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暗殺者

作者: 洋輝

初めて投稿させて頂きました。本作は作者が別サイトにて展開中の小説より引っこ抜いてきたキャラの短編小説です。どうにも短編が苦手なのでそんなことになってしまいましたが、これ単品でも十分話になっているはずですので、どうぞお楽しみ下さい。

それはいつもと変わらない依頼だった。難度としては今までの依頼の中でも五本の指に入るくらいだが、相手は既にこの世界を引退した相手。現役でも最高峰を争うと言われる二人が組んで、達成出来なかった依頼などない。


『ある一人の女の暗殺』



たったそれだけの依頼。何十、何百という命を本人にすら気づかれずに奪ってきた二人にはそれほど難しい依頼ではない。例え相手が暗殺業界で有名だった女であっても…だ。

本人だけではなく、依頼した人物もそれに関わる人々もそう思っていた。


だが…。


現実は違った。「…あれがターゲットか…」


太陽の光が全くと言っていい程差さない暗い森の中で、髪型をスキンヘッドにしたがっちりした体格の男が低く呟く。目には掌サイズのスコープを押し当て何かを確認していた。


「若い…」


その男の隣で黒いニット帽をかぶった男が頷く。こちらも手には同様のスコープがあった。スコープの先に映るのは一人の若い女だ。髪をポニーテールに結い、露出の多い服装をしている。肌の色はこの暗い森の中ではわからない。


よく見ると、スコープを握る二人の男は顔や手など露出している部分を全て黒く塗っている。暗い森の中で二人の男は一層暗い。


「あぁ…だが油断するな。暗殺者としての功績は少ないが、戦闘技術は一流らしい」


スキンヘッドの男が、腰に数個吊るしたホルダーから黒く塗られたナイフを抜き取る。それに呼応するようにニット帽の男も太股にバンドで止めたホルダーから、少し大振りな、やはり黒く塗装されたナイフを二本抜き取った。


「時間は?」


「2349」


あと十分程で日付が変わる。日付が変わる前に片をつけたい二人はコクリと頷き合うと、ターゲットを挟み込むように動き出した。


音を立てないように草木を出来るだけ避け、時には這いつくばりながら二人はそれぞれの配置につく。移動中もターゲットの動向には気を配り続けた。女に動く気配は一切見られず、誘われているのかもしれないという疑問が頭をもたげてきたが、そんなことを考えればきりがなく、無理矢理排除する。


先に配置についたスキンヘッドの男は、再度スコープで女の動向を見る。女は全く動いておらずこちらに背を向けている。腹回りを露出した服装だが、腰の後ろには二本の短刀のような得物の柄が見えた。


「…やるか」


手筈はごく簡単だ。先にスキンヘッドの男が飛び出す。女は引退したとは言え腕前はまだ健在であり、すぐさま反応してスキンヘッドの男に向き直るだろう。

そこをニット帽の男が急襲して首を刈る。例え失敗して対峙することになっても、依頼内容はとにかく殺せばいいという。対峙して負けるなどということは最初から考えられなかった。ニット帽の男は違うが、スキンヘッドの男は対近接近戦に特化したマーシャルアーツを師範代レベルまで習得している。それが男の絶対的な自信の要因だった。


「四…三…二……一!」


スキンヘッドの男は一風変わったカウントダウンを始め、それが終わると同時に強烈な殺気を纏い飛び出した。


本来なら殺気は殺るその時まで抑え、尚且つごくわずかしか漏らさないのが基本だ。だが今回は相棒がおり、言わばスキンヘッドの男は囮である。持てる最大限の殺気を放出し飛び出した男に、だが女は振り向きもしない。女の特徴的なポニーテールは一切動かず、体の向きが変わってないことを教えてくれる。


あと一足。


あと一足飛び出せばスキンヘッドの男の手で鈍く光るナイフは女の首を掻っ切る。


「なに…?」


だが男のナイフは何の抵抗も受けずに切った。そう…空を。


呆然とする男の前方に、やはり呆然とした表情のニット帽の男が躍り出てきた。しかし、すぐにニット帽の男の顔が険しい表情になる。その視線はスキンヘッドの男を通り過ぎて後ろを見ていた。


「く…がっ!?」


スキンヘッドの男はその視線の意味を瞬時に理解して、身を屈ませようとしたが時既に遅く、背後に回り込んでいた女に右腕を掴まれ、流れるような動作で肘の関節を外側から押された。


