第二十五話 幸せの足音
「…いいでしょ?宗久」
「ああ。もちろんさ」
「ありがと。…きっと、いいって言ってくれるってわかってたけどね」
「ははは、そっか。…そうだよね」
「うん。だから、ありがと」
両手をついて、椅子から腰をあげた。左手でカバンを拾い上げ右手に持ち直し、ふたり並んで一緒に歩き始めた。
少し前から、とうとう左腕も動くようになった。
とても嬉しかった。これならきっと…。今までホントは気が気じゃなかったんだ。それに利き手じゃなかったからさほど不便じゃないだろうと思っていたけど、左手が動かないことがどれだけ不便だったことか。右手がどれだけ上手くできたとしても、誰かに支えてもらわなければ十分働くことなんてできやしない。
ふたつでひとつ、なんだな。…本当にわたし自身のことのようだ。
左腕が動くようになったのは自然な回復だったのかもしれない。だけど、わたしは思う。左腕はその事を知っていたんだろう。今日お母さんの勧めでやってきて、わかった。
お腹にそっと左手をそえる。
「光夜…。男の子だった時の、あなたの名前だよ」
自然とやさしい顔になる。
「…女の子だった時、どうしようね。…でも、きっと男の子…きっとだけど」
あの日光夜に助けられて以来、変異はできない。
だけど、もうかまわない。
力は失ったけど、わたしのこころは、魂は
強く、強く脈打ち、生きている。
それに、わたしだけで守り、支えなくても
いつだって傍に居て、助けてくれる。
わたしは今、次の命を育んでいる。この日を迎えるためにわたしは力を持って生まれてきた。
そして彼の喜びを近くで見るために生きてきたのだと、心から思う。
絶対に忘れない。忘れられるはずがない。
わたしの世界の跡地で、そしてこれから始まる世界で見た、彼の顔を。
最愛の人とともにいられるとわかった瞬間の、戸惑いながらも満ち足りた顔。
そして今日の、これから先に広がる未来を祝福する笑顔。
造られたことを… これほど嬉しく思ったことはない。
造ってもらえて、本当によかった。
今日までわたしは、彼の喜びのために生きてきた。
そして僕は、彼女の笑顔のためにすべてをかけてきた。
これからは二人で、この子の幸せのために、ともに生きよう。
わたしたちは本当に、幸せだ。