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第十六話 少女の戦い

森の中。黒い髪の来音が高い木の枝の上に立ち、下の落ち葉の床を見下ろしていた。

「何度やっても懲りないのよね…」

彼女の目線の先にはまた何人かの人間がいた。体格からして全員男だろう。昨日小部隊で侵入を試み、五人中四人死亡という凄惨な結末を迎えたばかりだというのに。しかも先日の反省を生かしていないのか、またしても五人と少数だった。それにまだ明るい。そのためか今日の者たちは暗視装置のようなスコープを付けておらず、被っていたのはフルフェイス型のヘルメットだった。

「変…だよなぁ。まあいいか」

まだ声はいつもの彼女のものだった。


 目つきが変化していく。大きくて人間味のあるいつもの彼女の眼差しから、獲物を狙う猛禽類や肉食獣のような鋭いものに変わった。はっとした瞬間、いつもの彼女に戻った。

「おさえて…。できる、できるから…」

心を落ち着け、続けた。

「決めたんだから…。これができたら…。できなきゃ…」


目を閉じ、そのまま天を仰ぎ見てゆっくり鼻で息を吸い、顔を下ろしながら大きく口から息を吐く。顔を正面に向きなおし目を見開く。枝の上にしゃがみ、右肩のロボットアームをものすごい速度で真下に向かって伸ばした。

 その一撃は真下を通過しかけた者が持つ、昨日のものと同型のマシンガンだけを粉々に砕いた。銃火器が砕けるほどの衝撃を人間が抑えることができるはずがなく、男は肩を押さえてうずくまっていた。だが一撃を受けた時に反射的に発したうめき声以外に声を出さない。良く訓練されているようだ。残りの男たちが一斉に見上げ、機械の腕の延長線上にいる来音に向かって銃口を向けた。すばやくアームを引き戻すのと同時に、背中の節足動物の脚のような腕で木の幹を切断し、隣の木の枝に跳び移った。

 落ちてきた木の幹とまだ葉を残す枝が男たちの視界をふさぎ、彼らは来音に照準を合わせられないまま乱射した。彼女はすでにそこに居ない。木の幹を蹴って飛ぶように移動し、彼らの後ろに回り込んでいた。いつの間にか目つきが獲物を狙う獣の目になっている。右肩のロボットアームで一本の木の幹を掴んで自身をすごい勢いで引き寄せ、来音を完全に見失った男たちに向かって突っ込んでいった。

 歓喜の表情のまま巨大な左腕で殴りつけようとした瞬間、目つきが戻り、必死で身体の向きを変え、男たちをまとめて殴り潰そうとしていた左腕で地面を撃砕した。その反動で彼女は再び木の上に戻り、大量の落ち葉と土砂が男たちを覆った。




……



枝の上から地上を、狩るものの目をして見下ろしていた。



カワク… エサヲ… ドコダ…



頭の底から響くような自分の声にはっとして、頭を振って正気を保った。

「アぶナイ…。だメダ、飲マレるナ…」

肩で息をしながら右手で頭を押さえ、巨大な左腕で木の幹を掴みしゃがみこんでいた。声が少ししゃがれていた。

「…こンナに…タいヘンなんだ…。でも、もっと大変なんだから…」

次第にいつもの彼女の澄んだ声になっていく。

 来音が作ったクレーターの近くから、落ち葉と土砂を払って無傷の男四人が出てきた。開始同時にやられた男は落ちてきた木の枝で身体を押さえつけられていた。幸い幹の直撃は無く、打撲程度の怪我で済んでいそうだった。その男の救出に二人があたり、怪物の襲撃に備え二人が周囲を警戒する。小声でしかも早口で話しているため、何語なのかわからない。来音は男たちから隠れるような位置に移動し、彼らが救出にかけている時間をずっと呼吸を整えるのに使っていた。


「英語は話せないし…。それに今日の人たち、本当に英語なのかなぁ。…そもそも話してわかるようなら、こんなことにはなってないか…」

どうやら勝ち目はないことを説得しようと考えているようだ。

「…しかたない。やれるだけやってみよう」

説得は諦めた。




 男たちが救出を終え周囲を警戒しながら侵入を再開したと同時に、来音も動いた。木から飛び降り、ひと塊になっている彼らを中心に円を描くように走る。当然彼らも来音の動きに気づき足を止め、銃撃を始めた。落ち葉を散らし、木の幹に丸くて大きなきずあとをつけていく。しかし肝心の彼女を捉えることは叶わなかった。高速で走りながら彼女は数本の木の幹の根元に虫の脚のような腕で切り込みを入れていった。かなりの切れ味だ。来音が脇を通過するわずか一瞬で、太い幹の四分の三以上に音もなく切れ込みが入っていく。男達からは見えていない。時々完全に木の幹を切断し、連中に向かって倒す。侵入者達はだんだん追い込まれていく。気がつくと四方は倒木でふさがれ、逃げられなくなっていた。

 男たちを取り囲むように生えていた木々に切り込みを入れ終わると軽く跳躍し、右肩のロボットアームで枝を掴み、再び木の上へと上がった。巨大な左腕と長く伸びる機械の腕で、切れ込みを入れた木々を一斉に中心に向かって倒す。逃げ場は無く、五人は全員木の下敷きになった。