曲げられない方向に無理矢理曲げられた腕は当然折れる。パキッという乾いた音が先か、激痛が頭に伝わったのが先かは分からないが、とにもかくにもスキンヘッドの男の右腕は鮮やかに折られた。


「がっ…」


その折れた腕をグイッと引っ張られ、地面にうつ伏せに倒される。更に女は折れた腕をくるりと回し関節を決めようとした。それを避けようとスキンヘッドの男が仰向けになる。だが女にはそれが本当の狙いだったらしい。仰向けになった瞬間、女の踵が少し曲げられた男の膝を真上から踏み砕いた。


「…っ!!?」


声にならない叫びと瞬間的な激しい痛みに、スキンヘッドの男は為す術もなく意識を手放した。


あっという間の出来事にニット帽の男は目を見開いて見ていたが、はっと思い出したように女に向けてナイフを構える。今その瞬間に殺されていても何らおかしくなかった。それほどまでに目の前の女は強い。構えたナイフの切っ先は得体の知れない恐怖からか小刻みに震えている。


「…今のウチに仕掛けてくるとか、どうしょうもあらへんな」


変わった訛りで、だが絶対的に冷たい声が森に響く。スッと上げた面にはどんな腕利きの暗殺者より冷酷な双眸が輝いていた。


「…依頼はどんな形であれ、お前を殺せば達成だ」


自分に言い聞かせるように言いながら、ナイフを握り直す。現在の暗殺業界で一、二を争うだけあり、恐怖からの立ち直りが早い。だが額から流れる冷たい汗を止めることは出来ずにいた。


「あっそ」

自分をどんな手を使ってでも殺すと言われているのに、女は心底興味がないようだ。ジリジリっと近寄るニット帽の男。あと少しでナイフの攻撃範囲に入るといった所で女が呟いた。


「なぁ、ウチを殺すっていうんは、あんたの相棒がどうなっても遂行するんやんな?」


そう言いながら、気絶したスキンヘッドの男の右腕を折れた方向に更に曲げ、踏み砕いた膝を踵で抉るように蹴った。


「…!ぐ…がぁあぁぁっ!!?」


激しい痛みで気絶していた男は、その何倍もの痛みで意識を覚醒させられた。あまりの痛みに漏れる声は獣のようだ。


「さっさとウチの前から消えるんやったら解放したる。そやなかったらあんたもこうなるで」


前半は地面の上でもがき苦しむ男に。後半はそれを愕然とした表情で見つめる男へ。


「別にやるって言うんなら、それはそれで構へん。でもわかるやろ?あんたらじゃウチに勝てへんことくらい」

すらっと腰の後ろからダガーを引き抜くと、それをスキンヘッドの男の手首に当てる。


「ぅ…あ…あぁ…」


恐怖と痛みでまともに言葉が発せず、その目は必死に助けを求めている。この女はヤバい。そう語りかけてくる目に、ニット帽の男は心の中で激しく同意していた。


「お…お前はなんなんだ?」


自分達とは違う圧倒的な立場にいる女に、ニット帽の男のナイフは自然に切っ先を下げていく。


「なにって…ウチのこと知ってて殺りに来たんちゃうん?あ、それか…舐めとった?」


恐ろしいまでに綺麗な笑みを薄く張り付け、女はそう尋ねた。それがどこか楽しげに見えるのは気のせいだろうか。


何も答えない男に女は更に言葉を続ける。


「ま…ウチはすぐに暗殺業なんか放棄したしな。あんたらみたいな暗殺者に舐められとってもしゃあないわ」


そう言いながら、ピッとダガーを走らせる。スキンヘッドの男の手首を大事な血管ギリギリに切り裂く。


「どうする?やっぱり死んどく?」


また、ピッとダガーが走り男の手首に傷が増える。それが幾度か繰り返され、スキンヘッドの男の腕が肩まで真っ赤に染まった。


「わ…分かった。もう俺達はお前を狙わない。狙わないから…そいつを解放してくれ。頼む…」


傷つけるのを楽しむわけでもなく、ただ必要だからと淡々とダガーを走らせる女にニット帽の男はやっとナイフをホルダーに戻した。別に相棒の為にそうしたわけではない。もしそうならもっと早くにナイフをしまっていた。このままでは逃げることも出来ず、自分の身にもそれが振りかかると理解したのだ。


