3-23瀕死
「……うっ」
体が重い。岩でも上に乗っかっているようだ。
六太は体が緩慢ではあるものの
なんとか動くことに驚いていた。
そして、彼以外でも驚く人が一人━━
「あら、まだ生きていたのね」
妖艶なメイド、もとい『盗賊のお姉さん』は、
六太から発せられる呻き声に驚いていた。
しかし、六太は呻くことはできても
立ち上がる力はもうない。
辛うじてできることといえば、
側に近づいてきた盗賊のお姉さんの足を見ることくらい。
「丈夫なのって私好きよ。
人間でもモノでも」
美しくあだっぽい声ではあったが、
今は呼吸をすることすらやっとの六太には
右耳から左耳。
「そうね。ダークエルフのお嬢ちゃんにも
お詫びしないといけないし、
六太くんお願いできるかしら」
自分の名前を呼ばれ、ようやく盗賊のお姉さんの言葉に
意識を向けることができた。
なんで名前を。
六太はさっき始めて見たばかりの女性の口から自分の名前が
出てびっくりしていた。
その感情の変化で、六太が自分の言葉をしっかり
聞いていることを確認した盗賊のお姉さんは、
取り出した紙を開き六太に見せる。
「ここに行きなさい。
きっとダークエルフちゃん、ユールちゃんだったかしら。
あの子……というかあの子の周囲の人が幸せになる資料とお金が
たくさんあるから取りに行くといいわ」
地図が描かれた紙を六太のズボンのポケットに入れると、
「「「チャリンッ」」」
地下室に鐘の音が響いた。
盗賊のお姉さんは目を細める。
「思ったよりクサリちゃんも
早く到着したみたいね」
予想より大分早くやって来たクサリと冒険者が
大神官の屋敷に侵入し、それを知らせる警報音が鳴った。
盗賊のお姉さんは六太の耳元に顔を寄せ、
「怖い人が一杯来たから
私はここから逃げるわ。
あ、そうそう。
私とそこの大神官だったものとの関係は
秘密にしてくれると、お姉さん嬉しいな」
そう言葉を残すと、
盗賊のお姉さんはあっという間に地下の大広間から
姿を消した。
六太の意識もそこで消えた。
その場には、
大神官の亡骸、六太のシビレネズミの亡骸。
息が辛うじてある獣人の二人、
鹿男ニバと腕を失った蜥蜴男ギュリゲ。
そして、意識を失っている六太とユール。
誰一人動けるモノはいないその場所は、
光を失った魔方陣が消え、
今はただの地下墓所のようであった。
「ここには誰もいないぞッ」
「この地下の他の部屋にもいない」
冒険者から上がってくる報告を聞き、クサリは焦っていた。
六太さんからの報告が間違っていたのか、それとも……
第2区の大神官の屋敷にある地下牢でクサリは
立ち尽くしていた。
クサリは冒険者ギルドに協力をお願いし、
彼らの保有する戦力を借りることに成功していた。
突然の依頼だったにも関わらず、天はクサリに味方した。
ギルドマスター主導で進めていた有望な若手育成プロジェクト。
その将来有望なメンバー━━━━━━ではなく、
そのメンバーの教官として招かれていたA~Cランクの凄腕な冒険者達。
次の訓練を受け持つため、若手パーティーが街に帰ってくるのを
その夜はギルド内の宿舎で待っていたのだ。
寝ているところを起こされ不機嫌になっていた凄腕冒険者達は、
クサリの懇願により、助力することを決める。
彼らを連れて、すぐにクサリは第2区の大神官の屋敷に乗り込んでいた。
しかし、六太から伝えられていた場所に
鹿男ニバと蜥蜴男ギュリゲはいなかったのだ。
クサリはどうしたらいいのか分からず立ち尽くし、
一緒に来ていた剣士の男性冒険者が言う.
