1-4貧乏暇なし
ガスティの家は村の端にある。
カークルというヨルチアの森に多く生えている木で
作られたかなり古い何の変哲もない小屋である。
ひゅぅうぅ、と隙間風が入るような
貧乏人が住んでいそうな家である。
事実狩人ガスティは貧乏であった。
しかし、そんなガスティでも、万一何かあったときの蓄えを用意してあった。
病気などの緊急の出費の場合のために、
多くの人がするようにガスティも備えをしていた。
自宅にある棚の左下引き出しを二重底にして
へそくりを隠していた。
ただ、そもそも二重底にする以前に、ボロいこの家に
泥棒や強盗が入る気が起きるのか甚だ疑問ではあるのが、
そこは本人の気分の問題である。
それは置いておくとして、
今はもうそのへそくりもなくなってしまった。
ガスティは最後の蓄えを使いきっていたのだ。
ゴブリンハーフの少年六太を助けるために、神官に見せ、
看病をしたための出費。
緊急故にけちっている場合ではないのだが、
二重底からへそくりを取り出すガスティの手は震えていた。
しかし、彼の万が一の蓄えを使い切ったおかげもあり、
六太は目を覚ました。
今や六太は何事もなかったかのように
外を歩き回れるまでになっている。
初めて村の中を歩く時のキョロキョロと驚きながら見ている姿は、
微笑ましいものがあった。
未婚のガスティも息子ができたような気分に
まんざらでもない様子である。
実際、ゴブリンハーフを見つけた者が
その者に対して責任を持たねばならぬという王国の法律がある。
それゆえ、血縁関係はないが、
ガスティは六太の後見人であり、すなわち父親同然の存在であった。
ただ、それは養う家族ができてしまったということでもあった。
ガスティの稼ぎの腕は昨日までとなんら変わらないにもかかわらずだ。
どうすっぺ。ガスティはない頭で悩んではみたが結論が出るはずもない。
唯一の救いは六太が言葉を喋れ、ゴブリンのように低能ではなく
普通の人の子と変わらないこと。
「あのな、お前に矢を当てて本当に申し訳ないとは思ってるんが、
ワシは見ての通り貧乏だっぺ。
迷惑もかけたし責任もあるから喰わせてやりたいのは山々でも、
すまんが、お前もキノコや売れそうな草探して欲しいっぺ」
ガスティは言いにくそうに言葉に詰まりながら、
六太にそうお願いしてきたのは六太が目覚めた二日後のことだった。
目が再び覚めてから数日。
H王子市のアパートから大自然の森の中。
森の中から今度は教会の一室。
目まぐるしく変わる周囲の環境を理解し受け入れるまでには
少し時間がかかった。
とりあえずどうしてこうなったのかは分からないものの
置かれている状況はおおよそ理解することができた。
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・元々住んでいた日本のH王子市のアパートではないこと。
・魔物がいて、魔法やら剣やらのある異世界のド田舎であること。
・自分は人の姿ではあるもののゴブリンハーフという好感度低めな
種族になったということ。
・そして、貧乏な狩人が親代わりであり、貧しい生活が待っていること。
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H王子市の頃より貧乏になったみたいだが、
命があるだけ感謝するべきなのだろう。
少しがっかりはしたものの、それでもとにかく若くなって、
新たな生活を手に入れたことはラッキーなのだ。
六太はそう思い込むことにした。
六太はヨルチアの森へと入っていくガスティを見送っていた。
ガスティを見送ると籐の籠を背負い、オンボロ家の扉を閉める。
これがまたやたらに重い。
横にスライドさせて開けるタイプなのに、スムーズにスライドしない。
これはコツがあるっぺ、とガスティは言うが、
住み始めて数日では六太はまだその奥義を習得できていなかった。
なんとかオンボロ家を出て、植物採集ができる浅い森へと向かう。
村の中を歩く六太は、この数日間で既に見飽きていた。
見るモノがあまりないのだ。
質素な家や商店があるものの、
小さい村なので一日で回りきれてしまった。
それに物珍しそうに眺めていると、周囲の視線が痛い。
籐の籠を背負う六太の姿は村にマッチしており、
村人の視線は問題ない。
しかし、視線問題は解決しても、六太の足どりは
背中の籠に岩でも入っているかのように重かった。
死んだと思った時に決意したことがあっても
それと生活水準が著しく下がることの辛さはまた別だったらしい。
「とにかくまず今日の糧のため、森に行くか。
生き続けないとなんにも始まらないし」
自分に言い聞かせるように六太はぶつぶつと呟きながら、
ガスティに教えて貰った植物採集場所へと歩いて行った。
ヨルチアの森は初心者であっても、森の入口付近ならなんとかなる。
六太は鬱蒼とした森の入口に立っていた。
この付近は木の数が少ないようで、日の光が地面に差し込んでいる。
六太は森への冒険に出るのであった━━
とナレーションを入れ異世界での新生活を演出してみる。
ただし、六太の背中には冒険者らしくない装備の籠があるのみ。
機会があれば、剣とか装備したいかもと考えながら、
六太は森の中へと踏み込んで行く。
