第二十話 夢の終わり
「…?ここ…ICUじゃ、ない…どこ…?」
目を覚ました来音がつぶやく。彼女の知っている空気とは違う。照明がまぶしくて、目を細めた。全身に力がなく、動くことができない。
「あ!佐井さん、目が覚めたんですね!先生、佐井さんの意識が戻りましたよ!」
ナースキャップを被った、見たことがない人が部屋を出て行った。
「…佐井さん?…わたしの…こと?」
ぼんやりとした意識と視界で、自分が置かれている状況が把握できていないようだ。
「ここ…どこ…?こわいよ…いやだよ…」
なんとか身体を起こそうともがく。その時気がついた。左腕が、ある。
「目を覚ましたようだね、よかった。君は三日前に大怪我して連れてこられたんだよ。
その時にはすでに意識がなくてね。出血がひどくて危なかったんだ。ちょっと前に手術したばかりの創の一部が開いていてね。縫い直しておいたよ。お腹の中までは開いていなかったし、お腹の中に出血はなかったけど、お兄さんの話だとその手術の時もひどい出血をしたんだって?身体が参ってしまっていたんだろうね。ずっと気を失ったままだったんだ」
医師が目覚めたばかりで混乱している来音に、どういう経緯で彼女がここにいるか説明してくれていた。
「お兄…ちゃん…?」
「そう、お兄さん。さっき連絡を取ったから、すぐに来てくれると思うよ」
「ありがとう…ございます…」
よく理解ができていないようだった。
「わたし…生きてる。左腕もある…。砕けたはずなのに。それに、お兄ちゃん?
…
もしかして全部…夢…?
ああ、そっか。あれだ。小説とか漫画とかで見た、夢オチってやつ。
はは…そうだよ、今までのも…あんな怖いことも… あんなに悲しいことも…
全部わたしのみてた、夢だよ…。全部…全部…
…
…なんだ、そうだったんだ。
そりゃそうだよ、どうしてわたしみたいな女の子が…腕が変化したり、背中から凶器が生えてきたり…
…戦場でたくさん殺して回ったり…。現実なわけ、ないよね…」
誰もいない病室で、見たことがない天井をみながらつぶやいていた。
だが、すぐに虚無感がおそう。
「でも…さみしいよ… 全部夢だっていうなら…今までのわたしは、どこにあるの…?
わたしって、何だったの…?誰か…教えて…」
涙が自然と目からあふれる。涙を拭おうと思うが、両腕が重くて上がらない。涙がそのまま彼女の枕をぬらした。
涙も落ち着き、少しだけまどろんでいた時だった。
病室のドアが開く。意識もあまりはっきりしていない上、眼鏡もないのでよく見えない。入ってきた人はナースキャップを被った女性と、背の高い男性だった。白衣を着ていないから医師ではないだろう。
男性が胸のポケットから何かを取り出し、来音に近づく。それが眼鏡だと気づいた来音は、普段彼女が眼鏡をかけるときのように目を瞑る。眼鏡がしっかりかけられた感触がしてから、ゆっくり目を開いた。眼鏡をかけてくれた男性の顔を見る。
それは、彼女がとてもよく知った顔だった。また、よく見えなくなった。
「また…夢?ううん、それでも、それでもいい…」
ぼろぼろ涙を流して、声が震えていた。抱きしめようとするのだが、やはり両腕が重くて持ち上がらない。代わりに佐井が抱え起こし、抱きしめた。
「本物… 本物だ…。夢じゃない…夢じゃ…なかった…。今までのも、全部…。
よかった… よかったよぉ…」
彼女をなだめる声が、彼女の耳元でやさしく響く。ひどく懐かしい。
「それに…やっぱり夢だった…。夢で…よかった… 本当に…よかった…」
病室には来音のすすり泣く声だけが、静かに響いていた。