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2-

 

 

 ――人は、見た目だけでは決まらない。とか言うけど。

 



「慶ちゃんってー、本っ当にちっちゃくて可愛いよね」

 飲み会だから。

 そう言われながら頭をなでなでされても、怒らない。

 

「肌白い~、髪つやつや~! わたし女なのに完全に負けてるよね~」

 ほっぺをふにふにされても、怒らない。



「あー、生まれ変わったら篠っちみたいになって男の子だらけの舞台のメンツになりたぁい」

 どっかの事務所の偉い人のツテで参加した自称一般職女子の無茶苦茶な願望など、余裕で笑って受け流すことが出来る。

 

 怒らない。


「――篠さぁん、さっすが女子にモテモテっすねぇ」

 状況をたいして見もせず、そう話を振ってくるスタッフらしき男。おそらくこの飲み会をセッティングした奴。

 おそらく、自分たちが同じ男だと認識していなさそう。言葉こそ敬語だけれど、そう言って笑ってる目の奥は同性――今風にいえば“恋愛対象じゃない性別を見る”ソレではない。


 もっとハッキリ言ってしまえば、性的対象ではある、って目だ。


 個人的な性癖は否定しないが。

 ――否定はしないが。




 初対面の女子三名、たぶん全員年下。

 やや小柄、いやかなり小柄なのは認める。そのうえ言葉通りの黒髪つやつやストレートパッツン、街を歩けば指をさされるレベルの色白に言うセリフがそれなのか、ちったぁ気を使えよ、とか思いながら、なんとも趣向あっちこっち、倒錯しまくりの、実になれなれしい口の利きかたに思わず睨みを利かせた男。



 篠田 慶介《シノダ ケイスケ》役者。

 現在二十六歳、初舞台は十七のとき。



 


 今や若手俳優の登竜門だとか言われてる『Reno.《リノ》』を知っているだろうか。

 元々は南北戦争で戦死した英雄『J.L.Reno』にちなんだアメリカの都市から名前をとった、カジュアル系のファッション雑誌。

 そこはネバダ州にあって、ゴールドラッシュの頃には金や銀が採鉱されて潤いに潤った場所。それが「輝き続ける男」ってコンセプトに相応しいということらしい。


 慶介はかれこれ十年前――『Reno.』が行う大規模な公開オーディション「Reno.~Formula《フォーミュラ》」の本戦に名を連ねた経験がある。


 “フリー”と呼ばれる予選なら一般応募で誰でもエントリーが可能な大会で、それだけに注目度も高い。

 最終的には雑誌購入者からの投票制で勝ち上がり、人気を得た者だけが“オープン”という本戦に出場できる仕組みだ。


 グランプリに選ばれるとその後の仕事には事欠かない、というなんとも贅沢なシンデレラ・ストーリーをお約束するキラッキラのショーレース。まぁ出てるのは全員、男だけど。 



 当時の慶介は十六歳で、サッカー部の主将なんかをやっていて、やや暑苦しい仕切りをチームメイトから微妙に嫌がられてつつ毎日を送っていた。


 夏を過ぎたある日の放課後。

 さほど接点があったわけでもないクラスの女子に“皆と盛り上がって、篠田君のこと『Reno.』に応募してもうた!”とか、気軽な調子で言われた。


 抱えていたサッカーボールが手の中から転がって、てんてん、と音を立てて夕日の差し込む教室のドアから廊下へ出て行く。

 そのときの、指先に触れていたものがすり抜けた感触は今でもわりと鮮明に思い出せる。それくらいには、印象的な出来事だった。



 慶介は別にその女子のことが好きというわけでもなかったけど、そんなふうに自分のことを見ていて、その、なんとかという雑誌に応募したという一連の行動には、大いに興味を持った。


 男らしいとかいう表現にはまったくもって縁がなく、お世辞にも大柄とは言えない自分が、東京の、たぶんなんかすごいオシャレな感じのファッション雑誌がやってるオーディションに出る、というのとイコールになる、と考えると、単純にワクワクした。




「やっぱレノ出身の子って可愛いよね~!」

「そうだよねえ、レノって聞いただけでイケメン代表決定だよ」

「でも歴代受賞者と比べてもぉ、慶ちゃんって綺麗すぎっ」


「……いえ、レノって言っても僕はただ本選に居たってだけだから」

 ちびりとレモンハイ。

 事実と違うことは訂正しておかないと気が済まないのは、ただそういう性格だから。

  

「やだ、そんなの関係ないですよぉ! 逆にリアルじゃないですかっ。上位の人ってどういうルートで出てきてるか解んないし」

「……しかもその会場で、今の事務所のマネージャーさんに声かけられたんですよね!?」

「それってすごくない!?」

 手のひらをパタパタとしながら女子その一が言うことに、その二が情報追加をする。飲み会が始まってもう何十分経過したのかは覚えていないが、会話の推移はずっとその形。その三は相槌役。


「へぇ~君たちっていうか、ファンの人ってすっごい情報通だよねえ。どこでそんなの聞いてくるの?」

 倒錯スタッフが感心したように言う。

 言いながら慶介をじろっじろ見ている。こっち見んな、と言いたいけれど我慢。十中八九、飲み会後にあることないこと言いふらすタイプ。書きこむタイプ。だから、なるべくイメージを構築するような情報を与えないように。個性を極力抑えて、印象が残らないタイプになりきる。


「えー当然でしょー。だって慶ちゃんはけっこう自分のこと語るタイプだしー」

「そうそう、慶ちゃんのインタビューとか読んでたら、だいたい解りますってぇ」

「解りますよぉ」

 そんな言葉にかるく頭を下げつつ、またレモンハイをちびり。


「そうかぁ、ファンってありがたい存在っすねえ、篠さ~ん」

「……そうですね」

 それは本音。

 ちょっとだけ、口元が緩む。そういうとき関西出身っぽいイントネーションが語尾に出るのは、未だに直らない。


「きゃー笑った!」

「ごちそうさまです、ごちそうさまです!!」

「き、き、来て良かった……」

 ワッとあがった悲鳴に仕切りの外からかるく視線が集まっているけれど、それはざわついた居酒屋だから許容範囲。

 束の間の笑みは苦笑いに変わってしまうけれど、本当は別に嫌じゃない。

 それはそれで、嬉しい。

 自分のことを好きだと言ってくれる子は、皆好きだ。見た目も性格もわりと関係なく、誰だって。堂々と公言するわけでもないけれど、この仕事を始めてから、本当に一番、大切にしている存在。


 

「いや~皆よろこんでくれて、俺もセッティングかいがあったな。ねぇ篠さーん」

 いやだから、お前は馴れ馴れしいわ。しなだれかかるんじゃあねえよ。

 ――思っても言わないほうが良いことくらいは、もう心得ている。

 そういうときはレモンハイ。

 文句言いたいけど、言えないときほどレモンハイ。それでだいたいなんとかなる。  









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