 来音が分厚い落ち葉の絨毯の上に静かに降り立つ。全員が気を失っている。五人を押さえつけている木をすべてどけ、マシンガンを四丁とも取り上げた。すべて左腕で握り潰すか、背中の虫の腕で半分に切断した。腰のパックと同じあたりに持っていたナイフも全員分取り上げた。


「…なんとか、自分を保ったままやれた、かな。できるじゃん、わたし」

そうつぶやき、木の幹にもたれ笑顔で天を見上げた。

その時


パシュっ、パシュっ


 空気が抜けるような音がして、右腹部に二回、鈍い感覚をうけた。背中の大きく開いた白い服に付いた赤い点が、少しずつ大きくなっていく。目を見開いて、彼女の顔が痛みに大きくゆがむ。大きな茶色の瞳に涙を浮かべ、染みのついたところを右手で押さえてしゃがみこんだ。

 荒い呼吸をしながら正面を見ると、ひとりだけ意識をとりもどした男が、隠し持っていたサイレンサーとレーザー照準付きの小銃を片手で構えて、その銃口から煙を出していた。

 痛みを必死にこらえ、右肩のアームを直進させ、その銃を掴み破壊した。一緒に男の右手の指の骨が何本か折れた。激痛で声をあげている。ほかの者達は動く様子がない。全員が行動不能になっている。それを確認した来音はふらつきながら立ち上がり、よたよたと歩きながらその場を去った。






 巨大な左腕はいつもの細い彼女の腕に戻り、虫の脚のような腕は背中に吸収されて無くなった。しかし右肩のロボットアームはそのまま残り、髪も黒く、瞳も茶色のままだった。痛みで歩くことができず、アームで枝を掴みぶら下がりながら移動していく。歩くよりは速い。

「いたい… いたいよ…佐井さん…」

涙をこぼしながら、懸命に洋館へと向かう。赤い染みはかなり大きくなっていた。両手で押さえているが、染みはカーゴパンツまで広がっていた。


 森が開け、目の前に洋館が現れた。表情が和らぐ。安堵感が押し寄せてきたようだ。掴む枝がもう無いため機械の腕も必要ない。だんだん小さく、色も薄くなっていき、最後はひびが入って砕けて消えた。だんだん髪も長くなり、金色に戻った。


たどたどしい足取りで到着した洋館の正面玄関の扉を体重をあずけるようにして押し開け中に入る。同時に意識を失った。








……



……




ピッ、ピッ、ピッ、と機械音が部屋中に響いている。音に気づいたのか、ぼんやりとまぶたを開けた。

「…? ここ… !痛っ」

身体を起こそうとしたが腹部に痛みを感じ、また横になった。起き上がるのは諦めたようだ。首を左右に振って自分のいる場所がどこなのか確かめようとしていた。しかし緑の瞳では部屋の詳細がわからない。眼鏡を探すが、手の届く範囲にはなかった。

「ここ…どこ?お屋敷に帰ってきたはずだけど…ここは… あー、もう!眼鏡メガネ! っ!いたたた…」

叫んだために腹部の傷に響く。ちょっと目に涙が浮かんでいる。

「もうやだよ…。佐井さん…」

弱音を吐き始めた。心細そうな表情をして、天井を見ていた。


 しばらく横になって、ぼんやりとしかみえない天井を見、あまりにも暇だったために一人でしりとりをしたり、素数を数えてみたりしていた。しかしそれにも飽きはじめ、いい加減退屈してきたころだった。ドアがかちゃっと音を立て、誰かが入ってきた。誰だろうと目線をやるが、悪い視力では顔の詳細がわからない。だが背は高い。身体の輪郭、歩き方から誰なのかの見当が付いた。

「佐井さん!いったた…」

「よかった。意識が戻ったんですね」

「うん…どのくらい寝てたのかな」

佐井が眼鏡を持ってきており、来音に手渡した。それを受け取り顔にかけた。周囲を見渡すと、そこはICUだった。かつて全壊したような事件があったとは思えないほどきれいに、清潔にされていた。

「まだ二十四時間経ってませんよ。それにしてもかなりひどい出血で、危なかったです。銃弾も腹腔ふくくうに残ったままでしたから手術をしました。幸い腸に穴は開いていませんでしたが表面には傷が付いて、そこからの出血もありましたので縫ってあります。…しばらくは食べられません」

「えー!うっく… …しばらくって、どれくらい?」

「一週間は流動食で我慢してください。それと、今日明日は絶食ですよ」

「そんなに…」

すごく残念そうな顔をして、来音は佐井から目を逸らした。そんな来音に対して佐井が続けた。

「らしく無かった、ですね。あの程度の銃弾を受けることなど、ないでしょう?」

「…全部終わったと思って油断しちゃって…」

「そう。これからは気をつけて下さい。…来音まで失うかと思いました」


ごめんなさい、と来音が謝る。

そんな彼女の頭に佐井は手をやり、いいですよ、と声をかける。


その姿は、本当にただの女の子だった。今の彼女を見ているだけではまさかあのような異形を身に宿すとは想像すらできない。




ICUから佐井が出て行くと、来音はまた天井を見てつぶやいた。


「ダメ、だったな〜…」





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