1-7早かった別れ
ガスティが死んだ。
ガスティは死んで、ソルダース村に戻ってきた。
食材を仕入れに旅立って3日目。
帰ってくる予定は守ったが、ガスティは変わり果てた姿を六太や
駆けつけた村人達の前に戻ってきた。
隣村からの帰り道、賊に襲われて死んだそうだ。
彼はいい人だった。
ガスティが旅に出る前日の夜。
オンボロな家の中で、背中に堅い板の感触を感じながら
寝るまでの間少し話した。
「明日から出かけるんだども、
万が一おいらに何かあったら
ミーアさんの力になってくれ」
「……危ないんですか」
「村の外は特に危ないから、
魔獣とか賊に襲われることもあっぺ」
不安に思う六太の顔を見て、ガスティが安心しろと言う。
「おいらはこれでも狩人として
長年やって来たっぺ。
危機回避はそこそこだと思ってるから
問題なく食材を調達して帰ってくっぺ」
その言葉を聞いても少し不安だが、
行くなと言うのも違うから六太は六太のできることに
集中しようと思った。
狩人の才能、金儲けの才能もない人間ではあったが、
たまたま引き取ることになった六太にも
嫌な顔せず接してくれた。
採集した高級食材だって
初めガスティは中々受け取ろうとはしてくれなかった。
きっと大人としてのプライドもあったのかもしれないが、
できるかぎり自分で自分のことをやろうという姿勢があった。
狡いこともできる限りしないようにする人だった。
たった三週間くらいしか一緒に生活していないが、
なんというか厳しい環境の中に放り込まれたばかりの
その期間は濃密であり、家族のような存在になっていた。
前世で人との関係が希薄だったせいで
六太にとって余計ガスティの存在が大きいものになってしまったのかも知れない。
六太はガスティがカンガール食堂の食材調達のため、
森にいつもより長い時間潜るようになった頃の夜を
思い出す。
「おいらはあんまりできがよくないから、
人に助けて貰ってばかりで、
六太にすらもう助けて貰ってる」
ははっと笑っている。卑屈になった笑いではなく、
面目ないという笑う。
「だども、恩は忘れねぇ。
おいらが助けることはほとんどないけども、
今回みたいにカンガール食堂のギルやミーアさんの恩に
少しでも報いる機会があったら
できる限りのことをしたいっぺ」
この人はダメな人かもしれないけど、
まっすぐ生きてる人だ。
「六太はおいらより有能みたいだけど、
人から受けた恩は忘れないで欲しいっぺ。
ま、おいらは受けた恩が多すぎて、
六太に恩を返す暇もないかもしれないけどな。
はははっ」
森での活動やたわいない話をしてくれるガスティに白湯を出し、
体を拭くためのお湯を渡す。
日が暮れると少し肌寒くなるので、
体を少し暖めてから二人とも明日の仕事のため
すぐに床に就く。
数日前のことだったが、
随分昔のことのようだと六太は思う。
この世界でも遺体は火葬らしい。
ドワーフの鍛冶で有名なトーキン王国は土葬らしく、
魔物が多い魔大陸の国ではモンスターに食わせるモンスター葬(?)
というものまで色々らしいが、ここは以前住んでた日本と同じだった。
荷物一つなく村に戻ってきたガスティの遺体は、
顔がボコボコだった。
腕も曲がらない部分で曲がっているし、
肩から心臓に届く大きな傷(致命傷)もある。
隣で見ていた村人が言うには、賊に殺されるとこんなものらしい。
以前殺されたギルというカンガール食堂の亭主は
クビが跳ねられただけでなく、
拷問を受けた痕もあったらしい。
六太はガスティの様子を見ても涙は出なかった。
ヒドイことが行われたこともわかるし、怒りの気持ちもある。
しかし、一人ぼっちが長かったせいか、
大切な人の死の受け止め方がわからなかった。
ただ一つわかったのは、心の中にあった割と大きなモノがなくなった感じ。
きっとこれがガスティが大切な人だった証明なのだろう、と六太は思う。
ソルダース村は特別大きくない村であり、
ガスティは長くこの村に住んでいた。
村人の人との関係もおおよそ良好であったようで、
参列者も多く、彼は皆に囲まれ荼毘に付された。
骨だけになったガスティを埋葬し終えると、
六太の周囲の者は皆泣いていた。
その時やっと涙が出た。
悲しくなかった訳じゃない。
六太にとって、
一人ぼっちが長すぎて、親しい人の死の記憶はなかった。
両親も小さい頃に亡くなっていたので、記憶がない。
心のもやもやしていて気持ち悪かった部分が、
それも涙と共に流れていった気がした。
ただ、ぽっかりと空いた心の穴は
そう簡単に埋まりそうもないが、大丈夫。
六太の心の整理が少し付く頃には、埋葬も終わっていた。
埋葬後は、参列者皆でカンガール食堂で酒やら肉やらを飲み食いし
ガスティの想い出話に花を咲かせた。
「あいつはほんと本番に弱かったよな」
「そ~そ。
同時期に狩人になって一番はじめにスキル手に入れたっていうのに、
一人で狩りをしてから獲物を初めて獲ってくるまでの期間が
一番遅かったしな」
「それにコルルちゃんといい仲になりそうだった時も、
いつまでも告白できずに他の奴に先を越されたしな」
初めて知るガスティの想い出話を聞きながら食べた食事は、
皮肉なことに六太が異世界に来て食べた中で、一番旨かった。