スワロウテイル
なろう初投稿です。
エブリスタより転載。
年下の(高校卒業を控えた)友人の冊子に寄稿と言う形でプレゼントした短編小説でもあります。※執筆は2014年か2015年ごろ(確か、多分、きっと)
あと、とある方々にボイスドラマ的な物にもしてもらいました。
以下、注意書きです。
ジャンルはローファンタジーにしましたが若干、青春小説っぽいです。
あと、若干百合、と言うか、ガールズラブっぽくもあります。
注意するほどではありませんが一応、登録必須キーワードにチェックを入れておきました。
どうぞよろしくお願いします。
遠くに明かりが見えた。
私はあの坂道を下る。
ふわふわと踊る髪。
流れるキラキラとした風が、嫌なことを全て落としていく。
そして私はまた、彼女と出会う。
目が覚めるような赤い服。黒い髪のあの子は、私を見ると優しく笑った。
「今年も来てくれたのね」
「うん。今年も来たよ。会いたかった」
再会を喜ぶ言葉はそれだけで良い。
後は、自然と生まれる微笑みと、心に生まれた喜びが、彼女との再会を祝福してくれる。
――
毎年九月。父の故郷のお祭りの数日間。
私は父と母と三人で、父の生まれ故郷であるこの町に遊びに行く。
いや、遊びに行くといっても、それは父だけだ。
父は、私と母を置き去りにして町へ繰り出してしまい、母は祭りの食事の準備で町を走り回っている。
馴染みのない田舎町。
一人ぼっちの私に、祖父と祖母は、お祭りに行っておいでと、お金をくれる。
出店はにぎやかで、美味しい物も、楽しいお店もあるんだと思う。
だけど、そのお金は使ったことがない。
私はお祭りに行かず、その小さな港町で行われている年に一度の喧騒から抜け出して、川の上流の方へ向かう。
川は途中で他の川と合流し、そこから私は、私が来たのとは別の川を、今度は下流へ下っていく。
それが海までに行く途中。
川は木々の生い茂る林へ突入し、道は細くなる。
それでも林の中の道を進むと、少しだけ開けた小さな空き地に出るのだ。
誰かの私有地なのかもしれない。
だけど、彼女は毎年そこにいた。
「リコリス」と名乗ったその声を、私は忘れていない。
本名かどうかなんてどうでも良い。
最初に出会ったあの夜も、彼女はまるで私を待っていたかのようにそこにいた。
リコリスはとても綺麗だ。
大きな目、濡れたまつ毛、黒い髪。
「まるでお人形みたい」
そう言った私の言葉に、リコリスはこう言って返した。
「あなたもお姫様みたいよ」
お姫様。
私の学校での呼び名だ。
私はそう呼ばれるのが大嫌い。
私の赤っぽくて茶色い髪、リコリスよりもずっと白い肌、灰色の目。
生まれつき持った、金色の髪と青い瞳を持つ母から譲り受けた私の身体の特徴。
なぜ極東の、こんな島国に母は嫁いだのだろう。
私は周囲の子供たちとまるで違う。
だけど、白い肌も、赤い髪も、全て私の容姿を褒める言葉になる。
『お姫様みたい』
でも、そんなの望んでない。
私はお姫様なんかじゃない。
なのに、外見以外は全部みんなと一緒のはずなのに、みんなはそう思ってくれない。
いつの間にか私のファンクラブだとかが勝手に出来た。
意味が分からない。
二人組みでしなければならない作業の時、誰もがこう言って私から遠ざかる。
『そんな恐れ多いこと』
私は特別視されて、誰も近寄ってくれないのだ。
そして、誰も私が一人でいることに気を使わないし、気にしてくれない。
だから、私には一緒にランチを食べる友達もいない。
教師達からは協調性の無い人間だと思われ、さらに腫れ物に触れるように扱われる。
それでも、そんな私を賛美する人々の耳障りな声も、孤独な日常の寂しい記憶も、リコリスを前にするとその強烈な美しさに霞んでしまって、どうでも良くなってしまう。
私以上に美しい彼女の言葉だからなのだろうか。
リコリスにお姫様と言われるのは、なぜか心地良い。
しかし、きっとその時の私の複雑な感情が顔に出てしまっていたからだろうか。
リコリスは私の顔を見て、それから言った。
「自分が嫌いなのね。他人にお姫様と言われるのは嫌?」
「うん」
