プロローグ
さわやかな読後感を目指して書きました。書いているうちに、わたし自身が彼らを好きになり、続きが見たいと感じることができて執筆がたのしかったです。
主人公・良が駆け登るサクセスロードの行方をぜひ覗いてみてください。
カンパニエ! ~Companies di ventura
Companies di ventura
コンパニエ・ディ・ベンチュラ:
プロローグ
――例えばの話だ。
あなたのことに置き換えても良いし、誰かてきとうな知り合いを当てはめてみてくれても良い。
いち。幼いころからタレント活動をしている。
に。その出演先は、国営放送のけっこう名の知れた子供向け番組だったりする。
さん。
小学校とか中学校では周りの生徒に遠巻きにされて距離を置かれたりする。
そいでもってプチ孤独な経験だとかをしながらも、一般の高校へ進学したりしちゃう。
よん。やっぱりけっきょく、またちょっとだけ周りに距離を置かれたりしつつ、それでも結構、性に合っていると思って仕事を続けてみる。
ご。それからもなんだかんだ恵まれていて、子役出身だと大抵ちんまいままじゃん、とかいうジンクスを破って背だってまぁまぁ伸びそうで、たまたま事務所に居た若手同士でユニットを組んでそれなりに人気が出たりする。
わりと創作物の設定上の話だと思われそうだけれど、そうではない。
これは単純に、実在の人物についての経歴を簡単に、羅列しただけだ。
――どうだろう。
うまく、あてはめてみることが出来ただろうか。
そんな奴いないだろって思うだろうか。
いや。
ちゃんと、いるのだ。
現実世界に、息をして、元気いっぱい朝ご飯を食べて、電車に乗ったりだって、もちろんする。
お気に入りの白いイヤホンで、その日の気分の音楽を聞いて。
かすかな音漏れは、なるべく人に聞こえない程度に調整。
髪はふわふわっとした茶髪。ちょっとクセが付きやすくて長くもなく、短くもなく、清潔感重視にカット。
だけどしゃれっ気だって忘れない。
ドライワックスはちょっと大人な、ジャスミンの香り。
肩かけのスポーツバッグ、そのベルトに挟まれて窮屈そうなストライプのネクタイ、黒のローファー。
通学路のコンクリを軽快に蹴って進む。
「おっはよー! 良くん」
「良くん、今日早いじゃん」
「長井くーん、おっはよぉ」
「――はよ。せやなぁ、電車一本早かったかも」
駆け寄った女子生徒にがっちり脇を固められて、声をかけられた青年はそう答える。
青年、というにはまだすこし幼い面持ち。
愛嬌のある目付き、きゅっと結ぶ口元。
それが長井 良 《ナガイ リョウ》という男の子。
十七歳、職業はタレント。
演技もするし、歌も歌う。
本社が東京にあるけっこう大きな事務所に所属していて、それと、一般高校に通う学生でもある。
タレント活動歴が長いってことは、周りには芸能畑にどっぷりの女の子だってけっこう居るってことだ。そのうえ良はまだ学生だから、そりゃあクラスの女の子だって努めて意識しないような顔をしてるけど、絶対ちょっとこっちを意識しているのは知っている。
番組が一緒だった子と噂になったりして、そんなことないですよ、大事な友達ですし、なんてやんわり否定すれば、インタビュー担当の人を含め、それを読んだファンの子たちからの安堵のため息が聞こえるような気のする日々。いわゆる、手ごたえ。
芸能の仕事をする者にとっては勲章っていうか、やぶさかじゃないこと。そのうえ、良にとってはそんなのは日常の延長であって、別に取り立てて意識するような話じゃない。
実際、それが人生の半分以上を過ごした環境であり、そうするのが当たり前、そうなるように出来ている世界なのだ。
おそらくは。
「あれ、携帯なに打ってんの?」
「んー、まぁちょっと……仕事のこと」
「へー、なんかカッコええ!」
「さすが良くんやんなぁ」
“――このたび、メンバーがそれぞれ忙しいので、活動を停止、することに、なり、ました。今まで、応援してくれた皆さま、個別の活動していても、僕らは繋がっていますので、今後とも、応援よろしく、お願いします”
打ちこむ指先はいつも通り軽快。
通信制限はまだまだ先。
一呼吸置く。軽く目を閉じる。
胸のなかに痛みはない。
思い出の奥に、忘れ物はない。
――だいじょうぶ。
へいきだ。
朝日に照らされた瞳のなかの光彩が、少しだけ揺れる。
指先が、動く。
画面に表示されたエンターキーを押す。
それを合図に、良の綴った文字はネットの海原へ送信されていった。
大切なお仕事。
ずっと日記みたいにつづっている、芸能人用ブログに新着記事の表示が出るまで。
もうすぐ。
たいせつなお時間をいただき、誠にありがとうございました。お話は本編へ続きます。