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女神様? いえ、王女と王妃です

 僕はなぜか魔法を使いながら見慣れた貧民街を走っていた。ポケットの中には幾枚かの硬貨が入っている。空はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。


「あれ、どこで怪我をしたんだろう?」


 今まで走っていたのが不思議なくらい、身体中のあちこちが悲鳴をあげている。

 僕は路地裏に入り、人目を気にせずに済むようになったところで治癒の魔法を使った。ついでに修復の魔法を使ってぼろぼろになっている服を直した。このまま帰ったら、ティノにひったくられて、縫製させてしまうことは確実だ。


「おかえり!」


 僕の足音に気がついたのか、いつものようにヒギンズとルディがくぅくぅとお腹を鳴らせて出迎えてくれた。


「ただいま」


 2人を連れて角を曲がると、ユユカとロレッタ、それにリィトが揃って僕の手を引いてくれた。


「今日はどうしたの?」


 いつもなら僕が帰ってくるのをティノの隣に座って待っていてくれるのに。

 不思議に思いながらも、1人で服の解れを直しているティノのところへ歩いてゆく。


「ただいま」


 僕が声を掛けると、ティノは少し怒っているような顔をしていた。いつもは優しさを湛えている瞳は、僕の事を非難するように半眼になっていた。


「ユースティア」


「はいっ」


 その迫力に逆らうことが出来ず、僕は勢いよく姿勢を正した。


「何をしているの? まだ来てはダメって言ったのに」


 怒っているような内容なのに、ティノの声は何処までも優しかった。

 僕は膝を折って冷たい地面に手のひらをついた。


「でも、ティノ。僕はもう疲れたよ。君の、君たちのいない世界に」


 すでに涙は枯れていて、搾りかすすら出てはこない。深い悲しみに囚われているはずなのに、こうしてなんとか会話が出来ているのは、傍に皆がいてくれているからだ。

 

「僕たちが何をしたって言うんだ。魔法なんていらない。屋根のある家も、綺麗な服も、美味しい食事も。ただ君が、君たちがいてくれるだけで、それだけで良かったのに」


 次々に溢れる世界を呪う僕の愚痴を、ティノも皆もただ黙って聞いてくれていた。


「――ごめん。こんな事、ティノに言っても仕方がないのにね」


 ティノは優しく微笑むと、その腕で僕の事を抱きしめてくれた。


「ごめんなさい、ユースティア。あなたを苦しめるつもりはなかったの。でも、生きていればきっと嬉しいことがあるんだって私に教えてくれたのはあなただったから、私もあなたには幸せになって欲しかっただけだったの。あなたを縛るつもりなんてなかった」


 ティノは僕を離して立ち上がると、空に向かって大きく背伸びをした。


「本当はもっとユースティアと話していたかったけれど、そこまでは許してくれないみたい。だってあなたはまだこちらに来てはいないもの。私たちもまだあなたには来て欲しくないし」


