4-4奴隷との出会い
六太は宿屋ファインの地下に作られている風呂の完成を見ずに、
ルクティの街を離れることになった。
『せっかくお金の工面もついたっていうのに、
風呂設置プロジェクトの完成が見ることができないなんて』
がっかりと肩を落とす六太。
かなり気落ちしているした声に、
相棒のシビレネズミのミミーは心配して、
『旧ドルント領からルクティの街までは一日ちょっと馬車を
走らせれば着くらしいから、来ようと思えば来られるわよ』
『いや、それは面倒だから別にいいかな』
即座にミミーの提案を却下する六太。
ミミーはそれを聞くとシッポを動かし、六太の肌に触れると、
「「んハッ」」
六太の全身にシビレが走る。
膝から力が抜け、崩れ落ち尻餅をついた。
『その程度のことなら一々がっかりしないでよ』
最もなことを言うミミーに、六太は震えながら頷いた。
「今変な声が聞こえたけど?」
六太が漏らした叫び声を聞いて、
宿屋ファインの最上階にある共同スペースに
狼娘ラクアが現れた。
「……い…いや別に……なんでもない」
震える六太とその肩に乗るなんとなく不機嫌なミミーを見て、
「六太、またミミーちゃんを怒らせたの。
もっと発言や行動に気を付けないと、もてないよ」
「……なぜもてるもてないの話に……」
理不尽な決めつけだ、と六太は思いたかった。
しかし、事実もててはいないし、
ミミーがせっかく心配してかけてくれた言葉をばっさり切って捨てたのは
きっともてる奴ならしないと気付いて、しゅんとしていた。
「ところで六太。
いつ旧ドルント領に出発するの?」
「……あ…あぁ。特に決まっては……ないよ。
とりあえず……護衛の奴隷買って、
この前連れてきたダークエルフのユールに約束した
……薬師の師匠見つけたら、行こうかなって…思ってるけど」
「ふ~ん。まぁ宿屋の方は私がやっとくから
安心していいよ。
でも、それほど遠くないんだから、
たまには帰って来なよ。顔も見たいしさ」
どきっとした。
ただの友達としてだろうけど、
顔が見たいとか仕事のできる格好いい女性に言われたら
鈍い六太だって勘違いもしてしまいそうだ。
「じゃ、私は仕事に戻るから、
また後でね」
「…んあぁ……また後で」
扉を開け出て行くラクアの後ろ姿が少し可愛く見えたように
感じる六太であった。
そして、ミミーは鼻の下をのばしている六太を見て、
そのシッポを再び六太の肌に当て、
「「「クハッ」」」
今度は仰向けに倒れる六太であった。
第5区に奴隷を商っている店がある。
ここがルクティの街唯一の奴隷が購入できる場所である。
唯一であるから大きいのだろうと想像し、
いざ実物を見てみると、
それをさらに超える大きさで見る者を圧倒する。
通常の飲食店の何十倍以上の大きさで、
第5区の北側の大きな部分を占めているのだから、
初めて見る人はまず一様に驚く。
「でかっ」
六太も初めて訪れ、予想通りの反応をしていた。
もちろん一つの商会でこれだけのサイズの店舗は
維持するのが難しい。
あくまで、国の方針で奴隷商会を管理しやすいように
まとめられているのである。
また、あまり印象のいい商売ではないので、
周囲の住民への配慮から、
全ての奴隷商会を一箇所に集め商いをさせることになっていた。
六太が奴隷の百貨店とでもいうべき場所の入口をくぐると、
早速案内係の腕章を付けた
20代半ばくらいのキレイな女性が近づいてきた。
「いらっしゃいませ。
本日はどのような奴隷をお探しでしょうか?」
やはり印象の悪い商売ほど、
店員さんはしっかりしているようだ。
六太はその愛想のいい女性案内係に、
「今日は護衛を探しに来たのですが━━」
と六太は告げる。
女性案内係は入口近くに設置されたイスまで六太を案内すると、
そこで求めている奴隷について性別や能力などを尋ねた。
六太は、大した条件は決めていなかったが、
・亜人が多い領地に行くことを考えて亜人。
・一緒に長いこといるなら男性より女性。
・長期的に護衛してもらうために無制限奴隷。
といった条件を伝える。
女性案内係は条件の確認が終わると、イスから立ち上がり、
六太を護衛用の女性のいる建物の一角に連れて行った。
「ここの建物内にいる奴隷は
皆お客様のご希望条件である
【女性・亜人・護衛が務まる強さ・無制限奴隷】をクリアしております」
宿屋ファインより大きいかもしれない建物を
指差して女性案内係は説明した。
「ここもでかっ」
もう少し条件絞らないと対象の奴隷を見るだけでも
一日で終わらないかもしれない。
六太の条件は緩かったようで、対象者がかなり多いらしい。
圧倒されすぎて単純な感想しか出てこない六太は、
あれよあれよという間に建物の内部に案内される。
建物の中は特に豪華というわけではなく、
庶民の宿屋やアパートと同じような質素な造り。
それを見て六太は大分落ち着きを取り戻す。
前を行く女性案内係は、
早速お勧めの奴隷の部屋へご案内。
といった流れで進んでいたが、
「す すみません」
「はい、なんでしょうか」
六太は女性案内係を呼び止める。
「とりあえず、該当する奴隷で一番高い奴隷と
一番安い奴隷を見せてもらってもいいですか?」
その言葉を聞き、一瞬女性案内係の目が鋭く光った。
女性案内係は、今日最初のお客がまだ歳も若い男性だったので
がっかりしていた。
身なりも特にいいわけでもなく、冷やかしだったら最悪である。
女性案内係の給金は、付いたお客の購入金額によって
変わる歩合制になっていた。
だから、あまりお金を持っていなさそうなお客や冷やかしのお客には
