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告白

 ナセリア様にティノ達の事を聞いてくださいますかとお尋ねしてから、すでに数日が経過していた。

 その間、特筆すべきことはなく、ただいつもと同じように姫様方に魔法をお教えして、空いた時間には図書室や、少し遠出をして––とはいえ、1人ならばひとっ飛びの距離だけれど––音楽ホールに出向いたりして、館長のグリックさんに色々と教えていただくような時間を過ごしていた。

 色々と促された結果とはいえ、僕の方から切り出しておいて、中々話す決心がつかずにいる。

 しかし、その日、僕が日課としている訓練とお墓参りから帰ってきた早朝、まだどなたも起きていらしたり、出勤してこられたリはしていらっしゃらないだろうと思っていたのだけれど、お城の入り口でミラさんとユニスが門兵のように待ち構えていた。

 もちろん、門兵の格好をされているわけではなく、ミラさんはいつも図書館で着ていらっしゃるローブ姿、ユニスはいつものメイド服だ。


「おはようございます、ミラさん、ユニス。今朝は2人ともお早いのですね」


「ええ」


 ミラさんとユニスは同時に頷くと、揃って僕の手を握りしめられた。


「ええっと、これは一体……?」


 まるで捕らえられた手配犯のような格好で、両側から逃がさないとばかりにぎゅっと腕を抱きしめられた。


「こうでもしないと逃げられてしまうのだから仕方ないわ」


 仕方ないというわりにミラさんは硬く抱きしめられたまま、僕の腕を放そうとはしてくださらない。


「これも姫様のお達しなの」


 命じられて仕方なく、といった雰囲気を全く感じられない口調でそう言ったユニスも、足早にぐいぐいと僕を引っ張って歩いてゆく。

 いや、おふたりに、誰にでも頼まれれば逃げたりすることもなく、出来ることであれば手伝うのだけれど。どうやらそんな感じの事ではないらしい。

 正直なところ、うねる黒髪が素敵な、胸の大きい、目つきが、いや手つきや腰の動きも色っぽいミラさんと、薄茶色の髪をまとめ上げて色っぽくうなじを見せている、空色の瞳が綺麗な、均整の取れた身体つきをしているユニスみたいな美女の2人に抱きしめられているというのは、男としては随分と役得であるとは思うのだけれど、2人から感じられる体温、じゃなかった、雰囲気がそんな甘い感情を即座に打ち消す。

 ミラさんはいつもと同じように妖艶な、大人っぽい笑みを浮かべていらっしゃるけれど、優しくはない、有無を言わさない感じが漂っていらっしゃるし、ユニスはユニスで、本能的に逆らわない方が良い空気を醸し出していた。

 連れて行かれた先はお城の図書室で、朝早くだというのにすでに明かりが灯っていた。

 ミラさんが起きていらっしゃるのだし、当然と言えば当然かと思っていたところ、1番奥の椅子にはすでに着替えられたナセリア様が座って本をお読みになっていらした。

 ナセリア様はたしかに朝早くからヴァイオリンなどのお稽古をなさっていらっしゃることもあったけれど、あれはお出かけなさっている最中で、お時間がなかったからのことだったし、現に今も欠伸を噛み殺されたようなお顔をなさっていらした。


「事態は深刻です。ナセリア様はお心を痛めていらっしゃいます」


 僕が席に着くなりミラさんが文章でも読み上げるかのようにそうおっしゃられた。

 当のナセリア様はそのようなことはありませんとおっしゃるように、控え目に俯かれていらした。


「ユースティア。こうして呼ばれた理由に心当たりは、ないわけではないのでしょう?」


 ユニスは僕の隣の椅子に座ると、じっと真剣な瞳を向けてきた。その瞳の奥にある心配の色は、ナセリア様の事を思っているのか、それともそうではないのか。


「もちろん、あなたの大切な事なのだろうから、無理にとは聞かないわ。でも、これだけは覚えておいて。私たちは、本当にあなたの力になりたいと思っているし、辛いことなら、それを聴いてあげることくらいはしたいと思っているのよ。べつに、上から言っているわけではなく」


 ミラさんのおっしゃる通り、ミラさんにも、ユニスにも、それからもちろんナセリア様にも、面白半分とか、興味本位とか、そのようなものは感じられず、きっと心から僕の事を思ってくださっているのだろうということは感じられる。

 それを僕が信じられるかといえば、また別の問題なのだけれど。


「ユースティア。あなたは先日、私に聞いてくれるかと問いかけましたよね。あなたの家族の話を」


 ナセリア様の金の瞳はどこまでも真っ直ぐで、僕の瞳を真正面から捉えていて、強い意志を感じるとともに、どこか必死で、張りつめていらっしゃるようだった。

 

「それは以前あなたが、ここへ来て最初にお母様に問われたハストゥルムというものと何か関係があるのですか?」


 僕がこのお城へ連れてこられた際、初めてお目見えした女神様は2人いらした。

 もうあれからいくつも季節が過ぎ去ったわけで、てっきり忘れていらっしゃるだろうと思っていたのだけれど、そのようなことはなかったらしい。


「助けてくれた人の事を忘れるはずないわ」


 そしてその前、元々僕が転移してきた路地裏のような場所では、長い銀の髪のお姫様の他にもう1人––


「あの時いらしたのはもう少しくすんだ––失礼しました」


「いいのよ」


「くすんだ色の髪の女性だったと思っていましたけれど?」


 ユニスは、暗かったし、遠出からの帰りだったし、多少色が違って見えたんじゃないの? と髪を気にする素振りを見せた。

 女性の髪は大切なものだし、それをひどく言ってはいけなかった。僕が無神経だったようだ。


「そう‥‥‥ですね‥‥‥。けれど、家族の話とハストゥルムの話は、まったく関係ないというわけではないのですが、違う話なのです」


 ナセリア様は僕が転移魔法、異世界間の転移魔法を使ってリーベルフィアへ来たという話は聞いていらっしゃったと思ったけれど。

 もはやここまで話してしまって、残りを話さないわけにもいかなかった。


「––実は、転移魔法、なのだと僕は認識していますが、あれは僕が意識的に使える魔法ではなく、偶然使ってしまったものなのです。まあ‥‥‥まったく使いたくなかったかと聞かれますと、そうではないのですが。あの魔法でリーベルフィアへ来たのは、おそらく、2度目の使用の時のことで、ここへ来ようとか、意識して使ったわけでもありません」


 1回目の時と、2回目の時、どうしてあの場所に飛ばされたのか、心当たりは、全くないという事でもないのだけれど、確証を得るには薄すぎる。


「––何故、使った、使ってしまったのですか?」


 ナセリア様が、慎重に、ゆっくりと、言葉をえらばっる様におずおずと口を開かれる。

 何かを恐れていらっしゃるようだったけれど、お顔は下げていらっしゃらず、真っ直ぐ僕の瞳を捕えていらした。


「‥‥‥おそらくは‥‥‥死ぬことのできない僕の、あの世界に居たくないのだという、逃げ出したいという感情に反応したのだと思います」


 喉はからからに乾き、生唾さえも沸いてこない。けれど、涙はとうに枯れ果てて、流れるはずもない。

 だから、他人からは薄情どころか、情がないのだと見られるかもしれない。


「‥‥‥正直、王妃様に最初に魔法について尋ねられた時、どうしたものかと考えていたのです。そのせいで、大切な人たちが巻き込まれてしまいましたから」

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