二人はこの世界に身を投じてから初めて依頼者を恨んだ。一体誰がこの女を…この化け物を殺せるというのだろうか。


「分かったんならえぇわ」


肩を竦めて、スキンヘッドの男を放り投げる。もちろん折れた腕を起点にしてだ。


「っ…!………」


三度走った激痛に再び意識を手放す。


だがニット帽の男は、糸が切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた相棒を見ようともせず、女に視線を注いでいた。


「なんなん?まだなんか用あるん?」


少しめんどくさそうに問いかける女に、ニット帽の男は一瞬躊躇したが口を開いた。


「…リーサ=ラング………何故お前はそれほどまでに強い?」


リーサ、と呼ばれた女はその質問に可笑しそうにくすりと笑った。

「ウチが強いんやなくて、あんたらが弱いだけやて」


もう一方の手を腰の後ろに回して何かを抜き放つ。それは苦無。


やはり殺されるのかと身構える男にリーサは構わず、目の前に二つの刃を掲げる。


「まぁ…強いて言うんやったら、全部捨てたしやな。仲間も家族も故郷も…恋人も」

リーサは哀しげに…はせずにただ淡々とそう告げる。だがそれならば自分も相棒も同じだ。あまつさえ相棒は全てを断ち切るために、自らの家族を手にかけたと言う。何もかもを捨てたから強いのなら、二人とリーサの間に違いはないはずだ。


「甘ちゃん…ってそう思ったやろ?今のウチやったらそう思うわ。でもな…そん時はほんまに大事やってん。仲間や恋人の為やったらいくらでも戦えた」


キン、キンと刃を擦れ合わせる。


「ウチから捨てた分、いろんなもんに見放されたわ。でも…それでえぇねん」


「…」


いつの間にか意識を取り戻していたスキンヘッドの男も、ニット帽の男同様にリーサの話に聞き入っていた。


二人にはなんとなくリーサと自分達が違う理由が分かった。それは捨てたものに対する想いの深さ。淡々と告げるリーサだが、言葉の端々からそれらに対する情が滲み出ている。とても強く想っていたのだろう。


「ま、あんたらには関係ない話やな。はよ帰りや…ここにいてもしゃあないで」


ダガーと苦無をしまうと、首を少し傾けてポニーテールを揺らしながら二人の男にそう告げる。自然で、しかし艶のある姿。その姿はまるで女神のようだった。この光の差さない暗い森で影を持たない女神…。


