ラノリトン王国 3
僕が姫様方に続いて部屋の中へ入ると、大きなベッドの隣には豪奢な椅子がベッドに向かっておかれており、隣の綺麗な銀の台座には冷水に浸けられた白いタオルが置かれていた。側には数人の、おそらくはお医者様と魔法師なのだと思われる方が、何か魔法をお使いなさっているようだった。
そして、おそらくは別の部屋からお運びになられたのだろう、家具を除けられて造られたようなスペースには同じくらい大きなベッドが用意されていた。
「‥‥‥オズワルド?」
部屋に誰かが入ってきたことに気付かれたのか、しなやかな黒い髪の女性が、僕たちが入ってきた方により近いところに設置してあるベッドから上体を起こされ、そのまま視線を僕たちの方へ向けられた。
「‥‥‥そちらの方達は」
「母上。こちらの方達はリーベルフィア王国からお越しくださったエイリオス第一王子様、レガール第二王子様、ナセリア第一王女様、フィリエ第二王女様、ミスティカ第三王女様、そして、ユースティア魔法顧問様です」
オズワルド様の紹介に、姫様方が順番に礼をされ、僕も最後に深く頭を下げた。
王妃様がベッドから出ようとなさるのを、近くにいらっしゃる医師らしき方がお止めになっている。
「この程度の事、問題ありません。‥‥‥大変失礼致しました。私はソリトフィア・エーデルフォードと申します」
医師の方の制止を振り切られたソリトフィア様は、ふらふらとした足取りを医師の皆様に心配されながら、オズワルド様に支えられつつ、僕たちの前まで歩いていらした。
「どうか娘を、リーリカをよろしくお願いいたします」
僕たちがこの部屋に入ってきてからも、わずかずつではあるけれど、リーリカ姫の容態は悪化している。
「畏まりました。全力を尽くさせていただきます」
僕は失礼してリーリカ姫の傍らに膝をつかせていただいた。
布団の中にお隠れになっている部分に関しては詳しいことは分からないけれど、露出していらっしゃる頭部からも邪な気が立ち上るように発されているので、おそらくは同様の現象が起こっているのではと推測された。
「失礼致します」
リーリカ姫のお顔に手をかざすと、とりあえず、治癒の魔法を使用してみる。
しかし、病気や怪我の類ではないので、治癒の魔法が効いているとは言い難い。良くない気配自体はなくなっていないし、一時的に、魔法が使用されている間は表情も和らぐのだけれど、使うのを止めた途端にまた元に戻ってしまう。
「どうですか、ユースティア?」
ソリトフィア様とオズワルド様が無言で見守られる中、ナセリア様に尋ねられる。
「通常の治癒の魔法では対処は難しいようです。と言いますのも、おそらくは現在進行形でリーリカ姫様に呪いが掛けられている状況だと思われます。なので、一時的な治癒では、すぐに上書きされてしまいますので‥‥‥」
ナセリア様の眉が顰められ、ソリトフィア様とオズワルド様の表情が一層お曇りになる。
僕自身、感じられる自分の魔力の底は未だ見えないとはいえ、リーリカ姫様に呪いをかけている相手の人数、実力によっては、僕の魔力量を上回られる可能性もないとは言い切れない。
「もちろん、対処は可能です」
王妃様と王太子様に安心なさっていただくためにも、先に結論だけは告げておく。
「現状に対処するだけであれば、今のリンクを切ってしまえば良いだけですので、簡単とは申しませんが、可能ではあります。しかし––」
「元をどうにかしなければ、結局また同じ状況になってしまうということですね」
ナセリア様の言葉に僕は頷く。
「はい、おっしゃる通りです。そして、おそらく、こちらで私が対処していることは、かけている相手にも悟られてしまっているはずです。ですので、姫様方に呪いの相手をさせるわけには参りませんので、私がここから動くことは出来なくなっております」
何人がかりで呪いをかけているのかは分からないけれど、先ほど、微妙に呪いの性質、というか、感じられる魔力に変化があった。少なくとも、2人以上はリーリカ姫様に害をなそうとしていらっしゃる方がいることは確実だと思われる。
「この呪いから感じられる魔力ですと、おそらく呪殺などを企んではいらっしゃらないと思われますが‥‥‥」
殺されるようなことにはならないと分かったためか、少しばかりではあるけれど、ソリトフィア様とオズワルド様の表情が和らぐ。
「その相手の位置は分かるのですか?」
「ナセリア様。まさか、ご自身で向かわれようなどとは、お考えになってはいらっしゃいませんよね?」
ナセリア様は頷かれると、
「ユースティアが動けないのであれば、私が行くしかないでしょう」
「いや、姉上が行かれる必要はない。ここは私に任せていただきたい」
「何言っているのよ、お兄様。お兄様にも行かせられるわけないでしょう。あたしが行くわよ」
何をおっしゃっているのだろう。この方達はご自身のお立場をお忘れなのではないだろうか。
「ソリトフィア様、オズワルド様。まことに勝手ながら、いくつかお頼みしたいことがあるのですが」
「何なりとお申し付けください、ユースティア様」
ソリトフィア様は即座に返事を返された。
まずは様という敬称と、敬語で話すのをおやめになっていただきたいです、などとは言えない。
「リーベルフィアから、姫様方のお世話をするためにメイドの皆さんがいらしていると思うのですが」
王妃様のお話では、ユニスたちはナセリア様達がお泊りになるはずのお部屋の整理などをしているという事だった。
「事情をお話ししてしまっても、よろしいでしょうか?」
ユニスたちの中にも、姫様達ほどの魔法を使える人はいらっしゃらないけれど、姫様方に無理をさせないように見ていてもらうことは出来るはずだ。
姫様、若様方の魔力も随分とおありだけれど、流石に倒れるまで浄化の魔法をお使いになると大変なことになってしまうので、適宜、休息を挟む必要がある。
しかし、姫様方だけにお任せしてしまうと、おそらくは倒れるまで振り絞ってしまわれることだろう。結局倒れてしまっては意味がないのだけれど、それをお伝えしても、どこまで分かってくださることか。
兄弟姉妹の前なのだし、他の御兄弟、御姉妹に止められれば、止めてくださるとは思うけれど、保険はかけておきたい。
迷惑をかけていると感じていらっしゃるだろう、こちらの使用人の方に姫様方をお止めしていただくのは無理があるだろうし、そうすると適役なのはユニスたちしか残らない。
「もちろん、構いません」
王妃様が二つ返事で了承してくださったので、僕は大変申し訳ないのですけれど、とユニスたちを呼んできていただくことを姫様方に頼むことにした。
念話が使えればそれで呼ぶことも出来たのだけれど、リーベルフィアで、魔法が使える方で、お城に仕えていらっしゃるような方は、皆、魔法師団の方だけだ。つまり、ラノリトン王国へは来ていない。お城の警護があるためだ。姫様方の警護に来てくださっている騎士の皆さんは、もちろん魔法を使うことはお出来にならない。
「分かった。私が呼んで来よう」
「待って、お兄様。私も行くわ」
「では、私がご案内致します」
エイリオス様が頷かれ、フィリエ様が当然のようにその後ろについてゆかれ、オズワルド様の案内で部屋を出て行かれた。
 




