絵美 グループ交際?
初めてのお出かけです。
今日はとても日差しが強い。
昨日保育園の帰りに今年初めての蝉の声を聴いた。
これからどんどん暑くなっていくんだろう。
絵美は夏が苦手なので、早くも盛夏の頃の事を思ってうんざりしてしまう。
しまったなぁ。
こんなに暑くなるんだったら室内の遊び場所にすればよかった。
街コンで会った人と田島ランドに行くと話すと、母が嬉しいような情けないような顔をした。
「…それはよかったね。二人で会うの?どんな人?」
「年下なんだけどしっかりしてそうな人。でも詳しいことはまだわからないよ。20分ぐらいしか話したことがないし…。でもメールでの感じでは、段取りもしっかりしてて6歳も下とは思えなかった。」
「6歳? 大丈夫? 今から付き合ってお互いの為になるの? 向こうは結婚なんてまだ先だと思ってるんじゃないの?」
母はたぶんこう言うだろうなと予想していたことをすばり聞いてきた。
「うんまあ、その事は私も相手の人に言ったけど、それでも会って交際できる人間かどうか考えて欲しいって言われたのよ。しょうがないでしょ。一応そういう事も視野に入れてつき合いたいとは言われてるから…。」
「まぁ、いやに気に入られたのね。でも、ストーカーとかそういう心配はないの?」
「大丈夫。捨てメールとか使ってるし、親しくなるまでは何人かのグループで会うから。今日も綾香が一緒に行ってくれることになってるの。」
絵美がそう言うと母もやっと納得したようだ。
「それで田島ランドね。30歳も近いのに遊園地なんて、高校生の男女交際みたいだと思ったけど安心したわ。」
母さん…その高校生の、いや学生の時の男女交際とやらも、私はしたことがな・い・ん・ですー。
「でも懐かしい、グループ交際ね。私も大学生の頃に合コンの人数合わせで田島ランドによく行ったものよ。」
そんなことを母さんは言うけれど、どうなんだろう。
辰野さんのあの感じだとグループ交際をするつもりはないんじゃないかな…。
◇◇◇
綾香が来るのを高校時代の最寄り駅だった大賀駅で待っていると、なんと辰野さんがやって来るのが見えた。
今は駅前の信号の向こうの人ごみの中に立っている。
前回街コンで会った時と似たようなチェック柄の半そでシャツを上着代わりに羽織って、下には紺のTシャツを着ている。
ボトムはやっぱりジーパンだ。
うーん、大学生と言っても通じるね。
行くところが遊園地というのもあるし、今回は私もタンクトップの上にシャツを重ねて下はジーパンにしてみた。
歳の事も気になるし、せめて見た目だけでも一緒にいて違和感がないといいんだけど…。
横断歩道を渡っている途中で、辰野さんも絵美が立っているのが見えたらしい。
満面の笑顔で手を振ったかと思うと、走ってやって来た。
「おはようございます! 高木さん。今日は会ってくださってありがとうございます。」
若い。
汗がキラキラしてる。
多分この人暑さにも強そう。
「おはようございます。今日は宜しくお願いします。」
絵美が頭を下げて挨拶すると、向こうも姿勢を正して頭を下げる。
そこに綾香がやって来た。
「おはよう。二人で何をやってるの? 仕事じゃないんだから、リラックスして無礼講で行きましょうよ。」
「あ、綾香、今日はありがとう。辰野さん、この人が河野綾香。高校と大学が一緒の友達です。」
「今日はお付き合いいただいてありがとうございます。辰野文也です。先日は街コンでもいろいろとお騒がせしてすみませんでした。」
辰野さんが先日の急な告白に触れたので、綾香はニヤニヤしてツッコんだ。
「そうよー。あの突然の告白には参ったわ。後から絵美ちゃんにそうなった訳を聞いて納得したけどー。」
辰野さんは綾香にからかわれて真っ赤になっている。
「もう綾香そこまでにして。」
