絵美 綾香の誘い
このお話には、
魔法も冒険も戦闘もありません。
のんびり、ゆっくり見ていってください。
最近、うちの母がうるさくなってきた。
三十歳を超えるといいお話が無くなるわよ。
今年中に彼氏ができないのなら、お見合いしなさい。
いつまでも若くないのよ。
子供も若いうちに作らないと、育てるのが大変よ。
私たちも、いつまでも生きている訳じゃないし。
孫の守りも、若いうちじゃないと手伝えないわ。
最近の子はのんびりしてるんだから。
私たちの頃は、二十四歳を超えると『クリスマスケーキ』なんて言われたもの
よ。
最後のやつは、二十五になるとイチゴを付け替えればギリギリ売れるが、それを過ぎると売れ残るという意味らしい。
人をケーキに例えるなど失礼な話である。
しかしうるさいのはうるさいが、母の心情は少しはわかる。
二十九歳になると、さすがに周りの友達が次々と片付き出した。
今年は、友達の結婚式に出るのも今回で三回目だ。
秋にも三人、冬に二人の「出席してねメール」がもう届いている。
今ここの友達席に座っている大学時代の八人の友人の中で、未婚者は私を入れて二人だ。
既婚者六人の内の一人などは、離婚してさらに再婚している。
こちらはまだ一度も彼氏を捕まえられないのに「なんということでしょう。」だ。
花嫁である友人も気を使って配慮してくれたのか、未婚者仲間の綾香がすぐ隣に座っている。
まぁこれは結婚できていない者のひがみなんだろう。
綾香と私が高校も同じなので話しやすいように隣にしてくれたんだと思っておこう。
「絵美ちゃん、さすがにヤバいよねぇ。うちら浮いてるよ。」
既婚者の友達は、主人がどうの。出産がどうの。という話で盛り上がっている。
話についていけない絵美と綾香は、自然と二人だけで話すことになる。
普段はゆっくり構えているのんびり屋の綾香にも、さすがに焦りの色が見える。
「確かに浮いてるかも。家でも最近親が『結婚はどうするつもりだ?』ってうるさくてさぁ。」
「絵美んちも? うちもそうなんよ。高校の同級も、独身はあと十人足らずだって麻巳子が言ってた。…麻巳子がさぁ、この前会った時に『街コンに行ってみない?』って言ってたんよ。その時は、不自然な出会い方までして彼氏作るのぉ?
って思ったけど、この状況見ると麻巳子の言うのも一理あるのかも…。」
「麻巳子はなんて言ってたの? 」
「『運命の人とは何もしないでも出会える。なんていうのは幻想よ。現にうちら、二十代をずっと待ち続けてきたけど、王子様は全然声をかけてくれないじゃん。』って言うのが麻巳子の主張。麻巳子も研究職でしょ、会社にはおじさんの既婚者か仕事のできない後輩しかいないらしいのよ。『出会いがないのよ!』って言ってたけど、確かにそうよねぇ。」
出会いがない…それは言えてる。
小説やマンガでは主人公に素敵な出会いがやって来る。
それは転勤してきた会社のできる上司だったり、主人公の危機にさっそうと現れて助けてくれるイケメン王子だったり・・。
しかし現実の世の中、そんな夢みたいな出会いなどあるはずがない。
絵美にしても保母さんをしてるので、日常で会う男の人は既婚者である園児のお父さんか、還暦を過ぎた園バスの運転手さんである。
出会いがないのは麻巳子よりも上かもしれない。
綾香も中学校の保健の先生なので、仕事をしている部屋にやって来るのは子どもたちばかりだ。
「私、試しに麻巳子が言ってる、街コンに行ってみようかなぁ。ねぇ、絵美ちゃんも一緒に行こうよー。みんなで行けば怖くないじゃん。」
「……う、うん。そうねぇ。」
「お見合いパーティーはまだ、敷居が高いでしょ。大抵の街コンは友達二、三人のグループで参加するんだって。年齢もお見合いパーティーよりは低くて、三十代の人もいるけど、大学生も合コン感覚で彼女を探しに来てるんだって。」
へぇー、そうなんだ。
それは知らなかった。
結婚結婚ってギラギラしてないのなら、まだ参加しやすい感じがする。
出来たら恋愛があっての結婚っていうのに、まだ憧れるし。
全然知らない人といきなり結婚前提でお付き合いをと言われても、自分は確実に引く。
なにせ彼氏いない歴29年だ。
お付き合いというものさぇも絵美にとってはハードルが高い。
「…そうだね。綾香が行くんなら、私も行こうかな。…麻巳子に聞いてみてくれる?」
言ってしまった。
綾香と仕事の予定や土・日の都合のいい日などの情報を交換しながら、大量の不安と少しの期待で、絵美の心は落ち着かなく揺れ続けていた。
次は、「街コン」です。