嘘をつかない私に、リコリスは言う。
「でもね、あなたはそれでもお姫様なのよ。私にとっての。ほら、こんなに綺麗。ねぇ、私が毎年どれだけこの日を待ち焦がれているか分かる?」
リコリスは私の心を射抜くようにクスクスと悪戯に笑い、私の髪をサラサラと撫でた。
「やん。リコリス、くすぐったい」
「良いじゃない」
今、私の顔は多分、すごく真っ赤だ。
リコリスはずっと笑っていて、その顔を見るたび、声を聞くたびに、私の心に嬉しさが込み上がって来る。
そして、リコリスは思い出したかのように私に言った。
「ねぇ、あれ、持ってきてくれた?」
「うん。持ってきた」
地図。
去年、リコリスが私と一緒に見たいと言っていたものだ。
私が教科書から切り離して持ってきたそれを広げると、リコリスの顔が輝く。
「ねぇ、ここがどの辺だか分かる?」
「うんとね、ここ」
私はリコリスが夢中になって見ているこの国の地図、ちょうど東北地方と呼ばれる場所の一部を指差した。
「こんなところにいるんだ。それにしてもずいぶん大きな国なのね」
興奮した様子のリコリスを見て、私は含み笑いを浮かべると言った。
「ねぇ、世界地図も見て」
さっきの地図は縮図の関係で大きく見えるだけだ。
世界はもっと広大なことが上手く伝わったようで、リコリスが驚いている。
「こんなちっぽけなところにいたのね、私達」
「うん。ねぇ、リコリス、前から聞きたかったのだけれど、あの……」
私はそこまでは言えたが、次の言葉が、なぜか言いにくくて仕方が無かった。
リコリスは、一体どこに住んでいて、どこの学校に通っているのだろうか。
リコリスと、いつでも気軽に会えると言う関係になりたい。
だけれど、リコリスにその言葉を言おうとすると、私は決まって何も言えなくなってしまう。
リコリスは、ほとんど何も物を知らない。
自分が住んでいるはずのこの国のことも、世界の広さも。
私はそれを不思議に思う。
だけど、それを彼女に聞くこと……彼女の深い部分へ踏み込むのを、私は躊躇っているのだろうか。
……いや、そうではない。
だけど、やっぱり聞くのはやめよう。
多分、一年に一度会えるから、こうして会えるのが大切だと思えるのだ。
七夕の、有名なあの二人のように。
「どうかしたの?」
「ううん。なんでもない」
私は、何にも言えなかった自分を誤魔化すようにして話し始めた。
学校で勉強したこと、自分が知っている世界のことを、地図を見ながら語って、それを聞くリコリスの反応を楽しんだ。
氷だらけの北極、南極のペンギン、アフリカ大陸の広大な自然と砂漠、南米のアマゾン。それから母の生まれた国。
「ねぇ、あなたの髪の色、もしかしてお母さんからもらったの?」
リコリスは母の国の話をしている途中でそう言った。
「そうよ。だけどね、私、自分が嫌いなの。大嫌い。こんな色の髪の毛してるから、友達、あなたしかいない」
「そう?」
「だって、この国の人、誰もこんな髪の毛の色してないもの」
「でも、みんな違うのが普通じゃない?」
リコリスがそう言ったとき、私はハッとしたが、それでも、私を仲間はずれにする人達を思い出して悲しくなった。
「も、もちろんそう。だけど、誰もそんな当たり前のこと、わかってないから」
でも、それは自分にも言えることだった。
私は。
私を別の人種扱いする人たちの言葉を鵜呑みにして、自分からそう言った人々に歩み寄ったことなんて一度も無い。
いや、自分から歩み寄ったとして、上手く行くかどうかは分からないけれど。
リコリスは私の頭を撫でる。
「悩んでたんだね。でも、良いんだよ。悩みのない人間もいないもの。何に悩むかも、みんな違う。だから大丈夫」
気がつくと私は泣いていた。
もう、髪の毛の色や肌の色の違いなんて、どうでも良いことなんだと、そう思えてきた。
リコリスが私の涙を指でぬぐい、それからそれを口に含む。
そうして優しげな表情を見せた後、リコリスは私の髪にキスをして、そのまま私をそっと抱きしめる。
私は泣きながらリコリスの背中に手を回して、それからそっと力を入れた。
「リコリス、あなたがとても好き」
