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二話連続投稿予定。
主要登場人物
柏木ミサト:足が不自由な奇妙な発音だった異世界人。元、英雄であり世界の敵。
ミーナ:ミサトを拾ったネコミミ少女。人間と獣人のハーフゆえ村中からハブられてる薄幸少女。村を襲われた時にミサトと離れ離れに。
ダッカス:カブラスに雇われた傭兵。頭のネジが飛んだ人間。人殺しが趣味のお近づきにはなりたくない人間その1。
カブラス:アテナ王国辺境の領主。ダッカスとイズールの雇い主。野心ギラギラでリッターと共にアテナ王国の転覆を企む。
リッター:キツネの獣人。行商人だが、自分の商会も持っている。お金持ち。カブラスの国家転覆計画に手を貸す、頭のネジが飛びかけた亜人。
「さて、上手く行きますかな?」
応接室の扉を閉め、リッターは開口一番そう切り出した。
すでにリッターの持つ商会――キブロシアン商会は今回の件に関して相当な額を出資している。カブラスへの情報提供や傭兵への口利きはもちろん、兵士たちへの食料供給に幅広い国々への情報収集網の整備。果ては王国の混乱の先にあるであろう内戦と混乱に乗じて侵攻するであろう周辺の亜人諸国との戦争を見越して準備した武器や防具などの装備品、食糧事情の悪化を期待しての麦や保存食、香辛料などの買い占め。例え回収が出来なかったとしても人間亜人問わず複数の国にまたがる巨大商会にとって即座に傾く程の額では無いが、損害額は尋常では無い。無論カブラスの企みが成功すれば投資額が回収出来るだけでなく王国の中枢にまで影響力を及ぼすことが可能で、そうなれば利益は今後の事を考えれば膨大な額になるだろうが、失敗すれば間違い無くリッターは商会から追われる事になる。その時は潔く商会経営から身を引くつもりだが、そうなったとしても十分な財産を手に入れているリッターにとっては何の痛みも感じない。金が欲しければ、財産を元手にして新たな商会を起こすだけだ。
リッターにとって何よりも痛いのは、その身に疼痛の様にくすぶり続ける野心が満たされないことだ。何百年と生きてきて、あらゆるモノを手に入れてきた。地位に金、女。何不自由無い生活。商会の顔としての姿は表に出していないため、世間的には一地方商会のトップ程度の認識で名誉はそれほどでも無いが、興味は無い。だが、唯一つ、リッターは目標があった。
世界を、歴史を動かしたい。表に出なくても良い、歴史に残らなくても良い。ただこの手で世の中を変える事をしたい。それがリッターにくすぶる唯一の目的だった。だが自分には独人でそんな大それた事を成し遂げる力は無い。亜人の中では武力の面で非力であり、巨大商会とは言え、王族や貴族に渡りを付けることは容易くは無い。強引に事を進めれば破綻することは目に見えていた。だから想いを抱えながらもずっと燻らせるだけで留めていたのだ。
しかしそこにカブラスが現れた。代々政治的には無能だったが長年王国の貴族だけあって王国内の様々な貴族や王家とも繋がりはある。野心もある。そして金銭的なパトロンを求めている。リッターはこのチャンスに乗り込むしか無かった。
リッターは、自分はさすがにもう何十年も生きていけないだろうと考えてた。狐の亜人は見た目の老いが出にくいが歳を取り過ぎた。平均的な寿命はすでに目の前だ。これが最後のチャンス、とは言わないが、計画が遅れれば生きて世界が変わる瞬間を見届けられる可能性も、その後の世界が移りゆく様も見られないかもしれない。それでは意味がないのだ。だからその為にこうしてカブラスの計画に加担し、リスクを払っている。失敗は許されない。
「上手く行ってもらわなければ困る。失敗は許されないのだからな」
カブラスもまた同じ。失敗は許容できない。
王国の辺境領主であるカブラスは幼い頃から野心を隠さない男だった。
亜人の国家であるヘルツェゴナに接しているため、プトレイ領の歴史は戦争の歴史でもある。常にアテナ王国の壁として存在し、王国の先兵として多くの武勲を上げて国に貢献してきた。
