表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の成金道  作者: (ちきん)
第四章奴隷商人と3人の奴隷
59/59

4-5信頼の証し

六太はハーフエルフの薬師ペイに早速仕事を頼んだ。


体調を崩している二人の奴隷、

蒼鬼族のヂヂと猫獣人の忌み子のための薬の製作である。


奴隷商会に処分させないために買ったのに、

購入後にすぐ死んだのでは目も当てられない。

栄養失調とはいえ、臓器に重大な問題が起きていたら

飯を喰わせるだけでは回復しない。


薬師であるペイの見立ててでも、

投薬した方がいいということだったので、

第6区にあるファイン商会の素材屋に訪れる。


10万ジェジェ以上を払い必要な材料を手に入れて、

薬を作る道具が揃っている第2区のクサリの屋敷へと向かった。





「ここで濾過をするのだわさ」


ハーフエルフの薬師ペイは、

あまりに若さを感じない喋り方だったが、20代前半。


一流の薬師と六太は聞いていたとはいえ、

その若さ故に弟子の指導はあまり期待していなかった。


しかし、喋り方同様に弟子への指導も長年やっていたかのように

堂に入っている。

新しい弟子のハーフダークエルフのユールが

理解しているかどうかを見ながら丁寧に指導している。


ユールも挨拶した時は、かなりガチガチに緊張していたが、

すぐに薬師ペイの腕と指導にかなり心酔した様子であった。


どうやら二人の相性はそれほど悪くないようだ。

六太はその様子に少し安心する。



「できたわさ」


二人の様子を観察している内に、薬が完成したらしい。


その薬をいまだにほとんど動かない蒼鬼族のヂヂと

猫獣人の忌み子に与える。

すると、さっきまでの弱々しい呼吸が嘘のように

生気が甦ってくる。


「上手くいったようだわさ」


ペイのその言葉を聞いてようやく六太は落ち着いたようだった。

座っている椅子の背もたれに体を預け、息を大きく吐く。


「しかし、奴隷にあんな高い素材を買ってくださるなんて

 ご主人さまは変わっているんだわさ」


六太が座っている所までハーフエルフのペイが来る。

ペイに隣のイスを勧めると、少し困惑した表情をしたが、

再度六太が勧めると大人しくイスに腰を下ろした。


「それに奴隷に隣の席を勧めるなんて

 まったくもって変わってるんだわさ」


「オレはオレがしたいようにするだけだよ。

 奴隷であろうと一人の人として接するのも

 そうしたいからするだけ」


「にははっ。どうやら変人に買われたようだわさ」


喋り方は変わっているが、その笑顔は六太を魅了するには十分だった。

少し耳が熱くなった気がする六太は、

それに気付かれないように頭を掻いてごまかす。


「と とりあえず、二人の体力が戻るまでは

 ここを使わせてもらって、今後のことはそれからだな」


六太は視線をペイの顔から外して、

少しどぎまぎしながら、穏やかに寝ている二人の奴隷に視線を移す。


さっきまで奴隷商会で感じていた憤りも、

さっぱりとどこかに行ってしまったように

六太の表情はいつも通りに戻っていた。












「こ、これを食べてもいいのでありますか?」


「ニャ~?」


目が覚めると、二人の前には楽園が広がっていた。


蒼鬼族のヂヂと猫獣人の忌み子がそう思うのもムリはない。


目が覚めると、そこは広く豪華な貴族の屋敷。

動かなかった体は、運ばれてきた食事の匂いに反応し

ぐぅ~~~と鳴り、両腕には上半身を起き上がらせるだけの力があった。

目の前にはいい香りのするスープとふわふわで柔らかいパン。


そして、自分たちを気遣ってくれている周囲の人達。



「もちろん。君らのための料理だ。

 ただ、量が少なかったりや脂っぽいモノがが少ないのは我慢してくれ。

 一応薬で治ったといっても、

 いきなり胃に負担の大きい食事は良くないからな」


六太の許しを合図に、二人は目の前の料理を夢中に食べ始めた。

スープもパンもあっという間に食べ終えると、


「もしかして、ここは天国でありますか……」


「ニャ~」


二人はお腹も膨れ幸せな表情をしていたが、

そう言うと少し悲しげに見つめ合った。


「いや、まだ死んでない。

 君らは今日オレが買ったんだから、すぐに死なれては困る」


びくぅっ、と分かりやすく蒼鬼族のヂヂと猫獣人の忌み子の

体が強張った。


「も、もしかして、処分されてしまったのでありますか?