「場所が違ったってことか━━」
「ちょっと待って……」
魔法使いの女性冒険者が、何かに気付いたのか、
目を閉じて意識を集中させている。
「魔素が異常な場所が近くにある。
すぐ近くの……地下」
「ほぅ。ならばそっちが正解なのかもな。
どのくらい離れているか分かるか?」
無手の女性冒険者が魔法使いの女性冒険者に聞く。
「こっちの方、30mくらい先」
魔法使いの女性冒険者が指差す方向を皆が見る。
ついさっきまで手がかりを全く失っていた所に
湧いた一つの希望。
それを頼りにクサリと他の者も動き出す。
「ならば、入口はその周囲のどこかにあるだろう。
まずは地下の該当の場所の上辺りを探そうか」
剣士の男性冒険者の提案により、一度大神官の屋敷の中へと
戻ることになった。
そして、まもなく六太らが入った入口を見つける。
幻獣の召還は成功した。
ただし、大神官の予定からは少しズレた形で
この世界に顕現することができた。
召喚魔法を使うには、魔方陣を特殊な砂で描く必要がある。
そのため、風が吹くような場所では使えないとてもデリケートなものだ。
さらに、強力な魔方陣を使うためにはそれだけでは足りない。
魔字で魔力の流れを調整した部屋も必要だ。
そして、召還後にも問題はある。
『依代』と『契約』の問題である。
幻獣は召還されて顕現しても少し経つと体を保っていられず
また元の世界に帰ってしまう。
そのために、こちらの世界での体が必要となる。
しかし、どんな体でも良いわけではなく、
神の祝福を受けられる程度の魔素の器を持つことと、
まだ成長する余地がある若さを持っていることである。
これらの条件を満たす『依代』であれば、
幻獣をこの世界に留める体として使うことができ、
一つの問題が解決する。
そして、『依代』に幻獣が乗り移ることができても、
次の問題がある。
それは、幻獣は違う世界の存在のため、
『依代』の中にあっても魔素を補充できないということだ。
そのため、この世界の人と『契約』をし、
魔素を契約者から供給してもらうための経路が必要となる。
この条件も満たされれば、『契約』の問題も解決である。
今回、大神官の予定していた召還と違った所は、一点のみ。
『依代』がハーフダークエルフのユールではなく、
シビレネズミのミミーになったこと。
ミミーがただのシビレネズミならば、
『依代』として不適格ということになり、
少しの間幻獣が顕現し消えるだけである。
しかし、ミミーはただのシビレネズミではなかった。
【不浄】の神の祝福を受けていた。
そして、六太という【ネズミ使い】と既に契約関係にあった。
そこにはスキルによるものなのか、
はたまた六太とミミーとの信頼関係によるものなのか、
かなり強く魔素をやり取りできる経路があった。
さらに、ミミーが魔方陣内に投げ込まれる瞬間が、
まさに生から死へ変わる時、
最も【不浄】の力が強くミミーの中へと流入する時であった。
これらの状況が重なり、今回呼び出されようとしていた
【不浄】の幻獣は完全な状態で呼び出されていた。
「ぅわっ」
「ひどいな」
第2区の大神官の屋敷一階にある書庫から
隠し階段を下りた先に、クサリと凄腕冒険者達はいた。
そして、その場所で、凄惨な光景を見ることとなった。
床には蜥蜴男の腕を中心に大きな血溜まりが広がっている。
人の少年、鹿男やダークエルフの少女も倒れている。
さらに大量のシビレネズミからは
焼け焦げた嫌な臭いが部屋中に溢れていた。
「……この血の量は、危ないな」
無手の女性冒険者が床の血溜まりの大きさから判断した。
人であれ、獣人であれ三分の一の血が抜けると失血死の危険が出てくる。
動脈が切れていると四分の一でも命の危険に晒される。
2Lペットボトル一本くらいは出ている現状は
死んでもおかしくない状態なのである。
無手の女性冒険者は部屋の端に落ちている右腕を拾い上げるが、
腕からは焼け焦げた臭いがする。
「これはダメだな。
切断面がキレイだからくっつくかと思ったが、
さすがにこれだけ焼けてしまっていると戻らん」
クサリは悲痛な表情で無手の女性冒険者の一挙一動を見守る。
「「「ハイヒール」」」
無手の女性冒険者が叫ぶと、蜥蜴男の右肩の付け根の傷が
あっという間にふさがる。
【ハイヒール】は『慈愛の女神』の祝福を受けることで可能になる
上級スキルである。
ヒールによる治療では治せないような重大な傷も、
このスキルでは治すことが可能になる。
「手遅れでなければ、これで大丈夫だろう」
「こっちの獣人も息があるぞ」「人は……まだ生きてる」
「ダークエルフは気を失っているだけだ」
クサリはそれを聞いて安堵した。
助けに来るのが遅れてしまい、こんなヒドイ状態になったことを
一命をとりとめたからといって
許される訳ではない。
それになぜか倒れている六太と匿っていたはずのユール。
きっと財政官の屋敷にいたことで巻き込んでしまったのであり、
助かったからといって
許される訳ではない。
でも、よかった。
クサリは壁に背中を預けながら、
ハイヒールで大切な仲間が回復される様子を見ていた。
ホントに良かった。
これで終わりになるか、はたまたこれからも
厳しい状況が続くのか分からないが、
クサリは今は皆が助かったことを喜ぶ。
そして、応急処置、もといハイヒールによる治療が終わると、
怪我人は背負われて地下室を出て行く。
広い場所があるクサリの屋敷まで連れて行かれるのであった。




