されつつ、厨房の方へ向かい、先に食事を始めていらした騎士団の皆さんに混ざって、僕も手を合わせた。
食事の後には、先刻の念話でナセリア様がおしゃられていたように、ユニスたちから、そしてフィリエ様から、お小言をいただいた。
こちらの様子が分からない念話でのことだったので、などという普通に考えれば当然の言い訳を挟むわけにもいかず、僕は申し訳ありませんでしたとナセリア様に頭を下げた。




