星の空へ
「……うおっ…」
気が付くと広い空地に雄雅は寝そべっていた。
空地周辺に街灯はなく、ただ星が辺りを照らしだしている。
ふと、空地横の道路に人影が見えた。急いで立ち上がり、
「誰かそこに居るのか?」
と言ってみる。よく目を凝らして見ると、髪の長い少女……とまでは断定できた。それ以外は宵闇に隠れ薄く輪郭が見えるだけである。
「こんばんは」
弾むような声色で少女は雄雅に近づきながら答えた。
次第に色が判別出来る様な近さまで来ると、
「お名前は?」
と質問してきた。
流麗な青い長髪、丁度雄雅の肩位までの身長、赤い長袖のブレザーにチェックのミニスカートといった格好だった。
「俺の名前は茸河雄雅、君の名前は?」
簡潔に答え、自らも質問をする。辺りに人の気配は無く二人だけの様だ。
「私は咎理帝、よろしくね」
偉くカッコいい名前だな、と雄雅は内心思った。
そして≪カッコいいかな≫と何処からともなく答えが返ってきた。目の前に立つ少女の声で。
「…え」
違和感を感じ、その声が目の前に居る少女が口から放った言葉では無い、と言う事実を認識するのに数秒かかった。
テレパシー、そんな言葉が頭を過った。
「もしかして、人の心が読める?」
頭で考えている事と違う事を雄雅は帝に訪ねた。
「…ううん読めないよ?でもなんで聞こえるのかな」
神妙な顔で、それでいて可愛らしく、帝は首を振った。
もしかして俺だけ分かるのか?と思ってみる。
そしてまた≪私達だけ心が通じてるのかも≫と声無き声が返ってきた。
「まあ、聞こえてるんだしな」
あえて追及はせず、話を切り替える。
「所でこんな時間に何やっているんだ?」
「うん、星が綺麗だったから」
雄雅は空を眺めてみた。月は見えず、辺り一面に星が散らばっている。
そう言えば俺もこの空を見に来てたんだっけ、等と思ってみる。
「星は綺麗だよね」
今度の答えは声として返ってきた。
それを雄雅は空を眺めながら軽く頷いて返した。
ふと腕時計を覗く。時間は午後11時32分。
「もうこんな時間か!!やっべ」
予定時間をかなり過ぎていた事に雄雅は慌てる。
「あ、もう帰るの?」
「ああ、君も早く帰った方が良いよ。夜道は危ないからね、そんじゃ」
全速力で家まで走る雄雅に≪明日もまた来てね≫と声無き声が聞こえた。
少しスピードを緩め、また来るよ、そう呟きまた全速力で家に帰った。
「ただいまー」
「お帰り、今日は遅かったわね」
帰り着くやいなや、母が台所から出てきた。
ガチャ、っと玄関の鍵を閉め、
「ま、ちょっとね」
簡潔に答え階段を駆け上がる。
自分の部屋に入り、机に向い勉強。これが、いつもの習慣だった。ただ、今日だけは勉強に集中出来ず数分で止め、すぐさま布団に潜り込んだ。
無論原因はあの少女、帝である。例えどんなに考えようとも結論付ける事は出来ない現象を、雄雅は何を思ったのか考えていた。
だが、やはり結論は出る訳もなく雄雅は自然と眠っていった。
早朝7時24分、時計は鳴っていない。
「ふあぁぁ……って遅刻だああああ!!」
慌てて布団から跳ね起きる。いつもならこの時間帯はとうに家を出ている時間帯だった。
急ぎ制服に着替え、階段を駆け降りる。
「母さん!!飯は!!」
台所に母は居ない、常ならば朝ご飯が出来上がっている時間の筈だった。
ジャーとトイレの流水音が聞こえる。
「母さん!!飯!!」
トイレから出てきた母に叫ぶ。
「うるさいわねぇ、今日は土曜日よ?休みじゃ無いの?」
ハッと今更ながら気づく、それに加え今日から冬休みの筈だった。
「…ミスった…」
雄雅は小さくぼやいた。
「全く、何慌ててるんだか」
母の笑い声が階段を登る雄雅の背中に聞こえた。
ハハ…と苦笑いを浮かべ自分の部屋へと戻った。
制服を着たまま布団の上に寝転がる。今日から暇になるな〜、等と思いながら雄雅は二度寝した。
気付けば昼の11時、良く寝たな、と自分を称揚する。
「何もやる事無いしなぁ」
母が聞けば「勉強しなさい」と言うのはすぐ想像が着いた。
雄雅は友達の家で勉強すると母に言い家から飛び出していった。無論勉強はする筈はない。
午後8時2分、母が夕食を食べ終え台所へと向かう。
「ごちそう様」
一歩遅れ雄雅も夕食を食べ終え、雄雅は玄関に向かった。