だが一方で政治の面では不器用であり、常に辺境の領主としてしか存続できなかった。
戦の度に領土を焼かれ、領民を殺され、プトレイ領が最も荒れるにも関わらず王国からは資金不足を理由にかろうじて原状回復出来る程度の見舞金と褒章しか得られない。その状態が続く現状が堪らなくカブラスは嫌で、またその程度の力量しか無い父親を憎んでさえいた。
失ったものは元に戻らない。亡くなった人民の代わりの仕事ができる者は居るかもしれないが、それでは更なる発展は得られない。積み重ねがあって初めて未来へ脚を進める事ができる。このままでは領域はジリジリと衰退していくだけだ。
それに、亡くなった者は唯一なのだ。生じた喪失を埋める事は何によっても不可能である。多くの者が泣き、絶望に心を抉られる。若くして前線に立ち続けたカブラスは亡骸となった兵を多く眼にしてきた。その亡骸にすがり付いて亜人に憎悪を膨らませていく家族の姿は脳裏に焼き付いている。そして彼は立ち上がった。
彼には謀略と言う名の才があった。それはこれまでの歴代プトレイ領領主たちが持ち得なかった無二の才能だった。
その才能の矛先をカブラスは自領へと向けた。健在だった、カブラスの祖父に当たる先代領主と父親である当代領主を相次いで殺害した。工作により病死と事故死に偽装し、猛将と亜人たちに恐れられた領主を失って絶望に暮れる領民に向かって彼は宣言した。
平和を実現する、と。
それは彼の決意の現れでもあった。そして彼は、わずか五年でそれを宣言通り実現した。
謀略の才能を存分に発揮し、ヘルツェゴナにある内政の火種を炊きつける。元々ヘルツェゴナは武力そのものを賛美する傾向があり、計略や政治的謀略を粗雑に扱うのが常だった。力無き者は頭脳で成り上がれず、その為外交的手段など搦め手には弱い。かつてのプトレイ領であれば問題は無かったが、現当主は武力よりも謀に才を持つカブラスだ。数々の計略にヘルツェゴナ王の力は削られ、そして国は分裂・内戦へと瞬く間に追いやられた。そうなればプトレイ領へ侵攻する事はままならず、他国に眼を向ける余裕は無く、そもそも国としての体を為しているかも怪しい。領民に宣言した通り平和を実現し、領民はカブラスを讃えた。彼は、領民の期待に応えたのだ。
だがまだ足りない。カブラスは棚から赤ワインのボトルを取り出し、グラスへと注ぐ。
敵国を内戦に追い込んで十年。戦が完全に途絶えて七年。所詮は束の間の平和。全てはこの後の為だ。恒久的に達せなければこの十年に意味は無い。その為には無能な王族を追い払わなければならない。カブラスは堅くそう信じていた。
民を愛し、戦火で無くなった娘の為にも。
「そう、許されないのだ。何としても……」
呟き、グラスを傾けながら彼は壁へと顔を上げた。
壁に掛けられた肖像画。そこでは一人の少女が民に囲まれ、優しく微笑んでいる姿が描かれていた。
カブラスはそこから視線を移して揺れるワインの水面を見つめ、そこに映る肥満気味の男の顔を睨みつける。
束の間の十年は領民にとってかけがえの無いもの。だがカブラスにとって休まる暇など無い。国を変えると決意して、ヘルツェゴナを退けて、それでもなお王宮と貴族院、王都にて戦い続けた。
資金を得るために他の貴族の弱みを握って資金援助を引き出し、ヘルツェゴナを退けた功績として報奨金を王から多額に引き出し、それを元手に王都での基盤を築いた。地方領主の入る隙間など本来は無いはずのところをリッターにより掴まれた貴族の弱みにつけ込んでねじ込み、時間を掛けて味方となり得る人間を少しずつ増やしてきた。リッターと組んで王都に流れる情報の流布も行い、王族に対する非難的な空気、召喚儀に対する批判的雰囲気を作り上げて、それでもなお召喚者に頼らねばならないよう王族の力を削いでいった。