 どんな危険なダンジョンに潜らされるのでありますか?」


可哀相なくらい強張っている表情に、六太は苦笑いしながら、


「いや、別に危険はない……ないと思う……思いたい。

 ……オレは旧ドルント男爵領の新しい領主になるから、

 君らには護衛としてオレの周囲に居てくれればいい」


「つまり、ご主人様を暗殺から守ればいいのでありますね」


暗殺という言葉を投げられて、六太はあからさまに狼狽えた。

自分の頭の中では想定していても、

実際人から『暗殺』という物騒な単語を向けられると

思ったより怖い。

害意がなくても不気味な感じだ。


やっぱり領主なんか引き受けるんじゃなかった。

六太は今更後悔する。


しかし、今ここにいる3人の奴隷と出会えたのも

引きうけたからこそだ。

そう六太はポジティブに考えることにして、

へたっていた心を奮い立たせる。


そして、六太の返事を待っている蒼鬼族のヂヂに、


「そういうこと。頼んだよっ」


と言いながら、六太はヂヂと猫獣人の忌み子の二人の頭に手を置く。

なんとなく置いただけだったが、

二人はそれをきっかけとして、泣き始めてしまった。


「んぐぁ、う゛ぇっ━━」

「に゛ゃ゛━━」


「っ!えっ!?」


突然始まった二人の嗚咽に、不覚にも六太は狼狽したが、

堤が崩れたように泣く姿は

二人がどれだけの気持ちを抑え耐えてきたのかを想像させた。


二人のボロイ服や汚れ。

痩せた体。

首に付けられた銀色の首輪。


奴隷になって、いつどんな人間に買われるかも分からず、

ただただ待つ日々。

同じ頃に奴隷になった人達が次々買われていき、

後から来た人達も自分より先に買われていく。


自分だけ誰も必要としてくれない。


食事の質も徐々に悪くなっていく。

戦闘の訓練で教官に傷を付けたなど、

以前はなんということもなかったことを理由に

ほとんど食事を貰えなくなった。


しまいには蒼鬼族のヂヂと猫獣人の忌み子という

二人だけが売れ残る。

生き残るのが難しい場所へと送られるという『処分』まで

もう時間はなかったことは、二人とも気付いていただろう。


そんな状況が一転すれば、理解するのに時間はかかるだろうし、

理解できればどうなるかなどいわずもがなであろう。


蒼鬼族のヂヂと猫獣人の忌み子の二人が泣き出すとすぐに、

ハーフエルフのペイとダークハーフエルフのユールが

二人の側に寄り、慰め抱きしめる。


二人に縋るように泣き続ける蒼鬼族のヂヂと猫獣人の忌み子は、

泣き疲れて眠るまで涙を落とし続けたのであった。
















蒼鬼族のヂヂと猫獣人の忌み子は、

ハーフエルフのペイの薬と美味しいクサリ家の食事の効果もあり、

1週間もせずに一回りくらい大きくなったようだった。


クサリ達も六太と共に二人の回復を喜んでくれていた。


クサリや老執事にもかなり世話になったが、

これまで面倒な役回りを引き受けたし、庭の手入れに

かなり協力したんだからコレくらいはいいだろう。


六太はクサリの屋敷の庭で遊ぶヂヂや猫獣人の忌み子、

そしてユールを眺めながら、一人草刈りに精を出していた。


そろそろ、六太がルクティの街を離れる時期が近づいていた。






「どこに行くのでありますか?」

「にゃっ?」


蒼鬼族のヂヂと猫獣人の忌み子、それとハーフエルフのペイの

奴隷3人を連れて、早朝に六太はルクティの街の外にやって来ていた。


「旧ドルント男爵領の方角ではないようだわさ」


六太は街を出てから20分以上牛に荷車を引かせて、

人が周囲におらず人目がない場所まで来ていた。


そこは一週間ほど前に相棒のミミーが得た幻獣の力を

確認しにきた場所であった。


「今日オレがここに来たのは、

 皆にオレの“秘密”を教えるためだ」


「“秘密”でありますか」


「そう。

 ただ、教える前に一つだけ言っておきたい。

 オレが自分の秘密を教えるのは

 君らがオレの奴隷だからということではなく、

 これから生涯付き合っていく人間として

 君らを信頼する証しとして教えるということ。

 このことだけは覚えていて欲しい」


六太の思いを3人の奴隷は受け止め、それぞれ頷く。


「ありがとう。

 なら早速━━」


六太の懐からシビレネズミのミミーが出て、左肩に乗った。


「ミミーちゃんがどうしただわさ?

