ラノリトン王国 6
僕たちはラノリトン王国の王城から真っ直ぐに痕跡を辿ってきた。
それにも関わらず、僕たちとすれ違うことなく神殿からの使者を名乗る方がお城へ到着されているということは、彼らの拠点に、少なくとも、普段使う出入り口の他にもいくつかの出入り口が存在しているということだ。
逃げられると捕まえるのが少々厄介になるかもしれないけれど、リュアレス団長は、
「問題ありません、ユースティア殿。突入致しましょう」
そのように提言された。
僕程度が考えることなど、僕なんかよりもずっとずっと長くリーベルフィアを、そして姫様方を護ってこられた騎士団の皆様が考慮されていらっしゃらないはずはない。
「隠れている、もしくは今ここにいない人数のことは、彼ら自身に聞き出せば良いのです。慎重に行動することも素晴らしい心掛けだとは思いますが、ときには、若様、姫様をお守りする際には、大胆に踏み込むことも必要です」
ナセリア様に責任を押し付けるつもりは全くない。
僕が最も信頼しているのは自分自身の魔法だと、それはいつまでも変わらない事だろう。
しかし、ナセリア様が全く何の根拠もなく、黒幕だと判断されるはずもない。
僕などよりもずっと、おそらくはリーベルフィア中で、少なくともお城の中、僕の知っている方の中ではトップクラスに賢く、頭の回転も速いナセリア様が、ただ、なんとなく、などの曖昧な判断をなさるはずはないし、そのような方ではないだろうということは、これまでのお城での生活や、魔法をお教えする中でも感じられている。
他人を信じられないのは、他人を裏切るのと、どれ程の違いがあるのだろう。
『彼ら』とは一緒にならないと誓った僕だけれど、ナセリア様を信じることが出来ないのであれば––もちろん、誰であっても––僕も彼らと変わらないのではないだろうか。
「先程の情報をもたらされたのはナセリア様なのですよね?」
念を押されるように、リュアレス団長に尋ねられる。
それは間違いがない。
僕の最も信じる自分の魔法の感覚を、間違えるはずなどない。
「ではそこに迷いなどありますでしょうか? 我々、騎士団一同、そこに迷いなど一片もありません」
騎士団の皆さんの瞳にあるのはただ使命に燃える意志の光だけだった。そこには他の余計な感情、猜疑心や躊躇いなど、全く浮かんではいなかった。
「逃げ出した、もしくはここにいない人員の事など、我々が後からいくらでも聞きだします。もちろん、我々は交渉事など不得意ですので、少々荒っぽいやり方になってしまいますが」
騎士団の皆さんには信念が、そして覚悟が御有りのようだ。
たとえどのような方法、結果になろうとも、姫様や若様、国王様、王妃様、そしてリーベルフィアの国民の皆様の害になるだろうものや事に関しては、どのような手段をとろうとも、必ず取り除いてみせるのだと。
そのような事を持っていらっしゃるのはとても、本心からすごいと尊敬できるし、素直に羨ましいとも思った。
もちろん、そんなことは心がけ次第なのだろうけれど、まだ僕には難しそうだったから。
けれど、いつかはそうなることが出来たらいいと思えるような、そんな言葉だった。
「‥‥‥分かりました。ナセリア様に責任を押し付けるつもりはもちろんありません。しかしこの場はナセリア様のお言葉に従い、ここに突入致しましょう」
ナセリア様との念話を済ませ、お弁当を食べ切った後に続けていた行軍のおかげで、お昼の大分前には、僕たちは目的の、おそらくは相手方が潜んでいらっしゃるだろう場所の入り口の1つには到着することが出来た。
「ここですか、ユースティア殿」
「はい、間違いないはずです」
確認するように尋ねられたリュアレス団長に、僕はゆっくりと頷いた。
リュアレス団長が姿勢を正して振り返られると、ついて来てくださっていた騎士団の皆様は見事に整列なさっていた。
「ではこれより突入を開始する。言うまでもないと思うが、我々がここでもたついていると、その分だけ若様、姫様に危険を及ぼすことになる。ゆえに、他国だということを踏まえても、いつも以上に迅速な行動が求められる。分かっているな?」
僕も加えて、騎士団の皆さんの綺麗に揃った返事が返る。
「もちろん、死ぬことは許可しない。我らが姫様、若様のお顔を曇らせるようなことは、万が一にもあってはならない。そのことは頭に入れているな?」
僕は、皆さんよりもわずかに遅れてしまったけれど、しっかり返事を返した。
しかし、わずかに遅れたことを咎められるためか、リュアレス団長の視線が真っ直ぐに僕を捕えられる。隣りを窺えば、騎士団の皆さんの視線が僕に集中していた。
「はい。肝に銘じます」
僕はもう1度、今度は心を込めて、リュアレス団長の視線を正面から受け止めて、しっかりと頷いた。
「よろしい。ゆめゆめ忘れるな。我々が死んではならないのは、自分のため、家族のため、そして何より姫様、若様方のためだ。良いな」
「はい!」
周りの皆さんが晴天に響く声を張り上げられるので、僕も負けじと大声で宣言した。
「大変よろしい。では、突入!」
僕は隠蔽の魔法が掛けられていた––とはいえ、僕にとっては見破るのはそれほど苦ではなかった––扉を開くと、先程までの威勢の良さとは全く逆に、慎重に侵入なさる騎士団の皆さんの後ろから、ゆっくりと地下へと降りてゆくらしい薄暗い階段を魔法で辺りを照らしながら、ついて歩いた。