 ティノ達の姿が光りの中へと消えて行く。僕は慌てて手を伸ばしたけれど、そこに存在してはいないかのように、虚しく空を切るばかりだった。


「ティノ」


「ユースティアは強いんだから。それは力とかそういう事じゃないわ。私たちが保証する」


「僕は別に強くなんて――」


 強くなんてない、そう言いかけた僕の唇に、ティノの人差し指が優しく添えられた。


「大好きよ。愛しているわ、ユースティア。私は、私たちはいつでもあなたと共にあるから、だからもう泣かないで」


 ティノの手が僕の頬に添えられて、やわらかいものが唇に触れた。


「ティノ、僕も君の事が――」



 ◇ ◇ ◇



 そこで目が覚めた。いや、正確には目が覚めたと思った。


「生きてる‥‥‥」


 勝手に治癒魔法が発動したのか、僕の身体に傷や痣は1つもなかった。


「記憶が曖昧だ‥‥‥」


 身体を動かして確かめてみようとすると、僕の身体は、暖かくて太陽の香りがする柔らかなものでくるまれていた。


「あ、気づかれましたか?」


 綺麗な声が聞こえてきたので、辺りをきょろきょろと見回すと、僕は即座に理解させられた。


「なるほど、ここが天国か」


「はい?」


 天井からは豪華な細工の明るい灯りが吊り下げられて、窓は大きく、外から吹き込む風に揺られて、レースのカーテンが柔らかく膨らんでいる。

 備え付けられている棚の上には、綺麗な花と燭台、そしその上の壁には豪華な縁の鏡が掛けられている。

 

「あの、大丈夫でしょうか」


 声の掛けられた方を振り向くと、女神様が直々にお出で下さっていた。

 それも2人も。

 心配そうな瞳で近くから僕を見つめていらっしゃる金の髪に赤い瞳の女神様の後ろには、やや硬い表情でじっとこちらの様子をご覧になっていらっしゃる、長い銀の髪に月のような金の瞳の小さな女神様。


「女神様っておひとりではなかったのですね」


 僕がそう言うと、2人の女神様はお顔を見合わせられて、不思議そうな瞳を向けられた。


「はい。たしかに、この国では太陽と月の女神様、デューン様とアルテ様を信奉しておりますけれど」


 なるほど。では、この太陽のような金の髪の女神様がデューン様で、さらさらの月の光のような銀の髪をした女神様がアルテ様なんだな。


「先程は危ないところを助けていただきありがとうございました。心よりお礼申し上げます」


 月の女神様が綺麗な所作で腰を折られた。

 流石は女神様。1つの動作をとってみても、何とも洗練されていて美しい。


「女神様を? 僕が?」


 僕なんかに女神様が助けられるようなことはあるのだろうか?

 僕が首をひねっていると、2人の女神様は再び顔を見合わせられた。


「あの、何か勘違いをなさっているようですが、ここは天国ではありませんよ?」


「では僕の夢でしょうか?」


 いいえ、と女神様は首を横に振られた。いや、どうやら女神様ではないらしいから、女神様と形容してはまずいのだろう。


「ここはリーベルフィア王国。その王城の一室です」


 銀で作った細い糸のような髪を揺らした輝く宝石のような金の瞳のとんでもなく美しい、人形のような女の子は、小さな花びらのようなピンク色の唇を開いた。


「先程は危ないところを助けていただき本当にありがとうございました。私はリーベルフィア王国第一王女、ナセリア・シュトラーレスです」


 彼女は夢ではないと言っていたけれど、僕はまだ夢を見ているらしい。

 

「リーベルフィア王国? ハストゥルムではなく‥‥‥」


 そういえば、何となく思い出してきたぞ。たしか、僕はシーリーさんを助けに向かって‥‥‥。


「ハストゥルム? という街、いえ、国でしょうか、残念ながら私たちは存じ上げておりませんが‥‥‥」


「そうか、また僕は転移してしまったんだな」


 慌てて口を塞いだけれど、どうやらお2人には聞こえていなかったらしい。全く迂闊なことだ。

 申し訳ありませんと頭を下げる金の髪の女性は、失礼いたしましたと立ち上がられた。


「私はナセリアの母でクローディア・シュトラーレスと申します。及ばぬ身ではありますが、王妃などを務めさせていただいております」


 少し頭が追い付いて来ると、女性に対して本当に失礼とは思ったけれど、僕は豪奢なドレスをお召しになっているおふたりの姿を上から下までまじまじと見つめてしまった。それから自分が横になっている、雲のようにふわふわでふかふかな布の上から急いで飛び降りた。もちろん、雲に乗ったことがあるわけではないのだけれど。


「申し訳ありません!」


 場違いな自分を恥じて、僕は足をつけることさえ躊躇われるような柔らかさの絨毯の上に全力で頭をこすりつけた。



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