「早く帰って来なさいよー」と食器を洗う母の声が聞こえる。
「おーっす」
雄雅は気前良く返事をし、家を後にした。
居るのか?と雄雅は昨日逢った少女へと心の内で語りかける。
≪居るよ、今日は早かったね≫と予想通り返ってきた。
雄雅は空き地を見渡す。空地の真中に置かれている古い土管の上に、昨日と同じ格好の少女が座っていた。やはり星を眺めている。
無言で雄雅も隣に座る。
≪えと…雄雅って呼んで良い?≫今度は帝からの問い掛けだった。
良いよ、俺も帝って呼んで良いかな?空を見上げたまま雄雅も心で話す。
≪うん!≫威勢の良い声で答えた。
二人はまた空を見上げ星を眺める。
「俺の話でも聞くかい?」
「うん、聞かせて」
二人は楽しそうに笑い合う。その笑い合う姿は傍から見れば、恋人同士にも見える程だ。
「あはは、雄雅って面白いんだね」
「そりゃ面白くなくちゃね」
腕時計を見ると午後10時11分、まだ時間はあった様だ。
ふと、帝が口を開く。
「私の話も聞いてくれる?」
「ああ、聞かせてくれ」
雄雅は帝の声に耳を傾ける。帝の目の色が不意に変わったのに気づきながらも。
「私…両親が居ないの」
心の声は聞こえない。
「お父さんは私の生まれてすぐ死んだらしくて、お母さんは去年…」
「今一人暮らしなのか?」
帝は首を横には振らず、頷いた。
「そうだったのか……それなら俺の家に来ないか?」
何の思いもなくただ尋ねていた。
そして一瞬の間を置き、
「えっ…」
と帝が小さな声で驚く。
雄雅も今になって自分の言った言葉の意味を理解したが、今更自分の言った事など取り消せる訳もない。
「部屋一つ空いてるからさ、それ使ったらどうかなと思ってさ」
咄嗟に空き部屋がある事を思い出し、言ってみた。
「良いの?」
予想に反する、肯定の返事だった。
「俺は良いんだけど、母さんがOK出すかな…まあ、言ってみるよ」
どうせ良いと思うんだけど、内心思いながら。
≪今から雄雅の家に行っても良いかな?≫予想外の言葉が聞こえてきた。
ああ、別に良いよ、雄雅は特段気にかけるまでもなく返した。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
時間は午後10時48分、早い帰宅になりそうだ。
「ただいまー」
「お邪魔します」
いつもの声に少女の少し高い声が加わる。
「お帰り。あらあら、お客さんかしら」
母がリビングから扉を開け出てきた。開いた扉の奥から、
「おっ、雄雅お帰り」
父の低い声が全く何の前触れもなく聞こえてきて、雄雅は一瞬驚いた。
「何だ、父さんか」
今日は父が週に一度帰って来る日だった事を雄雅は思い出した。不安は募る。
「あのさ、この娘家に住まわせても良いかな?」
突然の、だがしっかりとした雄雅の言葉に母は一瞬驚く。
「ええ、私は別に良いけど…とにかく、玄関で話すのもなんだから中で話しましょ」
雄雅と帝は未だに靴を履いた状態だった。母に促され雄雅と帝はリビングに入った。
父さんは別に良いって言いそうだな、長年の経験か、単なる想像か。前者に限りなく近い事は確かだった。
二人が炬燵に座るや否や、父は何の躊躇いもなく、
「俺は別に構わん」
と、一言で承諾しこの場は収まった。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「Goodnight」
父のお気楽な声が返事として返ってくる。どうやら酒で酔っているみたいだった。
二人は階段を上り雄雅は部屋の扉を開ける。ふと気付き、向いの部屋の扉を開けた帝に、
「そう言えば、着替えは持って来なくて良いのか?」
今更の事に気づく。
「あっ、忘れてた」
帝も今更気づく。
「今から取ってくるね!」
「あ、っと俺も行くよ。夜道は危険だから」
良心からか、期待からか、雄雅は言う。
「それと荷物は二人で分担した方が良いからね」
≪ありがとう≫返事は心の中で。
「母さん、ちょっと出かけて来るね。すぐ戻るよ」
「はーい、すぐ戻って来なさいよー」
すぐは無理だな、自分から言い出した事にケチをつける雄雅であった。
時刻は午前0時21分、今日も月は見えず、星が辺りを照らしだしている。