 ご主人様のテイムしていることは教えてもらってるわさ」


「そうであります」

「にゃっ」


六太はミミーを両手に乗せ、三人の前に出すと、


「ミミーは確かにシビレネズミだが、

 実は“幻獣”でもある」


秘密をあっさりと簡潔に伝えた。

しかし、それを聞いた3人の反応は薄かった。


やはりその内容の真実味のなさに、

3人はどう反応していいものか決めかねている様子。


六太も予想通りという反応を見て、話を続ける。


「ま、確かに言葉だけじゃ

 嘘くさいよね」


そう言うと、六太は荷車から下りて、

服を突然脱ぎ出す。


「ど、どうして脱ぐのでありますか?

 た、確かに私は成人ではありますが、

 さすがに早朝から屋外で初めて……というのは、

 心の準備が……munyamunya」


「しないからっ。落ち着いて」


なにやら勘違いしている蒼鬼族のヂヂを落ち着かせ、

六太は下着だけの状態になると、

荷台の後ろに回り、積んで来た大きな桶一杯の水の側に寄る。


「ペイ、頼んでいた気付け薬準備しておいて」


「ここにあるわさ」


ペイは懐から丸薬になった気付け薬を出す。


「ありがとう、ふぅ~~。

 今からオレが絶叫して吐いてたぶん気絶すると思うけど

 すぐ収まるから心配しないで。

 静かになったら、この冷たい水かけて、

 気付け薬悪いけど飲ませてくれるか」


なにがなにやらわからない三人であったが、

ご主人様である六太の言うことに首肯する。


六太は体をほぐすように軽い運動を少しし、


「よし、ふぅ~~。はっ。

 じゃっミミーよろしくっ!!」


と、ミミーに声をかけた。


そして、予め六太が言っていた通りになった。


【【【【【ぁ゛ぐっぁ゛ぅ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぅ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぅ゛ぁあ゛ぅ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぅ゛ぁ゛ぁ゛ぎゃぅ゛ぁ゛ぁ゛がぁ゛ぁ゛ぁ゛ぅ゛ぁ゛ごぁ゛ぅ゛づぁ゛ぁ゛ぅ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぅ゛】】】】】


前もって言われていたとはいえ、

演技ではない絶叫はなかなかインパクトがあった。

むしろ衝撃が強すぎたかもしれない。


傍観していた3人はその状況の前に身構え

表情を引きつらせていた。


六太の絶叫もすぐに終わり、周囲はまた静けさを取り戻す。


「!?」


ペイが一番最初にその衝撃から脱すると、

四つん這いの姿勢で固まっている六太に

指示通りに水をかけ、気付け薬を飲ませる。


薬のおかげで、意識を取り戻すと、

六太は荒い呼吸を繰り返し、徐々に落ち着きを取り戻す。


「……はぁはぁ……はぁ、水……かけて」


追加で水をかけられると、六太はその寒さにやっと気付いたかのように

震え出す。

水が冷たくて震えているのか、さっきの絶叫の影響で震えているのか

わからないが、暫く両腕で自分の肩を抱きながら正座の状態で震えていた。


相変わらず顔の色は優れないが、

なんとか立ち上がれるようになると、

口をゆすぎ、体を拭き、服を着た。


その間も誰も言葉を発することなく、

3人は張り詰めた空気の中で六太が喋り出すのを待っていた。


「ふぅ~、ごめん。驚いたと思うけど、

 ミミーの“不浄”の幻獣の力を使うとあ~なっちゃうんだよ。

 魔力のパスが繋がってるから、そこからモロに

 オレの精神に負担になる力が入って来ちゃうみたいなんだ」


「と、ところでご主人様よ。

 一体どんな幻獣の力だったか説明してほしいわさ」


「あ、ごめんごめん。

 今使った力は念話ができるパスをこの4人の間で結んだんだよ。

 猫獣人ちゃんだけ、いつまでも『ニャ』だけでやり取りするのは

 面倒でしょ」


「!?」

「!?」

「!?」


そんなことができるのかという疑問を3人は持った。

大魔法使いと呼ばれる人物であっても、

そんな都合のいい念話のパスを作ることはできない。


しかし、六太はできると言った。


3人はどう反応したものか考えあぐねていた。


しかし、百聞は一見にしかずというが、

六太の次の行動により、3人の反応は決まった。



『猫獣人ちゃん。君に名前はある?』


「に゛ゃっ!!」


猫獣人は驚いたように声を上げた。

目の前の六太の口が動いていないのに、

声が頭の中に響いたからだ。


そして、その声は側にいたハーフエルフのペイや、

蒼鬼族のヂヂにも聞こえており、二人とも驚愕していた。


『名前は?』


『……ないニャ……』


辛そうにそう答える猫獣人。

それを聞いた六太は、前もって用意していた名前を伝える。


『なら、“ミュミュ”とかどうかな。

 カワイイと思うんだけど』


『……それがわたしのなまえかニャッ?