「ぅわっ!!」
虫もいるし、小動物もいるし、突然出てくるからびびりはする。
周りに子供がいたら、きっとバカにされただろう。
しかし、大人になると、
子供の頃触れていた虫が気持ち悪くなったり、
おっかなくなったりということはあるんだ。
断じて、虫が初めから恐かった訳ではない。
誰にバカにされている訳でもないのに、
六太は懸命に言い訳を考えていた。
とりあえずもう少し奥へと進もう。六太は足を進める。
虫や小動物も恐いが、どこまで続いているのか分からない
森という存在自体も恐ろしい。
巨大な存在はやはり畏怖の対象となりうるらしい。
いつでも森の外に逃げ出せるように、
開けた所から100m位の所で植物採集を始める。
六太が進めた距離はそれだけであった。
「大丈夫。大丈夫。
何も起きない内から考えすぎて進めないのじゃ
前の人生となんら変わらない。
とにかく何か起きたらそれから全力で逃げ……対処する方向でいこう」
と六太は折れそうな心を鼓舞しながら、
植物を引っこ抜いてはキョロキョロの周囲を見渡す。
いつのまにか背後に近づかれていたらと思うと、
とにかく今は恐いらしい。
素早く身を屈めターゲットの植物を探していく。
これかな、それともこっちかな。
ガスティからどんな植物を取ったらいいのかは一応レクチャーされていた。
それでも、写真があるわけでなし、
拙い絵を地面に描いて説明されただけだとよくわからない。
仕方なくそれっぽい形や大きさのものを探す。
「……だめだ、よくわからない……」
汁物に使えるシルタケや芋の味に似ているイモニソウ、
肉の臭みを抜くカクダミが六太の目当てである。
ガスティは、それほど見つけるのが難しいものではない、と言っていた。
しかし、キノコも草もどれも似たように見える。
わからないものはわからない。
探しているのはどれも10級食材として庶民の食卓に良く乗るもの。
この世界の食材はどうやら階級分けされているようである。
六太には馴染みがなく不思議な感じではあったが、
階級が高いほどなかなか取れないという意味程度の理解でいいらしい。
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1~5級: 神の供物となる物
一つ手に入れることができれば、生涯喰うには困らない
ほどの金が手に入れられるという
6級: 王クラスが食べる物
7級: 王族や大司教クラスが食べる物
8級: 貴族クラスが食べる物
9級: 豪商クラスが食べる物
10級: 庶民クラスが食べる物
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モンスターや強い獣、秘境に生える植物など、
当然等級が高いほど手に入れにくくなっているとのこと。
特に5級以上の食材は神に捧げることで恩恵を得られる可能性があり、
非常に高値で取引されているらしい。
ただ、長年この世界で生きるガスティも
7級以上の食材は見たこともないというのだから、
今の六太にはどうでもいい分類であった。
「それにしても本当にこの辺に生えてるのかよ~」
森の入口付近とはいえ、インドア派の六太には居るだけで疲れる
緑一色の世界。
まったく見つからない状況に焦りはない。
それでも成果のない草むしりなどが楽しいわけがない。
「あぁぁ~ッ、もう見つからないっ」
あっという間に六太の集中力は切れる。
「そうだ!?
はじめは誰もが失敗するのが普通。
そう普通。
つまり芳しい成果が得られなくとも問題はない」
六太は割り切って、最速で作業を終えることに目標をシフトした。
教えられた形のキノコや草に似ているモノや
ぱっとみそうみえなくもないモノ、
キノコや草というカテゴリーで同じモノを適当に引っこ抜いていく。
「これも、これも」
次から次へと背中の籠に六太は草やキノコを入れていっていると、
「!?」
森の奥から怪しい視線を感じる。
気のせいかもしれないし、そうでないのかもしれない。
じっくりと森の奥を見つめ、聞き耳を立てるが特に変化はない。
なんかやばいか?
つい最近転生するまでは
自然の中で己の中の野性の勘をフルに発揮する機会がなかった。
そんな錆びついた勘でも、なんとなく危険な感じがする。
視線を森の奥に固定したまま、六太はゆっくりと後ろに下がる。
一歩また一歩と森の外へ近づくと、
視線がなくなった気がした。
「ふぅ~~、大丈夫そうだな」
しかし、流石にもう一度森の奥へと進む気にはなれず、
小走りに森からエスケープして一休みした。
まだ森に入って20分も経っていなかったが、一休みした。
かなり長めに一休みした後にまた少し適当な植物採集をすると、
日が傾き出す頃には、背中の籠が一杯になった。
この村には街灯などというものはない。
日が沈めば、辺りは真っ暗闇である。
そうなる前に帰らねばと、六太はまだ日が沈むには時間があったが、
全力寄りの小走りで家路を急ぐ。
━━果たして喰える物は取れたのだろうか?
六太はそれが少し気になった。
行きと違い籠の中身は一杯で重くなり、
おまけに肉体的より精神的疲労が大きく、
六太はぐったりとしながら村の中を歩く。
突き当たりの道を左に曲がると、すぐに新しい我が家が見えた。