時間を使いたくないのが正直な所だった。
とはいえ、手を抜くわけにもいかないので、
対応は丁寧にする。
割にあわないと女性案内係に心の中で愚痴っていた。
条件を聞くと、やはり適当だった。
冷やかしの可能性もまだ消えない。
安めでほどほどの奴隷を紹介しておくか。
そう思っていたのだが、お客の若い男性は、
ただ勧められる奴隷から選ぶことを拒否する。
そして、奴隷の相場を探るような行動を始めたのだ。
面倒ではあるが、冷やかしとは違う。
あるいは、と微かな希望を抱く。
女性案内係はお客様が望まれるように
正直に行動することを決めた。
「こちらが最も高い奴隷で、798万ジェジェです━━」
女性案内係は一階の廊下の奥へと六太を案内した。
その場所にある部屋にいたのは、耳が少し長く
年頃は20代前半くらいで、175cmはありそうな背の高い美人。
「━━ハーフエルフなので顔も整っており、
牛人族の血も入っているので純粋なエルフ族より胸も大きく
体力もあるので、護衛としても夜の相手としても逸材です。
護衛専用という訳ではないので、
その点では他の亜人に負ける部分もありますが、
この奴隷はガリアナ王でも高名な薬師の弟子で、
本人も一流の薬師です」
「……なるほど……」
六太はとても美しい奴隷に心躍っていたが、
薬師と聞いて冷静さを取り戻していた。
こんな所で薬師に当たるとは。
運がいいというか、運命に弄ばれているのかわからないが、
六太は運命に都合良く乗っかることにする。
お金は辛うじてある。
第9区に薬屋を開くために取った見積もり額と
宿屋ファインの風呂設置プロジェクトで支払った額を
地下で見つけた財宝から差し引いても940万ジェジェは残っている。
新しい領地でどの程度出費することになるか
皆目検討が付かないため、
若干手持ちが減るのは不安ではある。
しかし、望んでいた出会いが目の前に現れたのならば、
それをどうするかは自分次第であることも、
この世界に来て学んだ。
その学びに従い、六太は購入することを決めた。
「では、一番安い奴隷を見せて貰えますか?」
購入することは決めていたが、
当初の予定通り一番安い奴隷も見せてもらう。
もしかしたら、そっちにもいい出会いがあるかもしれない。
「こちらです」
女性案内係に案内され六太が辿り着いた先は、建物の最上階。
到着した最上階の部屋は、
先ほどの一番高い奴隷の部屋に比べると
牢屋のような印象で重苦しい空気があった。
「なんか雰囲気がさっきの一階と随分違いますね」
「ここは処分間近な売れ残りの奴隷が残っている区画ですから」
女性案内係は言いにくそうに説明してくれる。
該当の区画は10部屋程度だったが、
埋まっているのは2部屋ほど。
「普段はこの区画が使われることはほとんどないので、
二人も売れ残っているのは実は珍しいことなのです。
ただその二人というのが、
種族的に嫌われている蒼鬼族の亜人と
二足歩行の人の形が取れず獣の容姿をしている猫獣人の忌み子なので、
仕入れてきた奴隷商人が少し無謀だったという気もします」
奴隷は店舗に置くだけでも、食費やら訓練費やらがかかる。
そのため、多くの奴隷商人は売れそうにない奴隷は
むやみに買わないのだが、
うっかり読み間違えた奴隷商人もいたということらしい。
ちょっとしたミスで、処分つまり簡単に死ぬような場所に
放り込まれる。
六太は読み間違いで買ってこられた二人の奴隷に
感情移入しつつあった。
「もうほとんど捨て値で、1万ジェジェです。
これでも売れないのが現実ですが……」
女性案内係も人間である以上、
意識しないようにしていても
売れ残りで処分を待つ二人の近くにいるのは辛いらしい。
牢屋のような部屋の中を覗くと、
死んでるように静かに横になっている小さな女性がいた。
その隣の部屋には
部屋の端で丸まっている大型犬並みに大きい黒猫がいた。
「……なんで動かないんですか?」
六太の素朴な質問に、女性案内係は再び言いにくそうに、
「蒼鬼族の亜人の方は訓練中に問題を起こしたとして
懲罰ということで食事を5日間食べてません。
猫獣人の忌み子の方は、家畜に与えるような餌しか
与えられていないので碌に食事が取れていません。
恐らく、危険な所に放り込んですぐ死ぬように
弱らせているんだと思います」
胸がむかむかする。
六太は反吐が出るという言葉がぴったりな気分に
自分もなるのだと初めて知った。
結局奴隷制度は異世界であっても碌でもない。
六太はこの制度を肯定することを諦めた。
「3人とも購入します」
女性案内係は突然六太から告げられたことにすぐに反応できなかった。
しかし、六太がもう一度同じことを繰り返すと、
「あ、ありがとうございます。
では早速お手続きいたしますので、こちらにいらして下さい」
「はい」
女性案内係は恐縮しながら、六太を先ほど上ってきた階段へと誘導する。
3人も護衛を雇うなど考えていなかった。
給金は無制限奴隷なのでほぼ必要ないが、
生活費は全部負担する必要がある。
つい腹が立って買うと言ってしまったが、
大丈夫だろうか。
六太は心中にわだかまる怒りと今後への不安を発散させることもできず、
もやもやしながら女性案内係を追って階下へと移動した。
そして、その日のお昼過ぎには代金の支払いも済ませ、
ほとんど動けない蒼鬼族の亜人と猫獣人の忌み子、
そしてハーフエルフの薬師を荷車に乗せて奴隷商会の区画を後にした。
三人の首には真新しい銀色の首輪が付けられていた。
奴隷の証しである。