どれだけの時間を使ったのだろう。どれだけの資金を費やしたのだろう。どれだけの、自分の人生を消費してしまったのだろうか。カブラスは疑問に思い、その答えはうっすらとグラスに反射している肥え太った、うっすらと禿げ上がった中年の男の姿だ。若い時の姿は見る影もなく、その姿が腹立たしくてカブラスは一息にワインを飲み干した。
「これからどうしますか? 王都に彼女を連れて行きますか?」
「まだだ。薬が完全に馴染んで洗脳が完了するまで数日は掛かるらしい。その間に刷り込みを行なって、我々の言う事を完全に疑うこと無く従うのを確認してから王都に連れて行く」
「承知致しました。ですが、召喚を行った事は極秘で、王たちからすれば私たちが知っているはずも無いのですが、どうやって王家へ引き渡しますか?」
「そこは問題ない。すでに王都にいる騎士団の人間に話はつけている」
「金、ですか?」
「いや、王家への不信感だ。金も多少握らせはしたがな。
そこに立っていられると落ち着かん。貴様も座れ」
「ではお言葉に甘えまして」
リッターは細い目を更に側めてカブラスの向かい側のソファに座る。だがすぐに立ち上がると戸棚からグラスを勝手に取り出し、再度椅子に座ってワインを注ぎ始めた。
カブラスは咎める様に眉間にシワを寄せ、しかしリッターはその表情を見て不思議そうにグラスを掲げた。
「グラスは私の物ですよ? 勝手に置き場所は拝借致しましたが」
「ワインは私の物だ」
「私が安くお譲りしたものです。一杯くらいお目溢し下さってもバチは当たらないでしょう?」
言うやいなや、リッターは一息にグラスの中身を飲み干した。ふぅ、と胃に溜まったアルコールを吐息と共に吐き出した。そして二杯目を注ぎ始める。
それを見てカブラスは不快気に鼻を鳴らして窓の外に視線を向けた。
「では彼女を私が連れて騎士団の方にお渡しするように致しましょう。もちろん無料ですよ? 『行商人リッター』の下女として連れて行けば不審に思う者も少ないでしょうからね」
「いや、私が連れて行く」
リッターの提案を、だがカブラスは拒否した。グラスから眼を離してカブラスを見るが、カブラスは顔を外に向けたままだ。そのままカブラスは話し続ける。
「どのみち今回のパドバ村の件は王に報告せねばならん。領内とは言え、ヘルツェゴナとの国境付近ではあるからな。事後報告にはなるが、貴族院の連中には色々と心付けを与えているから問題になりはせんだろう。
引き渡した後は王都隣のスパルタス市に滞在して事を起こす。今回の戦闘で村から押収した魔族素材の武器を幾つか王都の貴族連中にも渡して、事が起こった後の混乱を助長させるよう力添えを願うつもりだ。残念ながら貴様に武器を売らせるつもりは無い」
リッターはカブラスと対等な関係を結んでいるつもりだが、カブラスはリッターを信用していない。確かに様々な面で世話にはなっているが、所詮それだけ。失敗すれば後の無いカブラスと違い、リッターなら最悪の自体に備えて逃げ道程度は用意しているだろうとカブラスは考えていて、事実リッターにはチャンスはある。資金の面でもそうであるし、自分と同じように現状に不満を持っている地方有力貴族は他にもいてそこに取り入れば良いだけだ。
同時に、カブラスはリッターが力を持ち過ぎる事も懸念している。成功の暁には契約通り色々と融通を効かせるつもりではあるが、それが高じて扱いづらくなってもらっても困るのだ。あくまでも主導権は自分。リッターは自分の顔色を伺いながら商売をしていればいい。
どうにもこの亜人は勘違いをしているフシがあるが、計画のそもそもの発端は亜人を王国内から追い出す為なのだ。現実を見据えればリッターの商会を締め出すことは得策では無いことは理解しているが、亜人にでかい顔をされるのはプライドが許さないし、今は一時的に暇を出している家臣たちが元に戻ってきた時に亜人が我が物顔で歩いている状況になれば混乱の元になる。リッターの企みを牽制する意味でも、目の届かない所で勝手をされるのは避けたかった。
「……畏まりました。そういう事でしたら確かにカブラス様が王都へ連れて行かれる方が良いでしょうな。過ぎた事を申し出してしまいました」