「私もよ」
リコリスは私の耳に口を寄せて、こう続ける。
「ねぇ、もう少し、こうしていて良い? あなたのこと、全て覚えていられるように」
それからどのくらいそうしていただろうか。
リコリスが次第に強く、強く力を込め始め、苦しくなった私は喘ぐようにしてそれを止めた。
「リコリス、ちょっと痛い」
「ごめん」
リコリスはそう言って私を解放する。
その時、リコリスのその顔に、細やかな寂しさがあったのを、私は見逃さなかった。
「リコリス、どうしたの?」
「ごめんね。あのね。驚かないで聞いて。会えるのは多分、今年で最期なの」
リコリスはそう言うと、寂しそうに笑った。
「もう、あなたと出会って6年になる。もう、限界みたい。あなたが大人になってしまうから」
私は言葉を失くす。
リコリスの顔をただただ見てしまう。
突然にリコリスが言った言葉を、私は理解することが出来ないでいた。
「私は人間じゃないの」
拒絶とは違う。
でも、なにか、絶対に越える事の出来ない壁を感じさせる声だった。
「ここは、あなたの住む世界と、私の世界との境界線。私は毎年の秋にだけここに顔を出すことが出来る。その合間に、今日と言う日を見つけた。そして、子供だったあなたと出会った。いいえ、あなたが私を見つけてくれたのかも。毎年、あなたが来てくれて、あなたと会うこの日のおかげで、どれだけ私が救われたか。でも、もう、最期。あなたは、大人になってしまうから」
それが、その言葉が、リコリスとの別れを意味すると言うことに、私は気づき始める。
「そんな……リコリス。私もだよ。私も、あなたと会えて、救われているの。会えなくなるなんて、そんなこと言わないで」
リコリスは首を横に振った。
「どうしようもないことなの。私も、ずっとあなたといたかった。ねぇ、あなたはまるで蝶みたい。私を見つけて近づいて、私が手を伸ばしても捕まえられない。それでもあなたはそばにいてくれた。嬉しかったわ。ねえ、まだ自分のことが嫌い?」
リコリスが目から雫を流す。
それは頬を伝わり、それから赤い服に染み込んでいった。
私は言う。
「もう、気にならないわ。ううん、違う。好きになった。せっかく生まれてきた自分の身体だもの。あなたが私のこと、好きって言ってくれた自分だもの」
「そう、良かった。それだけが心残りだったの。忘れないでね、あなたのことが大好きな私のこと。私が大好きなあなた自身のこと。もう、二度と自分を嫌いだなんて言わないで。あなたが持っている素敵なもの。あなたが自分をもっと良く知って、好きになって、これから生きていくことに必要なことを手に入れて。それから……強く生きて。いつでもあなたを見守ってる。いつか、また会いましょう」
そして、リコリスの言葉が静かに消えて、シンとした暗闇が私を包んだ。
それが最期だった。
ふと気がつくと、私は一人で、暗い闇の中にいて、まるで夢を見ていたかのような、酷い酩酊感が私の頭を揺らしていて。
私は独りになっていた。
「リコリス?」
私が彼女を探そうとその場所を見渡したが、そこにはたくさんの赤い花が咲いているだけだった。
この花の名前を私は知っている。
彼岸花だ。
今までは咲いていたと言う記憶が無い。
だけれど、私を包むように、その赤い花達は風の中で静かに揺れていた。
私は呆然と立ち尽くし、細やかな風の中で、リコリスが髪を撫でた感触や、抱きしめ合った時の感触が身体に残っていて、その消えそうな体温を思い出し、私は泣いた。
――
そして、数年が過ぎた。
あの夏の次の年、私はその場所を訪れたが、やはりリコリスには会えなかった。
あの場所には彼岸花が咲いているばかりで、彼女はその次の年もいなかった。
私は大人になった。
学校を卒業し、就職して、厳しい外の世界に晒されて。
それでもがんばった。
自分を嫌いにならないように。
好きになれるように。
自分のことを見つめて。自分のことを知って。
常に前を向いて進んだ気がした。
だけれど、世界は理不尽で、少しも優しくない。
繰り返される日々が過ぎて行くうちに、生きている社会がどんどん灰色に見えて、他人との付き合いに疲れ果ててしまった。
