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第七話 きょうだい



冬。今年のお正月は去年と違って穏やかに過ごせる。学校や塾の先生から、受験生には暮れ、正月はない!といわれていたから、なんだか追い込まれているような気分がしていてイヤだったのが思い出される。

ああ、なんてすばらしいんだ。もうそんな苦行を続けることがないだなんて…。

…実際はそんなに勉強していたわけではないけれど。普段からやっていれば別にこの時期だからといって休みなく続ける必要もないのだ。なんであんなに熱を入れて語っていたんだろう。

ところで今年も父は帰ってこない。

「せっかくだし、お父さんに会いに行くわよ」

母が言い出した。特に友達と出かける予定もなかったので僕も賛同した。いつの間にか予約も取ってあるらしい。行ったことがあるのは夏だけだから、違う季節の姿が気になっていた。

 僕はまだ車の免許を習得中なので、母が久しぶりに運転して行くという。雪が降ったり路面が凍ってたりしないことを祈りながら、母の隣に座って洋館へと向かった。


 遠くに見える山々の頂が、雪化粧している。とてもきれいだったけど、こっちはあまり景色に見惚れていられない。あの洋館の周囲も結構高地にある。相当寒くて道路が凍っていそうだ。運転手は普段あまり運転しない母なので、心配だ。

…かといって僕のバイクで二人乗りってわけにも行かない。もし雪が積もったり凍っていたりしたなら、不安定な二輪よりも四輪の車の方が安全だ。そもそもこんなに寒いのにバイクとかありえない。

こうなったら母を信用しよう。するしかない。


…そう息子が思っているのを知っているのだろうか。

「タイヤ、雪道用にしてあったかしらね?」


……

そういうのは行く前に点検しておいてください。




 途中何度か休憩をとり、日が沈む少し前に洋館に着いた。しかし日の落ち方はかなり早くて、あっという間に周囲は暗くなってしまった。

…タイヤはしっかり雪道用だった。途中の休憩の時にそれを確かめてからは母の運転にも少し安心できた。あの発言は本気だったのか、それとも僕をからかうための冗談だったのかわからない。これだから母には気を許しきれないのだ。

 父がすでに洋館で待っていた。

「あらあら、お父さんが先に来てるなんて珍しいわね」

そりゃそうだ。ここに勤めているんだから。母はその事を知らない。僕がその事を知っているとは、父も知らない。

「休みを取れなくて悪いな。危なかったろ、ここらは雪が降ってもなかなか解けないからなぁ」

「ホントだよ!母さんが雪道タイヤにしてないかも、って言い出したし!結局取り替えてあったけど…」

「はははは。母さんは昔っからそうさ。わざとそう言ってるんだぞ」

やっぱりそうか…。


ロビーのソファーに座って久しぶりに家族の会話をしている時だった。ミツル君が一階の奥の部屋から出てきた。泣いている。とても不安そうで、きょろきょろと、何かを探すかのようにしてうろうろと歩き回っている。中央にある二又の階段を昇っていった。二階に上がり、右に曲がっていった。

少しするとミミちゃんが、ミツル君が進んでいったのとは逆の方向から走って出てきた。階段を駆け下り、ミツル君が出てきた奥の部屋に入っていった。途中、僕に気づいたようだったが、こっちにくる余裕がないようだった。とても慌てたような、焦ったような顔つきだった。


 しばらくすると、ミツル君が涙を流したまま戻ってきた。気になった僕は席を外し、ミツル君の傍にいった。

「おにい…ちゃん…おねえちゃんのおとも…だちの…」

赤い目を真っ赤に泣き腫らし、涙でむせびながら答えた。

「おかあさんが…おかあさんが…」

どうしたというのだろう。それだけ言うと、大声で泣き出してしまった。ずっとこらえていたようだった。状況がつかめない僕はどうしたらいいかも分からず、とりあえず頭を撫で、抱きかかえた。ミツル君はずっとずっと泣いていた。

