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第八話 青年と真実


 大学では生物学部に属していた僕は細胞機能学、遺伝子学を特に力をいれて学んだ。卒業研究では「細胞の分化機能発現」と「細胞死のシグナル」についての研究を行った。自画自賛になってしまうが、注目を集めた研究であり結果もそこそこ出せていた。

……

すべて自分の計画どおりだ。


「ホントに!?聞いた、ミツル!」

「そうだよ。今日から僕も毎日ここで研究することになったんだ。改めてよろしく、だね」

22歳の春から僕はとうとうあの洋館の研究者となった。父が研究員としてプロジェクトに参加しないかと話を持ちかけてきたのだ。それも下積みではなくいきなりテーマを与えられ、独自に研究することを許されるという高待遇だ。

 4年間で父はあの研究所の主任となっていた。大したものだ。しかし、その実の息子を侮ってもらっては困る。初めからそれを狙っていたのだから。4年間知らないふりを続け、欺き続けてきた。そして僕にはこれから、やりとげなくてはいけないことがある。そのためにはここのすべてを使わせてもらう。 


そんな僕の思惑とは裏腹に、真実を知ることになった。




Project Reineseele



 このプロジェクトは下っ端研究員には一部だけしか公開されていないが、とんでもない内容であった。予想だにしなかった。予想していたより、はるかに酷かった。


人の遺伝子をベースに、遺伝子抽出を行い改良を加えた、人の姿をした人工生命を作り出す。

Reineseele(ライネゼーレ)、罪のない魂の精製だと言う。その先の目的は非公開だ。


 そんなことができるのか…?僕だって曲がりなりにも遺伝子学を勉強してきた。到底想像がつかない。だが地下に広がるこの施設は非常に巨大で、相当な数の研究員がここにいて、すべての工程がここの中で行われている。国家の機密プロジェクトなのだから世間で知られているレベルではない科学技術が幾つもある。その中に想像できないほど高度な遺伝子操作技術が在ったとしてもおかしくはない。実際心は躍った。

 だがもしも可能だったとしても、このプロジェクトはすでに学術的興味という範疇を超えている。…全くばかげた話だ。

 さらにばかげた話を耳にした。それはこの洋館が一般人に開放されている理由。このプロジェクトが万一外部に漏れた場合、どこかからの、それこそどこかの大国が奪取のために襲撃してくるかもしれない。しかし一般人がいる中、それも国の運営する施設に対して行動を起こせば社会的、政治的にも問題が生じ、動きが取り辛いはず。


つまり、盾なのだ。ここを訪れる人たちは。




 とまどいを感じながらも、研究が始まった。僕に与えられた研究課題は、作り出された人工生命たちの細胞崩壊を抑制する方法を開発すること。研究するにあたり、今まで生まれることのできた子たちのデータとファイルに目を通した。今までつくられてきた子たちは全部で五十人。現時点で14歳が最長齢だった。不思議なことにすべての例で細胞組織が結晶化し、砕けてしまっていたという。人工子宮のカプセルにいる胎児の状態での死亡率が88%と、非常に高率だった。プロジェクト発足から30年経とうとしている現時点ですら1年で二人から三人分の遺伝子抽出、改良しかできないのだから、この問題を解消することが急務だった。


そういえば…

ミミちゃんとミツル君は生まれたときからこの施設で検査をしてもらっていると言っていた。彼女たちのほかにもこの施設にいた子達がいたと言っていた。

…そして二人の母親は、彼女たちは自分の本当の子供ではない、と言っていた。

まさかあの二人が…

そんな確信にも似た想像が脳裏をよぎる。


ファイルをめくっていくうちに、見つけた。二人の写真がしっかりついていた。


被検体No.0033 性別Female 年齢11years

被検体No.0036 性別Male  年齢8years


なるほど…それで33(ミミ)と、36(ミツル)か。

聞いたところでいないと言われるわけだ。彼らは最高機密であり、そしてあくまで番号で呼ばれていたのだから。

 病気の子供達を集めてきたんじゃない。自分達が作ってきたから、生まれた時から彼らは全員ここに居る。他の子たちは元気になってこの施設を後にしたなんて、真っ赤な嘘だ。

全員死亡。何て惨い事を…

 現時点でこの二人しか生存していない。今までの最長齢が14歳なのだから、ミミちゃんには相当時間がない。変異する腕を持っているのだから消耗が激しいおそれがある。なんとしても間に合わせなくては。


 それにしても偶然だった。僕の研究のテーマは、自分の学生時代の研究の応用。勝手や最新の理論は頭に入っている。偶然…いや、だからこそ父は僕を迎え入れたのだろう。

 今までに細胞崩壊を起こした子達のサンプルを調べた結果にも目を通す。すべてのサンプルで異常に細胞の自殺、アポトーシスが認められた。細胞が急激に疲弊するとアポトーシスが起こる。これが進みすぎると組織の崩壊は防げない。14歳が最長齢と言うのはおそらく第2次成長期と関係あるのだろう。ミミちゃんとミツル君が崩壊するのを少しでも押さえるには細胞の疲弊を起こさないのが絶対と考え、延命のために成長抑制因子(インヒビター)の投与を申請した。当然研究期間中の延命処置が認められ、許可が下りた。




「ねえ宗久、今日は何するの?」

インヒビターの投与をするためにミミちゃんとミツル君を呼んだ。ミツル君は相変わらずお姉ちゃん子だったが、僕の前では普通にミミちゃんの陰に隠れることなく立っている。

…二人には酷なことを聞かなくてはいけなかった。

「…二人はどこまで、自分たちのことを聞いているかな?」

「え?ぼくたちは生まれつきのめずらしい病気で、それのけんさをするためにずっとここにいるって。ちがうの?」

「どんな病気かは…聞いてる?」

「よくわかんない。教えてくれないの。…お母さんも教えてくれなかったし」

…本当に話さない方が良いかもしれない。彼ら自身、自分たちが何であるか、まだ何一つ知らないのだ。

「ねぇ、そこまで言って教えてくれないの?何のために呼んだのか教えてくれてもいいじゃん!ね、ミツル!」

「……」

「もー、宗久ってずるい!わたしたちだって自分の病気くらい知りたいよ!」

僕の胸倉をつかまんばかりの剣幕でミミちゃんが追求する。ミツル君はそこまでではなかったが彼の紅い瞳も真っ直ぐ僕を見ていた。

「…じゃあ、落ち着いて聞くんだよ。これからすることの説明にもなるから」



しばしの沈黙。それは静かに破られた。

「…死ん…じゃうの?」

ミツル君が呆然としたように言う。澄んだ紅い瞳を丸くして。

「…死なせない。死なせないための研究をするために、僕はここに来たんだ。だから、そのためにもこれから定期的にこの薬を使っていく。いいね?」

二人はうなずき、インヒビターの投与を受け入れた。










…言えなかった。二人の命が、ここの人間によって造られたものだということを。どれだけ悩み、苦しむことか…。いずれ言わなくてはならないだろう。

だが、今はまだ…





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