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第十話 ふたりの名前

 導入前日、僕は二人の部屋を訪れた。

「宗久!」

二人が声を揃えて僕の名前を呼ぶ。ミミちゃんは十五歳、ミツル君は十三歳になっていたが、処置のために肉体は二、三歳は若く見える。


危なかった。

もしインヒビターを使用しなかったらおそらく二人とも命を落としていただろう。

二人と僕が出会ったのはまさに運命。


そんなことを考えると、まだ実行して効果が現れるかわからないというのに涙が出てきた。

「あはは、何で泣いてるの?ホントに宗久は泣き虫なんだね」

引っ込み思案でお姉ちゃん子だったミツル君は今では自分でなんでもやるしっかり者になっていた。それにもう、ミツル君の方が背が高い。…ミミちゃんが小さいのかもしれないが。

「ミツルのほうがずーっと泣き虫だけどね!」

ミミちゃんは相変わらずだ。二人とも本当に仲が良かった。


 僕がプロジェクトに参加して4年経つが、その間ミミちゃんが自主的に左腕を変異させることは一度としてなかった。そしてミツル君の腕が変異を起こすことはなかった。ミミちゃんが特別なのか、それともミツル君が生命の危機を経験したことがないからなのかはわからない。


しかし変異しない方がいいに決まっている。それはあの日の涙が物語る。








「今日は、二人に本当のことを話そうと思う。…許してもらえるか、わからない。だけど、知っておいてほしい。これからの二人のためにも」

…今日まで話せなかった。だけど、真実は打ち明けなくてはいけない。今日まで悩みに悩んだ。僕の様子から、二人ともただならぬものを感じたらしく、顔つきが変わった。


「いいかい、よく聞いてほしい。…二人はただの人間じゃ、ない。大変申し訳ないことだけど、他の人間にとって都合が良い様に造られた生命(いのち)なんだ…」


二人ともの表情が凍る。

…こんな話を、十代前半の子供たちにするべきではない。そんなことはわかっている。だけど、いつかは伝えなくてはいけない。

ならば、それが今日だと思った。


「僕は絶対に許せない。ここに入る前は、ミミちゃんの腕を治し、心を癒してあげることを目標とした。だけど、ここの真実を知ってしまった。

…生命を造ることが良いのか悪いのかは、わからない。でもその生命を造る目的が、自分の都合の良いものとして利用することだとしたら、それは悪いことだ。僕たちは、二人を苦しめることになることをしてきた。許してもらえなくても…仕方が無い」

二人とも僕の方をじっと見ている。僕もしばらく、それ以上話すことができなかった。


二人が先に沈黙を破る。


「…でも、よかったよね」

「うん。よかった。びっくりしたけど、造ってもらって、よかった」


思考が止まった気がした。


「だって、造ってもらえなかったら、誰にも会えなかったんだから。ミツルとも、お母さんとも。

…宗久にだって、会えなかった」

「一人っきりじゃなかったし。僕たちが本当の姉弟じゃなくても、今までずっといっしょにいて、すごく楽しかった。造ってもらえて、よかったよね」

僕は何も言えなかった。ふたりの笑顔が、痛いほどまぶしかった。



「…ねぇだけど、生命って何なのかな。造られたものだって言っても、わたしたちはこうしてここに居て、誰かに何かしろって言われてるわけでもないよ」


同じことを、僕も幾度と無く考えたことがある。だけど、まだたどり着いていない。そんな僕に答えられることが、どれだけ二人に届くか、わからない。

「…風が吹けばそれを気持ちいいと感じることもあれば、寒くて嫌だとおもうこともある。夜の森を見て恐ろしいと思うこともあれば、月明かりに照らされたその姿を美しいと思うこともある。わかる?」

二人ともやっぱり、いまいちわからない、と言う顔をしていた。


「…その人のその時の思いによって、見方が変わるってこと?」

しばらく考えて、ミミちゃんが尋ねる。

「そう、その感覚を与えてくれるのが、魂というものじゃないかな。一人一人が持っている思いの塊。自分の魂を自由にできることが、幸せだと思う。生命は、自分の魂を見つけて幸せになるために与えられたものなんじゃないかな。

…ここの森の、自然の姿を見てごらん。生命の姿。それが、教えてくれると思う。ここで僕がこの思いを得たように」

「……」

「だから僕たちがしてきた、生命を、二人の魂を、自分たちの興味や都合のために捻じ曲げてきたことは、許されてはいけないんだ。…とても皮肉なことだよね。一番魂を汚してきた者たちの周りに、こんなにもたくさんの生命が集まっているなんてね…」

「……」

「だから僕は、二人に幸せになってほしい。二人に与えられた生命を使って」


いつしか二人とも神妙な面持ちになっていた。説教じみてしまった。そんなつもりはなかったのだが。少し滑稽だった。ちょっと苦笑いさえ浮かぶ。そんな僕を見て、二人は少し微笑んだ。


「…それと、今日は二人に本当のことを話しに来ただけじゃ、ないんだ」

明日、二人の運命をかえる。かえてみせる。



明日、二人に研究を重ねた結果得られた因子を注入する。二人ともに効果が現れるかは、わからない。でもこれが成功すれば、今使っている薬を使用する必要もない。死ぬことに怯えることもない。これからは二人の生命を二人の思うように使っていくことができるようになるはずだ。




二人の顔がぱぁっと明るくなる。お互い顔を見合わせて喜んでいる。

「宗久、ありがとう!」

なんて気が早いんだ。まだ成功するとも限らないのに。失敗ならばまだまだ時間がかかる。それどころか死ぬかもしれない。それでもわずかな希望に胸を膨らませている、優しい少年と少女がここにいる。再び涙がこぼれた。

「あーあー、宗久は本当に泣き虫なんだね」

僕は泣きながら笑った。

「どっちかにしなよ、宗久ぁ」

まったくもって、おっしゃるとおりだ。







「あと、僕からのプレゼントだ」

はしゃいでいた二人はぴたっと止まり、いつものように僕の前で正座して座った。

「いや、物じゃないんだけどね」



 二人の名前の由来はそれぞれの被検体番号だ。非人道的だと思うかもしれないが、それでも二人の母親役として二人を育ててくれたあの女性が、せめて番号ではなく名前で呼んであげたい、と精一杯の優しさをこめて付けてくれたものだ。しかしこれから二人には、被検体としてではなく一人一人の思いを持った人間として生きていってほしい。






これは僕が4年間、研究の合間に一生懸命考えた二人の名前だ。





ミミちゃんには、福音(きた)るよう、「来音(らいね)


ミツル君には、闇夜に迷うことのないよう、「光夜(こうや)







二人は自分たちの新しい名前をお互いに呼び合い、顔を見合わせながらどこかくすぐったそうな顔をしていた。

そして

「佐井さん、今まで本当にありがとう」

初めて僕を、苗字で呼んだ。





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