ガチャ、扉を開ける。二人は空を少し眺め、よし行こうか、と雄雅が促す。
二人は小走りで夜の闇へと消えていった。
「ここだよ」
走って2〜3分だったろうか、二人は咎理家に着いた。
実に普通の一戸建てである。
帝がカギを開け中に入る、次いで雄雅も中へと入る。
「お邪魔しまーす」
家の中は到底人が住んでいるようには見えない雰囲気だった。かと言って蜘蛛の巣が張ってある訳でもない。
「ここで待ってて」
そう雄雅に言って帝は奥の部屋へ行った。
躊躇い無く雄雅は部屋中を見回す。
「凄い片付いてる…俺の部屋とは大違いだな」
小さくぼやく。雄雅の部屋は片付いていない訳でも無いが。
そうこうしている内に帝が奥から出てきた。
「おっす、じゃ行こ」
帝の可愛らしい声が背中の方から聞こえて、
「じゃあそれ持つよ」
振り返って荷物を持つ。それほど重くも無かった。
午前1時13分、雄雅と帝は茸河家へと帰って来ていた。
当然この時間帯に母が出迎えする筈もない。
二人は小声で、
「ただいま」
「お邪魔します」
と言うと、足音無く階段を昇って行った。
「また明日」
「うん、また明日」
雄雅は部屋の扉を閉め、タンスの中にある布団を引っ張りだす。
そして、布団に潜り込む。
いつもなら2〜3分で寝れる筈が、今日は10分経っても寝れずにいた。
仕方なく、雄雅は部屋の窓を開ける。冷たい夜風が部屋に入ってくる。
≪ねぇ、聞こえる?≫いきなり帝の声無き声が聞こえた。
どうかしたのかい?雄雅は驚きを抑え、少し間を置いて答えた。
≪眠れないの、そっちに行って良い?≫帝も少し間を置いて答える。
良いよ、俺も眠れないんだ、今度は即答で。
5秒ほどして帝が雄雅の部屋に入って来た。服は着替えてすらいなかった。
「ちょっと星を見ようと思ってさ」
雄雅も服は着替えてはいない、自然な光景のように思えた。
雄雅は窓に手をかけ、屋根へと降り立つ。
「さ、こっちへ」
雄雅に促され、帝も屋根へと降り立つ。
二人は座り星を眺める。
ふと帝が、
「私の話の続き、聞いてくれる?」
「うん、良いけど」
帝は構わず続ける。
「私ね、前から雄雅の事が好きだったの」
「えっ――――」
あまりの衝撃的な言葉に、雄雅は頭の中が真っ白になった。
変わらず帝は続ける。
「だから昨日話しかけられたのは本当に嬉しかったの」
未だに動揺していて雄雅は言葉が出ない。
「ごめんね、いきなりこんな事言って」
ようやく、言葉が漏れる。
「いや、俺も嬉しいよ」
小さく、ぼやいた。
雄雅の言葉に帝はホッとした様子だった。
「俺も帝が好きだ」
拍子抜けした帝の表情が一拍置いて赤くなる。
そして帝が一言、
「雄雅って本当何考えてるのか分かんない」
そう言って笑った。
「そうかな」
雄雅も笑い返す。
「雄雅、今までありがと」
「どうした?」
雄雅は一瞬躊躇った。
「私ね、一年前に死んでるの」
意味が、分からない。
「だから、一度でも良いから雄雅と話したいと思って来たんだ」
「死んで…いたのか」
思考に言葉が追い付かない。
無言のまま、帝は立ち上がる。
数秒の時を経て、
「ごめんね、嘘ついちゃって」
一言言って、雄雅の方を向く。
「嘘付く気はなかったんだけどね…」
帝は苦笑を浮かべ、無限に広がる星空へと目線を向ける。
傍らにある雄雅は、
「俺と、話したかったんだな」
ひとつ前の言葉に応え、立ち上がり、帝と同じように星空を見やる。
星空は明るく、満月の光にも負けず照り輝く星たち。
不意に、
「――あ」
雄雅が帝を、優しく抱きしめた。
帝の温もりが、暖かさが、雄雅には寂しく思えた。
「帝」
小さくポツリと色々な感情の混ざった言葉を漏らす。
「ありがとう」
「……うん」
帝もまた、雄雅の温もりを感じ、しかし寂しいとは思わない。
ポツリと帝の目から滴が落ちる。
そして一言、声なき声で帝が言葉を紡ぐ。
≪大好きだよ、雄雅≫
時刻は午前6時8分。
窓からの涼しい風に気づき、雄雅は目を覚ました。
「まだ早いな」
そう言って窓を閉めようとして、
「……これは」
窓際に小さな手紙とお守りが置いてある事に気づく。
お守りを手に取り数秒眺める。手作りであるように見えた。
そして手紙の内容をみた。
短く、簡潔に、
[私のお守りだよ]
とあった。




