絵美 二人の工作
お出かけですか?
お母さんは先日の綾香リポートを聞いて俄然この交際に乗り気になっている。
「お祖父さんとお祖母さんが実家の近くに住んでいるというのがいいわぁ。親族が仲がいいのが一番よ。それもつかず離れずの関係でね。子供の頃に年寄りと関わりを持って育った子は優しいわよ。それは、絵美も保育園で子供たちを見て知ってるでしょ。」
「そうだね。我慢したり譲ったりできる子が多いと思う。」
「うちもじいちゃんばぁちゃんと同居して大変なこともあったけど、絵美や里美がお年寄りとかに自然に優しくできる子になってくれて、今は同居してて良かったなって思ってる。だから辰野さんはいいわ。このことはもうお父さんにも話しちゃっても良さそうね。」
「えっ? まだすぐ結婚とかにはならないよ。」
「だから先に耐性をつけておくの。里美が大学を出てからそのまま東京で就職しちゃったでしょ。じいちゃんばあちゃんも亡くなったし。皆いなくなって寂しいーって言って、お父さんたら絵美の結婚の事も今までずっと積極的じゃなかったのよ。でもいつまでも娘を手元に置いとける訳ないでしょ。どっちにしろ絵美も結婚で家を離れることになるわけだし、今から鍛えとかなきゃ。」
遊園地のデートから一週間しか経っていないのに、また辰野さん達と出かけることになってしまった。
お母さんは「デイキャンプ? なんだ、泊まりじゃないの?」などと先走ったことを言うし、綾香にしろ母親にしろ本人の絵美よりも積極的だ。
絵美の方は着ていく服を考えたり、トイレのことはどうしようと悩んだり、まだまだ男女交際初心者マークが取れないのだけれど…。
今日は先週よりも雲が多く過ごしやすそうな天気だった。ずっと外にいることになるので、たまに雲が出て涼しくなってくれるのはありがたい。
大賀駅の乗用車降車場で皆を待っていると携帯のメールの着信音が鳴った。
出てみると綾香だった。
「絵美ちゃんごめんね。急用が出来て今日は行けなくなった。辰野さんにも謝っといて。どんな料理が出たのか、また後で教えてね。♥」
…なんだこれは。
怪しい。怪しすぎる。
約束の当日に来ないなんて綾香は今までこんなことをしたことがない。
まさか今日、中川さんもいなくて二人きりとか…。
絵美が心配になってきていた所に、一台の車が目の前にやって来て助手席側の窓が開いた。
「絵美さん、お待たせしました。どうぞ乗ってください。」
辰野さんだ。
車に乗ってる。
誰の車だろうピカピカの新車だ。
辰野さんがシートベルトを外して、身を乗り出して助手席側のドアを開けてくれる。
車に乗り込みながら後部座席を見る。
誰もいない。
「あの、中川さんは後から来られるんですか?」
「いやそれが昨日の夜、電話してきて、急に大口の注文が入ってきたから行けなくなったって言うんですよ。急遽キャンプ道具の準備のやり直しをしましたよ。ったく、あいつが言い出したくせにね。綾香さんはまだ来られてないみたいですね。ここに長時間止めたら悪いから、一旦駐車場に行きましょうか?」
「それが辰野さん、綾香も来られないって今、メールをしてきたんですよ。」
「………。」
一瞬の無言の後、辰野さんは大声で笑いだした。
「やられたな。すっかりあの二人に騙されましたね。絵美さんもその顔じゃあ、僕と同じで今の今まで知らなかったんでしょう。まぁ、僕としては二人っきりというのもいいな。あの二人に感謝ですね。とにかく出発しましょう。」
辰野さんはそう言って車を発進させた。
しばらくの間、車の運転に気を遣う道路状況だったので、絵美は黙って大人しく座っていたのだが、広い道に出て車が順調に走り出したところで辰野さんに声を掛けた。
「あのー辰野さん、この車どうしたんですか? バイクに乗っているってこの間言われてましたけど…。」
「ああ、思い切って買ったんですよ。これから二人で出かけるのに使うだろうって思ったもんで。」
「そんな! 別に車がなくても良かったのに…。」
「いや気にしないでください。何せ仕事柄『車を作っている人間が車に乗らないのか?』ってよく会社の人にからかわれてましたし、いつかは買わなくっちゃと思ってたんですよ。仕事で社用車に乗ってましたからあまり不自由を感じてなかったのと、給料をもらうようになって嬉しくなっちゃって、今まで欲しくて買えなかった趣味の道具にお金を費やしちゃってね、ついつい車を買いそびれてたんですよ。」
「そうなんですか。でも無理はしないでくださいね。まだ若いんですから。」
「はい、先生。」
「もー、先生はなしでお願いします。」
「はーい。」
辰野さんはくすくす笑うと、今度は真面目に言った。
「僕のほうも絵美さんにお願いします。今日はあの二人のおかげでこうしてつき合ってもらってますけど、絵美さんの気持ちはどうなんでしょう。僕とこれからもつき合ってもらえますか?」
ドキっとした。そうだ、そのお返事をしていなかった。
「…はい。最初歳があまりに違いすぎるのでお付き合いさせてもらうのが良いのかどうなのかとだいぶ迷いました。辰野さんのことは素敵な方だと思っていましたけど、どうしてもその点が気になってしまって。こんな年上の私でなくてもいいのではないかという引け目を感じていたんです。」
「誰でもない。僕が絵美さんがいいと思ったんです。絵美さんじゃなきゃだめかもしれないと思ったんです。」
「ありがとうございます。こんな私にそこまで言って頂いて…。ええっと、こういうことに不慣れなのでどういっていいのかわからないんですが、そんな辰野さんの気持ちが嬉しいですし、私も、私も辰野さんのことが…好きです。よろしかったら、これからもお付き合いください。あれ? この表現、変ですよね。ええっと…。」
「いいですよ。絵美さんの気持ちはよくわかりました。…あー嬉しいな!!絵美さんのこと今、抱きしめたい!」
「うぇっ?! とっ、とんでもない! 運転中ですよ!」
辰野さんはニコニコしながら快調に車を走らせていく。
ん? スピードがっ。
「辰野さん、スピード出てます。出し過ぎてます。」
「おっ、ついつい力が入っちゃったな。」
そう言いながら、スピードをゆっくりと減速させていく。
「いいな、新しい車。隣に大好きな絵美さんが乗ってくれてて。こうやってずっと走って行きたいなぁ。」
辰野さん、ちょっとキャラ変わってます。
甘すぎます。ついていけません。
絵美は真っ赤な顔になりながら、助手席の中で身を縮めていた。
かゆくなった方、ごめんなさい。
次回もちょっとその恐れが、・・・。