麻巳子や綾香のやいのやいのの追及に窮した身としては、今日の辰野さんの立場を思うと余計に身につまされる。
最初の予定では現地集合という事だったので、辰野さんの友達の中川さんという人は車で田島ランドに直接行くそうだ。
中川さんは先日の街コンには来ていなかった人で、辰野さんの大学時代の友人らしい。
辰野さん自身は普段バイクに乗っているのでまだ車を持っていないと言っていた。
こういうところにもいちいち年齢差を感じる。
田島ランドまで電車で30分程かかる。
市街地を抜けて山が見えてくるようになった時に、やっと車内が空いて3人で座ることが出来た。
「今日は暑いけど晴れて良かったですね。雨だと遊園地は困りますものね。」
絵美が話しかけると、辰野さんは我が意を得たりというような満足げな顔をした。
「やっぱり高木さんはそう言うと思いましたよ。」
それを聞いた綾香が不思議に思ったらしく、すぐに辰野さんに理由を聞いた。
「どうして辰野さんは、絵美ちゃんがそう言うと思ったの?」
「この間の街コンの時も高木さんは『今日は晴れて良かったですね。雨だと男の人たちは大変でしたよね。』と言ってくれたんですよ。それで僕、感動しちゃって。」
「へ?」
綾香も私もそんな普通の時候の挨拶のどこに感動したのかわからない。
「辰野さん、それのどこが感動ポイントなのかわからないんですけど・・。」
綾香もそう思う?!
私だけじゃないんだ。良かった。
「高木さんの場合、普通の会話の中にいつもどこか相手を思いやって口に出すところがあるんですよ。自分が自分がと自己中心なところがあまりない。優しいんですよね。さりげなく押しつけがましくなくおばあさんを助けてあげてたことを思い出して、やっぱりそうなんだなぁと感動したわけです。この人は、いつもこういう人なんだと確信もしました。街コンの時も、女の方は同じ場所に座ったまま動かなくてもいいから楽ちんだとだけ思っている人だと『男の人にとっては晴れて良かった』と言う言葉は直ぐに口に出てきませんよ。」
そんなもんかな?
いやに小さなことで感動してくれてる気がするけど…。
そういうところに着目する辰野さんの方こそ変わってる。
男の人って顔とかスタイルとか胸の大きさとかしか見てないのかと思ってた。
「なるほどねーーー。辰野さん、よくそんな小さなところから絵美ちゃんの人柄を掴んだね。そうなのよー絵美ちゃんってば目立たないけど地味に優しいのよ。学生時代も絵美ちゃんを嫌いな人っていなかったし、保育園でもお母さんや子供たちに大人気なのよ。偉い!君は若いのに人を見る目がある。絵美ちゃん、私、辰野さんを応援するからねっ。」
こらこら綾香。
なにを敵方に寝返ってるのよ。
今日は私の応援に来てくれたんじゃなかったの?
「6歳も下だと結婚は厳しいよね。変なやつだったら私がハッキリと断ってあげる。」
なんて昨日、言ってたのはどうなったの?。
前途多難。
人柄を気に入ってくれてたのは正直嬉しい。
若くないし、人目を引くような美人でもない。
保母をしているとジーパンやTシャツの仕事着ばかりが充実しておしゃれにも疎い。
見た目で男の人を引き付けられるものは何にもないのだ。
もちろん、彼氏もいたことがない。
この歳で男女交際の何たるかもわかっていないのだ。
駆け引きとか思わせぶりとか雑誌に載っているような女の手管も知らない。
だから、あまり細かいことにうるさくなさそうな年上の器の大きそうな人を交際相手に望んでいた。
…辰野さんがいい人なのは判っている。
でも、そのいい人に迷惑をかけたら?
…自分とつき合って、今の独身で若くて楽しい時期を無駄に過ごさせてしまうようなことになってしまうのは、絵美としてはやっぱり躊躇してしまう。
絵美の気持ちも揺れているようですね。