第十五話 彼女の嘘
わたしは嘘をついてきた。
あの人はわたしが元気になったらわたしを施設から出して、自由にしようと考えていたようだ。ところがプロジェクトの理事会からまだわたしのデータを取るように、と命令があった。あの人は自分がどれだけの罰を受けることになってもかまわないから、わたしをこっそり自由にしようとも考えていた。
わたしが罰を受けるならまだしも、わたしのためにあの人が責められるというのは忍びない。適当な、しかもそれでいて説得力がある言い訳はないものか。
…そうだ、かつてあの人がわたしたちに話してくれたことがある。
この自然の中で自分の思い、魂を見つけ出せ
これはかなり好都合。とてもそれっぽい。
「佐井さんが前言ってくれたことが気になって。自分の魂を見つけて、これからどうしたいのかわかるまで、ここにいるよ」
うんうん。なかなかに良い。都合がいい嘘と言ってはみたが、実際気になっている。自分と言う存在に対しての、自分なりの答えが。いつか見つけ出したい。
それに何と言ってもここでの生活は楽しい。四季に敏感な世界の中で息をしているだけで、心が澄んでいく。
木々が芽吹き花を付け、痛いほどの光を遮る深緑の世界が次第に足元へ光を落とす。
いつしか深く積もった布団の上にさらに純白の毛布がかかる。
そしてその毛布が取り去られる頃、再び命が目を覚ます。
当たり前のことが、愛おしい。
だからわたしは花壇を作り、庭木をいじる。生命の姿がわたしの目の前で多様に変わる。たとえ小さな変化で全体から見た時、取るに足らないものだとしても、それは命の織り成す姿。
つまらないことなんか一つもない。
町で買ってくる本に、そんな趣味は年寄りくさい、と一蹴されていることもあるけれど、じっくりやってみるとなかなか奥が深くて難しい。思うように上手くいかないからこそ、創意と工夫の意欲が湧いてくる。
わたしの身体を提供することはここでの生活の代償だ。あの人が想像しているほど特に苦痛を感じていない。それに自分が何であるか、肉体的なことを知るにはここが一番適している。
わたしの身体についての研究のいくつかは痛かったりして嫌だと思うこともある。同じことを何度も反復して退屈なこともある。研究の結果そのものは難しすぎてわたし自身は理解できない。だけど頭にハテナマークを浮かべていると彼が分かりやすく噛み砕いて教えてくれる。
…その時間もたまらなく好きだ。
ここに居ると恐ろしくなることもある。ここには幾度も敵がやってきた。その敵を追いかえしに行く時、いつもその時はとても胸が高鳴り、たまらない興奮の中にある。身をゆだねることを喜ばしく感じさえする。
しかしこのまま放っておくわけにはいかない。自分の中に在る残虐な欲求を自分で抑えられないと、外に出た時いずれ大惨事を引き起こす。
まだ外に出る時期としては早い。
…だけど、わたしがここを出て行かない本当の理由。これは言い出せないでいる。
あの人はいつかわたしが本当に自由になった時、わたしを拘束しつづけたこの世界からわたしが旅立っていくと思っている。
しかしわたしは、出て行くつもりは、ない。
わたしがここにいる理由、それは