僕が困っているのをみて、母が助けに来てくれた。母は手馴れたもので、あっという間にミツル君をなだめ、落ち着かせてしまった。

「ほら、いい子ね。あそこのお兄ちゃんよりずっと強い子ね。あのお兄ちゃん小さな頃からホントに泣き虫なのよ」

まったく、要らないことまで言う。母が優しい声でなだめながらミツル君に聞くと、少しだけ話してくれた。


「おかあさんが…きょうおきたら、どこかにいっちゃったの…

いままでずっと、そばにいておこしてくれたのに…。

おきたら、おへやにいなかったの…

ぜんぶさがしてるのに、おねえちゃんといっしょにさがしてるのに、おやしきのどこにもいない… おかあさん…」


話してる途中からまた涙を浮かべ、わんわんと泣き出してしまった。ちょうどその時ミミちゃんが奥の部屋から、ひどく不安そうで悲しそうに肩を落とした状態で戻ってきた。きょろきょろと見渡し、僕たちのところにいるミツル君を見つけるとこっちにやって来た。

「宗久…ひさしぶり…」

力なくそれだけ言った。ミツル君の頭を撫で肩に手を当てている母に、こんばんは、と力なく挨拶した後、ミツル君の手を引き、連れて行った。途中何度も服の袖で目をこすり、奥の部屋に戻っていった。


 今日はそれっきりふたりの姿を見ることはなかった。



 家族で食事している時も、通してもらった部屋に戻ってひさしぶりに父と母のやり取りを見ている時も、ずっと彼女たちのことが気になっていた。お母さんがいなくなってしまったらしい。あの様子だと、ふたりがそれに気づいた朝から僕たちが到着した夜まで、一日中この洋館の中を必死に探し回っていたに違いない。母親が丸々一日誰に預けることもなく、幼い子供を残して出かけることなんてあるのだろうか。仮にそうだとしても、あまりにも不憫だった。

「心配なのか?宗久」

父が心ここにあらずの僕を案ずる。僕は頷くだけだった。

「そういえばあの子、宗久の名前知ってたわね」

「ん、ああ、前来た時教えてあげたんだ」

「お父さん、やっぱりこの子」

「いや、そうじゃなくて…」

まったく、母は今のこの状況がわかってるのだろうか。ちょっとだけ腹が立った。


その時誰かが部屋をノックする。もう大分遅いが、もしかして…。しかし予想は外れた。外にいたのはフロントのボーイだった。

僕を確認すると、手紙を預かっていると言い、僕に手渡して戻っていった。


…差出人は書いてなかった。


  宗久さん


本当に申し訳ありません。わけあってわたしはもう、この子達の傍に居られなくなりました。お気づきかもしれませんが、あの子達はわたしの子ではありません。ふたりはその事を知りません。ですがミミと、ミツルのことを、わが子のように愛しています。

血のつながりもないわたしの事を母と信じ、慕ってくれるこの子達のもとから離れなくてはならないと思うと、身を裂かれるかのようです。甘えん坊のふたりは、突然わたしが居なくなることでひどく悲しむでしょう。手に取るように分かって、つらい。しかし、ミミとミツルを連れて行くことができません。ここに置いていくしかありません。


ですから、お願いです。

ふたりは、特にミミの方が、あなたのことを気に入っています。あなたがこの屋敷にやってきた時からずっと、ことあるごとにあなたのことを話していました。人見知りなミツルも、お姉ちゃんの友達なら僕も好きになれる、と言っています。


できる時で構いません。ふたりに会いに来てやってくれませんか。ふたりがこの屋敷でずっと淋しい思いをしなくてもいいよう、あの子達の兄でいてあげてもらえませんか。


わたしはあなたのことをよく知りません。あなたのような、よその人にこのようなお願いをすることは、とても失礼で迷惑なことだと思います。しかしあの子達がこんなに喜んで話をしてくれる人は、この屋敷の中には居ないのです。どうか、どうかミミとミツルのことを、本当の妹、弟のようにかわいがってください。おねがいします。

                           」



……

そんな…


 止むに止まれぬ事情だったのかもしれない。だけど、僕にはあのふたりがここに捨てられていったように思えた。僕の想像に過ぎないが、ミミちゃんの腕が変化することを母親役の女性が恐れ、ふたりを残してここを去ったのではないか。