 ミュミュ……ミュミュ、気に入ったニャッ』


猫獣人の忌み子は名前をもらって嬉しかったらしく、

ぴょこぴょこ跳びはねながら、

シッポをピンとまっすぐ立てている。


二人が普通に意思疎通しているのを目の当たりにし、

ペイとヂヂは理解した。


“幻獣”がいると。

物語でしか聞かない存在が目の前にいると。


しかし、そこにいるのは、

さっきまでとなんら変わらないただのシビレネズミである。

“幻獣”という存在に突然変わったこの相手とどう接したらいいのか

二人は再び考えあぐねていた。


ただ、目の前でミュミュにほっぺたを擦り付けられて

くすぐったそうにしているミミーを見ると、

そんなに固く考える必要もないかと思う。


二人の表情から緊張の色が抜けた。


緊張から解放されたせいかどうかはわからないが、

ふと一つの疑問がヂヂの心に浮かび、手を挙げる。


『ご主人様。……これで聞こえているでありますか?……

 一つ質問があるのですが、宜しいでありますか?』


『あぁ、聞こえてる。なに?』


『ミミー殿とご主人様がパスで繋がっているということは、

 ご主人様とパスで繋がっている我々も、

 ミミー殿が今度幻獣の力を使った時、

 先ほどのご主人様と同様に影響を受けるのでありますか?』


それを聞いて、ペイもミュミュも一瞬で青ざめた顔になった。


先ほどの六太の状態はまさに『発狂』。

一瞬であれだけの状態にできるなら、

精神を攻撃する拷問魔術の中でも最上級に相当するだろう。


それを受けることを想像するだけで、3人は小さく震えていた。


先に説明しておくべきだったな。

六太はその様子を見て気の毒なことをしたと思った。


『心配ないよ。

 それがないような念話のパスを

 ミミーに作ってもらったから』


一同はほっと胸をなでおろした。

六太も皆が落ち着きを取り戻してくれて、ほっとする。


「用はこれでおしまい。

 これからずっと宜しくね」


六太は荷車の御者台に上り座ると、皆に荷台に乗るように促す。


荷台が3度きしむ音を上げる。

皆が乗ったことを確認し、六太の手綱の合図で

牛がゆっくりと歩き出し荷車を引いていく。


まだ時間帯は朝。

ルクティの街に戻ったら、3人の荷物を本格的に揃えるため、

買い物に行こう。


六太はまだ少し震える手を、御者台の揺れでごまかしながら、

今日の計画を考える。

ミミーは六太の震えに気付いているようで、

六太の懐に入り、心臓にくっつくように収まっている。


ミミーの暖かさが六太に伝わる。

それが、今の六太にはとてもありがたかった。


当初奴隷を買う前に考えていた予定としては、

ただミミーが幻獣であることを話しお終いにするつもりだった。


しかし、たまたま奴隷として買った猫獣人の忌み子ミュミュが

喋ることができなかった。

そこで、今回だけと覚悟し、六太は幻獣の力をミミーに使ってもらった。


今回は気付け薬や水を準備して臨んだが、

やはりかなりムリがあった。

前回は一瞬だけ力を使っただけで、

その影響で翌日まで目を瞑ったり眠ると悪夢を見た。

今回はそれに比べれば少し長く力を使ったので、

もっと長い期間影響が残るかもしれない。


六太の後ろでは、3人の奴隷が静かに念話で会話をしていた。

ミュミュも初めて会話ができるようになったのが

嬉しいらしく、夢中で話している。


ただ、今パスが開いているのは3人の間だけなので、

六太には話の内容はわからない。

それでも皆の表情を見て、六太はさっきの苦しみや

数日の悪夢程度なら安いものと思っていた。


ルクティの街を離れる前にしておきたかったことも

これで終わった。

そろそろ行こう。


六太らは3日後に街を出て、一路旧ドルント男爵領に向かう。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