一呼吸置いて、リッターは素直に頭を垂れた。殊勝な顔をして、しかし内心では舌打ちをしていたが。
「それはそれとして、万が一の話になりますが……」
「なんだ?」
「洗脳が失敗した場合はどうなさいますか? 記憶が戻る前に廃人になってしまったり、もしくは洗脳自体がうまくいかずに私たちに従わない場合には……」
「その場合はあの女を殺すしかあるまい。計画の遅れは生じるが、不確定な要素は極力払うべきだからな。腐っても召喚者だ。我々の知らない魔法を知っている可能性もあり、脅迫して従わせるにしてもどんな手段で外部に助けを求められるか分かったものではない」
「王にバレませぬかな?」
「王にはむしろこちらから知らせる。見たこともない魔法を使う者が領内で暴れていたので止む無く殺害した、とな。召喚者であることも知らせて、何処の国が召喚を行ったかこちらで調べる、とも言っておく。世間と貴族院の反対を押し切って極秘裏で召喚を行っているからな。当然こちらを責めるわけにもいくまい。
ああ、心配するな。捜査結果として他国が召喚して我が国に牙を向こうとしている、とでもでっち上げておく。そうすれば王はそちらに意識を割かねばならんからもう一方の計画の準備を進める時間も稼げるし、貴様の買い占めた武具類も無駄にはならんだろう?」
「そういうおつもりですか。ならば私は、王族のみが知ると言われる召喚の儀式に関する情報を集めておきましょう。もし私どもだけで召喚者を招くことが出来ましたら、計画の修正も最小限で済みましょう」
「分かった。そちらは貴様に任せる」
話は終わりだ、とばかりにカブラスはリッターを一瞥して立ち上がる。
グラスにワインを注ぎ、手に持って窓際へと歩いて行く。見下ろす景色は、どこまでも緑の自然が続く田舎そのもの。高台に位置するこの城からは点々とだけ集落や町の一端を見ることが出来る程度で、王都や近隣の都市に比べれば発展は遥かに遅れている。
通常多種族の国と接している国境付近には砦や巨大な壁が建設され、国軍が直接侵攻との壁役となっている。しかしプトレイ領に国軍は配備されず、度重なる侵攻により砦の一つも満足に建設できない。この十年で多少はマシになったものの、相変わらず王は辺境領主に任せきりだ。
この地は、見捨てられている。
その想いはカブラスのみならず、領民共通のものだ。だからこそ、この計画は成功させなければならない。
幾度と無く見下ろした景色を眼に焼付け、カブラスは決意を新たに拳を握り、ワイングラスを傾けた。
「ん?」
「何やら……階下が騒がしいですな」
二人は顔を見合わせ、どちらともなく手に持っていたグラスを木製のテーブルの上に置く。扉に向かって身構え、リッターは警戒してソファから立ち上がり扉とは逆に位置する窓際まで退いた。カブラスは壁に掛けてあった剣を手に取り、いつでも抜刀できる様に柄に手を掛けた。
そして静まり返る。
しばらく経っても音は無く、先ほどまでと同じ静かな城内。カブラスは剣から手を離し、だが警戒はそのままに立ち尽くす。
「傭兵たちが小競り合いでもしたのでしょう。血の気の多い連中ですからな」
「だといいがな……おい、ペルトラン、居るか?」
「はい、ここに」
カブラスが名を呼ぶと間髪入れず返事が返ってくる。リッターが振り向けば、いつからこの部屋に居たのか、執事服を着た老齢に差し掛かりそうな男が恭しく腰を折っていた。
「下で何が起きているか確認してこい」
「畏まりました」
カブラスの命令に一礼して扉へと向かうベルトラン。彼が扉の取手に手を掛け、だがそれよりも先にけたたましい音を立てて一人の男が転がりこんできた。
「ダッカス……!」
部屋に入ると同時に倒れこみ、失った腕から血を滴らせながら隻腕の男は、彼にしては珍しく悲壮な顔をしてカブラスに告げた。
「しくじったぜぇ……! すぐに逃げるぞ……!」
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