ラノリトン王国へ
「護衛でございますか‥‥‥」
春の第1月である花の月の終わり、国王様に呼び出された僕は、玉座の前に跪いていた。
先日執り行われたアルトルゼン様の誕生日の催しは、姫様方のものと同様、身内だけの、それほど物々しいものではなかったらしい。
催しと呼ぶのにも語弊があるほど小規模なもので、ご家族の皆様からの贈り物と、王妃様、姫様方からの祝福のキスがあっただけのことで、国王様とはいっても、ナセリア様やフィリエ様、ミスティカ様のときと変わりがあったわけではありませんでしたと、ナセリア様もおっしゃられていた。
僕の職務も普段と変わりはなく、いつも通りに授業を行ったし、お城ですらも、たしかにお祝いらしい雰囲気はあったけれど、大々的に盛り上がるということはなかった。
王族、それも現国王様のお誕生日なのだから、もっと国民の方も盛り上がるものだと思っていたけれど、どうやら、以前のクローディア様のお誕生日に原因があるらしい。
お母様も詳しいことはお話くださらないので、そうナセリア様に言われてしまえば、僕にそれ以上の疑問を挟むことは出来なかった。ユニスか、もしくはもっと昔からいらっしゃるのだと思われるミラさんにでもお尋ねすれば、詳しいことをお話しくださるかもしれないとちらりと思ったりもしたけれど、今のクローディア様のご様子から察するに、それは少し難しいだろう。
1つお年を召されたとはいえ、相変わらず5児の母とは思えないご様子のクローディア様が隣で微笑を湛えられる中、アルトルゼン様は厳めしいお顔で頷かれ、反対側へお顔を向けられると、居並ばれていらっしゃる大臣様の中から進み出てこられた方が、書簡をお渡しになられた。
「貴殿もラノリトン王国のことは知っていると思うが‥‥‥」
ラノリトン王国はリーベルフィアの東に位置する国家で、やはりリディアン帝国やヒエシュテイン皇国と同様に友好関係にある国家だということだ。
リディアン帝国は別にしても、ヒエシュテイン皇国との友好的な関係がいまだ続けられているというのには驚きがあったけれど、ナセリア様は気にもかけていらっしゃらないご様子だし、政治的な問題は僕には分からない。
ヒエシュテイン皇国、とおっしゃられた際のアルトルゼン様のご様子は‥‥‥とりあえず、調度品が壊れるようなことにはならなかった。もちろん、クローディア様が微笑みを湛えられながらお止めになったということもあるのだろうけれど。
「ゴホン‥‥‥それで、そのラノリトン王国からの書簡によると、是非、子供たちと、それから貴殿とお会いしたいと書かれているのだが‥‥‥」
どうやら先方にはラノリトン王国を、或いはお城を離れることのできない理由があるらしく、厚かましいお願いではありますがと書かれているとのことだった。
「‥‥‥承知いたしました」
姫様、若様方だけではなく、僕にもというのは少し気になるところだけれど、リディアン帝国の、ロヴァリエ王女と同じような意向かもしれない。
もっとも、国王様と王妃様直々の命とあれば是非もない。そうでなくとも、王族の方からの希望だということを抜きにして考えてみても、僕に会いたいのだとおっしゃってくださる方のお気持ちを無視することは出来ない。どのような思惑があるにせよ、とりあえずお会いして、お顔を拝見しなければ判断のしようもない。
ただ、いくつか確認したいことはあるのだけれど。
まず、何といっても、女性の従者をつけていただきたい。
先日、ロヴァリエ王女とナセリア様、フィリエ様を学院まで護衛して、その必要性は十分に身に染みている。
身の回りの世話という意味では必要ないのかもしれないけれど、同性の付き添いの方は絶対に必要だ。
「ユースティアさんならば、ナセリアも、フィリエも、ミスティカも別に構わないと思いますけれど‥‥‥」
王妃様はそのようにおっしゃられるけれど、年頃の女性が、おそらくは近い年の男性に任せるのは、色々とまずいのではないだろうか。僕を信用、もしくは信頼してくださっているというのは素直にありがたいことで、嬉しいことなのだろうけれど。
先日、学院へ行くときの途中で止まったギルドでのフィリエ様のご様子では、あまり気になさっていらっしゃるようにはお見受けできなかったけれど、今でも同じなのかは分からないし、少なくともナセリア様、それにおそらくはミスティカ様も違うだろう。
「分かった。それならばこちらで声をかけておこう」
国王様がそのようにお告げになられ、僕は再び頭を下げた。
「では、改めて命じる。ユースティア魔法顧問。貴殿に子供たちの護衛の任を与える。良いか? もし娘に言い寄るような不逞な輩であれば、即––」
アルトルゼン様がなおも続けられようされたのを、クローディア様がぴしゃりと遮られて
「子供たちもラノリトン王国へ、いえ、リーベルフィアから出るのは初めてのことになります。あなたも初めてのことで大変でしょうけれど、何卒お願いいたしますね」
世界が違うのは国が違うのとはまた違うと考えると、たしかに他国へ行くのはこれが初めての経験だ。最初にいたところでも、海に出たことはあっても、別の大陸の地を踏んだことはない。
「承知致しました。その任、謹んでお受けいたします。必ずや、姫様方を無事、ラノリトン王国へ、そしてリーベルフィアまで護衛致します」