…だが手紙からは、時々震える文字からは、無念の思いが伝わってくる。一体どんな事情があったのか、知る由もない。


僕は正直、困った。背負うものが大きすぎる。


「どうした、宗久」

父が呼ぶ声にはっと気づいた。だが呆然としたような返事しかできなかった。

「何が書いてあったの?…見せろって言わないから、言える程度でいいから教えてちょうだい」

母も心配して聞く。でも、答えられるわけがなかった。見せるわけにもいかない。


 その時、またノックがあった。扉を背にして立っていたので、すぐに開けた。目の高さには誰も居ない。ちょっと視線を下ろすと、小さなふたりが手をつないで立っていた。手紙を慌てて隠すようにしまい、中腰になって出迎えた。ふたりとも悲しそうな、辛そうな顔をしている。

「…今日、このへやで…ねさせてもらえませんか?」

ミミちゃんが、胸に刺さるような声で頼む。ミツル君はミミちゃんの後ろに隠れるようにしておじきしていた。僕が振り返ると、ミミちゃんの声が聞こえていた父と母が、二人そろって頷いてくれた。目を閉じて二人に頭を下げた。

僕はふたりに微笑み、招き入れた。











 すやすやと寝息を立て始めた。僕が寝るはずだったベッドにふたり並んで横になっている。ミツル君はミミちゃんにしがみつくように、ミミちゃんは僕の腿を枕にしている。

ふたりの頭を撫でる。今日は一日中泣いて、探し回って、本当に疲れているはずだ。

「昔っから本当によくなつかれるな」

父が少しだけ呆れるように言った。確かにそうだ。自身のことだが軽く笑える。

…今なら言える。


「この子達の母親から… ふたりのお兄ちゃんになってもらえないかって、そう頼まれたんだ。無理だって思ったけど…時々、この子達が孤独じゃないってそう思える程度でいいのなら…僕にもできるかもしれない。…いや、してあげたい」



穏やかな寝息を立てているふたりの寝顔が、僕に少しだけ勇気をくれた気がした。











それ以降も僕は四季折々、足しげく洋館に通った。

突然母親と別れ、力なく気落ちしていたふたりも、冬の終わりに僕が会いに行ったときには大分笑顔を取り戻していた。

「お母さん、まだかえってこないんだ…。でもかえってきてくれたとき、元気なミミちゃんたちじゃないとお母さんがきっとかなしいとおもうから、がんばることにしたの」

ミツル君と顔を見合わせ、にこっと笑う。

「おにいちゃんがあいにきてくれるし…」

ミミちゃんに隠れるようにして続けた。僕は手を伸ばして彼のやわらかい黒髪をわしゃわしゃと撫でる。少し困った顔をしたが、赤い瞳は笑っていた。

「宗久、でいいよ〜。もうお友だちじゃない!」

「あ、こーら、ミミちゃんが言うところじゃないぞ?」

笑って逃げていく。置いていかれたミツル君が追いかけていく。




兄だって、友達だっていい。

この子達が笑って、少しでも淋しくなくなるのなら、僕が傍にいてあげよう。



 

木の芽が大きくなっている。この子達も、きっと同じだ。


その小さな身にはまだつらい季節を乗り越えて、大きく豊かに葉を広げ、いつか明るい日差しを浴びるんだ。







ここまでお読みいただき、まことにありがとうございます。恐縮恐悦至極にございます。


…という堅っ苦しい挨拶はここまでにして!!

はい、どうでしょう。正直、「これのどこがSFと仰られるのですか?」というやたらに丁寧でしかし静かに震える内なる怒りが伝わってくる抗議を受けてしまいそうな感じです。たっぷり自覚してます。お叱り、もっともです。


ここから先、サイエンスが絡んできますから!


本当のことを言いますと、ジャンルに悩んだ挙句SFを選択いたしました。

適切なジャンルを挙げるとするならば「ヒューマン・ドラマ」でしょうか(←何だそれ)。

もしより適切なジャンルをご存知の方が居られるようでしたら、ぜひともご一報ください。


それでは今後とも「Reineseele(読み方、意味は次回を参照)」とお付き合いくださいませ。

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