「『影無き女神』…」


「ん?」


「いや…異名の通りだと思っただけだ」


そう言われて女は周囲を見渡して、自分の影がこの森では映らないことをすぐに理解した。


「確かに影はあらへんけど…女神はないやろ」


そう笑うリーサだが、男には確かに女神に見えた。ひどく残酷で恐ろしい…恐怖と空虚さに満ちた女神に。


「アホなこと言うてんとはよ帰り」


シッシッと二人の男を手で払ってから、背を向けて立ち去ろうとするリーサ。


「リーサ=ラング…待ってくれ」


「待たへんに決まってるやん」

無下もなくそう言い切り、更に足を進める。


「俺達は依頼を失敗した。もう暗殺業界に戻ることは出来ない」


それは事実だった。トップを争う二人が揃って依頼を失敗したとなれば、この世界では生死に関わる大問題だ。信頼と実績。最も大事なこの二つのものを一気に失ったのだから。


「これでも俺とこいつは暗殺業界でトップを争っていた。…リーサ=ラング、俺達を雇わないか?」

その突拍子もない提案にリーサはやっと足を止めて振り返った。だが


「アホ言うてんと、はよ帰り」


口から出たのは何度目かの早く帰れという言葉。


「帰る場所はない。リーサ=ラング…あんたのせいでな」


「なに?それはウチに責任とれって言うてるん?」


呆れたように言うリーサにニット帽の男だけでなく、スキンヘッドの男も頷いた。


それにリーサは少し考えるような仕草をした後、二人の元へと歩み寄る。

「ウチはあんたらを雇う気はあらへん。もっかいだけ言うで。はよ帰り」


「それは出来ないと言っている」


強く言い切る男にリーサは、はぁと溜め息を吐いた。


「あんたら、名前は?」


少しめんどくさそうにそう尋ねるリーサ。それを提案を受け入れたのだと思った男はすぐに答えた。


「俺はジャード、あんたに怪我を負わされたのがピンズだ」


それに、少しだけ興味があるといった目で頷く。

「ジャードにピンズな。ほなウチらが行く場所教えよか?」


仕方なく二人の提案を受け入れたのか、そう言うリーサ。ジャードとピンズは頷きながら、教えてくれと頼む。


リーサは二人に近づき、ジャードの肩に手を置いてしゃがませてから自分もしゃがみこむ。ピンズも痛む体を起こして耳を傾けた。


「ウチらが行く場所はな…」


小声でゆっくりと話す。いやに迫力がある声に二人はごくりと喉を鳴らして次の言葉を待った。

「…ほんまにえぇんやな?」


何を今更確認するのかと言わんばかりに二人は頷く。それにリーサは仕方ないと言わんばかりの表情で口を開いた。


「ウチらが行く場所は…」


風もなく木々が一切ざわつかない森の静けさは、異様な程だった。


「………地獄や」


そう言われた二人は、リーサが地獄と言った瞬間に同時に左胸に何か違和感を感じた。


「…ウチはまだ行けへんけどな」

その違和感を確かめようと手を伸ばした先には、何か硬質の物があった。それが胸から突き出ている…いや、違う。それは外側から胸へと、つまり突き刺さっていた。


何がなんだかわからない二人を差し置いて、リーサがゆらりと立ち上がる。それと同時に二人の左胸から硬質の物が抜かれていく。


「な…」


抜かれた後、二人の胸からはぬるりと生暖かいものが流れ落ちた。

立ち上がったリーサの両手にはいつの間に抜き放ったのか、ダガーと苦無が握られている。いや…そもそもどの瞬間に二人の胸を突き刺したのだろうか。音もなく、痛みもなく…確実に急所を突き刺していた。


「ウチには部下も仲間もいらへん。それでも関わってくるんやったら…先に逝っといて」


ヒュッと二つの刃を振り抜いて血を払うと腰の後ろにそれを納めた。


リーサのその言葉を聞いた者は、この森には誰も居なかった。ジャードとピンズは既に事切れていたのだ。


命の灯火を失い、地に崩れ落ちた二人の男からそれぞれのナイフを抜き取った。それを伏した二人の頭の側の地面に突き刺し、ダガーを腰から抜き放つと何やら刃を走らせる。それを二度繰り返す。


「…簡単やけど、無いよりはましやろ」


二人の頭の側に突き立てられたナイフの腹には、それぞれの名前が刻まれている。リーサはそれを二人の墓としたつもりなのだ。

ダガーをしまい、自らが殺した二人の男の前にしばらく立ち竦むリーサ。


「…いつまでこうしてウチは生きていかなあかんねやろ?」


誰にともなく呟いたリーサの顔には、やはり何の表情も見当たらない。


「…泣き言なんか言うたらあかん。ウチが…ウチが自分で決めたことや。仲間も恋人も全部捨てて………」


ポツポツと深く暗い森に冷たい雨が注ぎ始める。


「仲間…恋人………」


うわ言のように繰り返すリーサ。雨は次第に強さを増して俯くリーサの体を濡らしていく。


「みんな…元気やろか………ウチ………」


ジャードとピンズを殺した時の様な冷たい表情はどこにもない。リーサの顔に浮かぶのは深い哀しみ。しかし、続く言葉だけは絶対に口には出来なかった。それを口にすれば何もかもが水の泡になる。


バッと全てを振り払うように顔を天に向ける。降り注ぐ雨が顔を濡らしていく。目を閉じてただじっと雨を受け止めるリーサの頬には、冷たくない雨が流れていた。

一読ありがとうございます。書いた後にやはり短編無理、とか思った作者ですが如何でしたか?

 

リーサ=ラングというキャラは別サイトではこんなにダークじゃありません。ですがあえてダークな彼女を書いてみたかったのです。

 

余談ですがタイトルとかつけるの苦手です(笑)結局仮タイトルのまんまだし…。

 

一言感想や批判など何でも仰って下さい。お待ちしています。

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[一言] リーサのいろいろな感情が とても分かりやすく書かれていたと思います 続きが気になります
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