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第十九話 終わる世界


 彼女たちの家の庭にはたくさんの身体が転がっていた。敵兵だけではない。この屋敷を今まで警備してきてくれた者もその中にある。ここにある全員が己の職務を果たすべく戦い、そして倒れた。

 倒れている者たちはすべてヘルメットを被り、深緑色の迷彩服に銃器を装備していた。ヘルメットがフルフェイス型の者は敵兵だった者だろう。後一歩で屋敷の中というところにまで押し寄せていた。


「なんで…わたしなんかのために…」


 彼女には理解できない。他者が彼女の存在に対して付ける価値は、彼女がどれほど考えても答えが出ないほど、高かった。




「違うよ… わたしは…そん な… わたしはただの…」



きっと同じように答えてくれるはずの存在を、探し続けた。








 もうこれ以上歩き続けることができない。洋館の壁を背に座り込んでしまった。洋館の周りの彼女が思い当たるところにはいなかった。一体どこにいるのか、見当も付かない。

「そうだ… 出てきたところ…」

最後の心当たりを目指して立ち上がった。声に力が無い。破れた病衣はかなり赤くなっていた。しかしもうその赤い染みが広がる様子はない。押さえているうちに何とか止まったらしい。だが出血量がすでに多すぎて、立ち上がるだけで目の前が白くなる。膝が崩れ横に倒れてしまった。

「だめ… 寝るな… こんなところで… 寝る…な…」

呼吸がかなり速い。懸命に右腕で身体を起こし、ゆっくり壁に寄りかかって、立ち上がった。

 地下に通じる回収孔のある方角に向かって再び歩き始めた。左腕には力がなく、だらりと垂れ下がっていた。変異が解け、再び出血していた左肩の銃創も今は落ち着いている。


 森の中に入り少し行くと、ここにも倒れている兵がいる。

 危なかった。もう少し脱出が遅かったり、あのまま彼に連れられて森を抜けようとしたりしていたら、きっと見つかってしまっていたに違いない。そうなると彼が危なかった。よかった、離れて一人で戦いに向かって。そう思い、歩みを進めた。

そして、気づいた。


…おかしい。

あの身体だけ、着ている物が違う。

ヘルメットも、マスクもしていない…


 この距離だと緑の瞳では詳細がわからない。ものすごく嫌な胸騒ぎがして、足を引きずりながらその者に近づいた。



 森の中で倒れて動かなくなっている者のほんのすぐそばにまで行って腰を下ろし、うつ伏せで倒れているものの顔を見た。


「え…?」

目を閉じ、頭を振る。それだけで目の前が白くなる。

「ちがう… ちがう…」

ただでさえ視界のよくない緑の瞳だというのに、さらにすべてが歪む。

「ちがう… ちがう… ちがうよ、ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう!!!」

腹の傷が痛むことすら忘れ、叫んだ。

「なんで…なんで…」

そういって彼女がよく知っていた者を右腕でゆする。左腕は、動かない。


「いやだよ… 嘘だよ…嘘だよね、嘘でしょ。ねえ起きて…。嘘だって…嘘だって言ってよ…」

目の前の色はすべて白黒になっていた。まるで現実感がない。だが、彼女の目の前で倒れているものの姿かたちは、見間違うはずがないほどよく知り、愛おしかったもの。

「宗久… 宗久… 宗久…宗 ひぅ!ぐぅうっ!」

彼に覆いかぶさるように倒れた。動かなくなった左腕を右手で押さえる。

 感じたことのない激痛。二の腕が感覚だけでなく弾力を失い、ひびが入っている。それを目にした来音は青ざめた。だがそれも一瞬で、すぐに穏やかな顔になった。彼の背中に身体をあずけたまま語りかける。

「ねぇ、まだ…言ってないよ…。まだ…聞いてもらってないよ…」

少し、また少し腕に入ったひびが増えていく。そのつど苦痛に表情が歪むが、声はとてもやさしく穏やかで、眠った子供に語りかける母のようだった。




だから…今、言うね。わたしがここにずっといた理由。


あれ、嘘だったんだ。自分の魂がどんなものなのかを知りたいっていうの。

宗久ってわたしの言うこと結構信じちゃう方だからさ、きっと疑ってなかったよね。


ごめんね。…だって、言っちゃいけないと思ったから…。


自分自身が押さえ込めないような状態じゃ、いつか宗久を傷つけてしまう。

だからずっと我慢してたんだ。いつかできるようになるまでって。ずっと言いたかったのに。




…ずっと前からそうだった。そうだなぁ、宗久が初めて来てくれた時からかなぁ。

あはは、6歳のころだ。おませさんだね、今思えば。

だけどその時は、家族以外に仲のいい人ができたって思いが強かったかな。

しばらくずっとそうだった。でも、わたしが光夜を殺してしまってからは…


わたしはずっと迷路の中にいた。何度も助けてくれようとしたよね。


…うれしかった。その時はわからなかった。辛いだけだった。

ごめんね。こんなに大事にしてくれる人はいないってこと、思いもしなかった。

…でも気づいたんだ。宗久はわたしのこと、好きでいてくれてるんだって。

みんながわたしを怖がるようになったのに、あなただけはずっと変わらなかった。




だからだよ。わたしがここにいたのは…。

わたしがここにいた本当の理由はね





あなたを、愛しているからです。




あなたをおいてここから離れるなんて、考えられない。

あなたが居るここが、わたしの唯一の世界。


ずっとずっと、ずーっと言いたかった。だけどこんな化け物のわたしじゃ…

だから努力してたんだ。

せっかく頑張って、うまくコントロールできるようになってきたって言うのに…


こんなのってないよ…




…でも、もういいの。言えたんだ。

本当は、わたしのホントの気持ちを聞いてもらって、宗久がどうしてくれるかが知りたかった。

ずっと世話のかかる妹みたいなわたしが、本当はどう思ってるのか知ってくれたら…

大好きな、大好きな宗久がどうしてくれるのかなって楽しみにしてたんだけどな。

でも、いいの。わたしももう、すごく疲れた。


…あなたをここにおいていくなんて、できない。

だからわたし、すごく嬉しい。

今、砕けてしまうのは怖くない。

ずっとそばに…ずっとそばにいられる。


大好きな、愛している人に寄り添って…ずっとこうしていられることの方が…





一人で生きていくより、ずっと…幸…せ










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