神話を追い越した人類は暇を持て余す
清潔さを感じさせる白く広い研究室の中
青年と見て取れる二人の前に三メートルほどの黒い球体が鎮座していた
「教授、ついにここまで来ましたが結局これは何なんですか?」
「疑問に思うのも分かるがもう少しで完成なんだ辛抱してくれ」
「ですがやはり気になりますよ、いくら不老不死で時間が有り余っているからと言って
銀河系一つを使って高度な演算機を作ったわけでもないでしょう?」
「まぁ、たしかに態々銀河系一つを縮退炉に加工してただの計算機でしたと言うのはつまらんだろうが
今回作ったのがそうじゃないのは分かっているだろう」
一人はその成果が非常に気になるようで不満を漏らすが教授と呼ばれた者は
もう少しだから辛抱してくれと言うばかりで説明する気はないようだ
「第一、私は教授と呼ばれていても研究者ではなく思想家だと君も知っているではないか」
「いや、それは分かっているのですが私たちもただ高価な計算機を作っただけと言うのは
いささか不満でしてどういったものかという概要だけでも言ってくだされば
科学者としての自尊心を満たせると思うんですよ」
「これまでも色々付き合ってくれた君たちのその心も分かるがこれが完成したとして
今の私にどう表現した物か悩んでいるのも事実なのだよ」
「はぁ、そういう物なんですか、これ?」
そう疑問をもらす青年ほどの容姿をした者の見つめる先には通常の縮退炉には必要ないであろう
光の帯が土星の輪のようにくっ付いていた
「もう少しで完成とのことでしたが今の不安定化処置は何時まで続けるので?」
「実はもう素材自体はそろっていてな後は私がどうするかだけだったりするのだよ」
そういって教授と呼ばれた者は青年に一つの紙束を渡す
「これなんです、"人工天使"?旧世代的なSF小説でも書いたんですか」
「そうじゃない、恐らくこの研究の成果となるものだよ」
青年は教授の声が少し離れたところから聞こえたことに気づき顔を上げ、
そこには身を乗り出し縮退炉へ飛び込まんとする教授の姿が目に飛び込んだ
「教授!何してるんですか、いくら色々やって人生満足したからって
そんな終り方されたら私たちが困りますよ!」
「違う!この研究最後の素材が私自身だというだけだ、
こいつの具体的な使用法を自意識に浮かべてる者だけが完成させる最後のピースと言う奴なのだ!」
そう堰を切るとついに身を投げ出した
そしてその身が飲み込まれると劇的な変化が訪れる、球体にあわせるように光の輪も縮んで行き
光の輪は直径30cmほどで落ち着くが球体はついに肉眼では見えないほどの大きさへと変化した
その様子を青年は唖然としながらも自身の安全も忘れ興味深そうに観察を続ける
「教授、あなたはいったい何を作ったのですか・・・」
それから何秒か、いやもしかしたら数分だったかもしれない
安定したかに見えたその状態から更に変化が訪れる
光の輪の中心から雷光が迸り更に激しさを増していく、雷光を受けた地面は泡立ち尋常な様子ではない
泡立った地面は盛り上がり人型を成していく
しばらくするとそこには頭上に光の輪を掲げた教授の姿があった
「すいません教授、何がどうしてどうなったらあなたが土から再誕するような状況になるんですか?
最初の人類ですか?それとも奇跡の再現ですか、馬鹿なんですか?」
「君のそうやって素直に疑問をぶつけられる所はいいと思うけどなんで罵倒されなきゃならんのだ
それにこの体自体はもう私の本体じゃないただの外部出力端末だ、いくらでも変えは利く」
「あれですか、要はその目に見えないほどの大きさの癖にやけに力場の大きい縮退炉は魂の格納庫で
天使みたいな光の輪は外付け量子メモリですかそうですか
物凄い簡単に説明できるじゃないですか!何が"どう表現した物か"だよ、殴るぞ!」
「研究者がそう破壊的手段を安易に持ち出すんじゃない、私は思想家だから表現に悩んでただけだ」
「かっこつけに付き合わされて心労を被る身にもなってくださいよ
それでその状態はいったい何なんです?」
「いや、ただ単純に不老不死を怠惰に過ごすのもなんだと思ってな
体を自由に作れるようにしただけだよ」
人類の技術は全能を掴み全知を掌握し神を踏みつけた