この世界で私は、とてもちっぽけな存在だ。
悲しいことがあって泣いていても、叫んでも、感情はどこにも響くことも出来ず、空をさ迷っている。
他人が口にする自分の容姿のことは気にならずに、普通に過ごせていたが、慣れない異性からのアプローチに翻弄され、傷ついたりもした。
世界は優しくなんてない。
騙されることもたくさんあって、私はその度に酷く悲しくなった。
そして、私はそう言った痛みを覚えるたびに、過去の思い出に逃げ込む。
リコリスに会いたかった。
そんな時、私はたまたま彼岸花に関する文書を読み、それからいてもたってもいられなくなり、あの場所へと急いだ。
花が咲くのは9月。
その時の季節は春が通り過ぎた頃。
時期的にあの場所に彼岸花は咲いているはずはなかったが、それでも、私は向かわずにはいられなかった。
『彼岸花は、ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草。リコリス、曼珠沙華とも。全草有毒な多年生の球根性植物。散形花序で6枚の花弁が放射状につく。……花言葉は「悲しい思い出」「遠い思い出」』
そしてその最期の文章を私は思った。
『「思うのはあなた一人」「再会」』
私は地面に膝をついて、それからに何も生えていない土の中に向けて、言った。
「ねぇ、リコリス、そこにいるんでしょ? 私、がんばってるよ。自分が好き。でも、私のことが好きだったあなたがもっと好き。大好き。だから、いつかまた、会いましょう? また来るから」
私は母からもらった茶色い髪を風になびかせて、それから空を見た。
空は寂しかったが、それでも青かった。
〈了〉
執筆当事のあとがき
はじめまして。
秋田川緑と申します。
この作品は、社会人になる年下のお友達にプレゼントするつもりで書いた、個人的に思い入れの強い作品となっております。
お花について詳しい方なら、リコリスの正体はうすうす分かってしまったかもしれませんね。
さて、彼岸花ですが、どちらかと言うとホラー要素を連想するような色と容姿であると同時に毒草とのことです。
忌み嫌われていたと言う歴史もあるそうです。
が、どことなく儚げで、ドラマチックに見えてしまうのは私だけでしょうか?
良く鮮やかな色の蝶、アゲハ蝶が集まるそうで、タイトルの由来にもなっています。
スワロウテイル。アゲハ蝶。
英語のswallowtailは直訳するとツバメの尻尾ですが、アゲハ蝶の羽の形と似ていることから、アゲハ蝶と言う意味も持つ単語とのことです。
さて、この作品、どうだったでしょうか?
彼岸花に留まった一羽のアゲハ蝶。
大人になった少女と花の精の絆。
自分が嫌いだった女の子が、自分を見つめて、前へ進む物語。
これを読んでくれた読者の方の心に、何かを残せたのなら幸いであります。
では、次の作品でお会いしましょう。
秋田川緑
――――
2017年のあとがき
そんなわけでなろうに投稿してみました。
エブリスタで長いこと活動しつつ、修行にと他サイトで執筆を始めましたが、心血注いで書いていたメイン小説が公開停止処置(性描写及び残酷描写及び不適切タグ)にされてしまったため、作品をどこかに移そうという作戦に相成りました。
(一応フォローをしますと、「アウトだよ」と言われれば間違いなくアウトな作品でしたので仕方ないかなと思います。でも、個人的には必要な描写でもあったので、めちゃ悔しかったです)
そんなわけで、近々、そのサイト様に「修正しなければダメ! ぷんぷん!」と怒られて、公開できなくなってしまった作品を、ミッドナイトノベルズ様で公開したいと思っています。(なろうの仕組みがほとんど何も分かっておらず、マニュアルを読んでいる途中ですが、ミッドナイトノベルズ様への投稿はなろうから出来ますよね? ドキドキ……)
そんなわけでゆるりと活動していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
秋田川緑でした。
2017年06月01日