3-17誤算
「おい、……生きてるか」
両肩が外されて後ろ手に縛られた蜥蜴男のギュリゲが
牢屋の石の壁に上半身を預けて訊く。
「………………あぁ」
鹿男のニバは起き上がることも身動き一つすらせず、
冷たい石の床に頬を付けたまま答える。
「なんでお前まで捕まってるんだ?
別行動……していたはずだろ」
大神官の妖艶なメイドを尾行するのをギュリゲに任せ、
確かにニバは別行動をしていたはずである。
実際、ギュリゲが捕まった際にも一緒にはいなかった。
しかし、今は同じ牢屋に入れられている。
「……あの妖艶なメイドにばれない……ように
……俺はお前の後ろから二重尾行し
……してたんだが、どうやら……
それすらもあの女にはばれていたら……しい」
どうやら体は麻痺毒が回っているらしく、
ニバは舌がもつれている。
ギュリゲは苦々しげに呟く。
「完全にあの女の掌の上か……」
「……最悪だ……」
そのニバの言葉に同意するかのように、
ギュリゲは俯き、舌打ちする。
自分たちの力なら大神官と貧民街の獣人拉致の関連について
調べられると思っていた。
けれど、完全に力を見誤った。
ギュリゲもニバも各々の身が獣人会で背負う責任は
軽くないことを知っている。
だからこそ慎重にしたつもりだが、
捕まるという最悪の結果になってしまった。
「クサリに迷惑がかからないといいが」
「……どうだろうな……
すくなくとも……既に心配は……
……かけてる」
「……そうだな」
二人は傷ついた体を少しでも回復させ、
チャンスが来るのに備えていた。
いつ殺されても不思議ではない状況だが、
この冷たい石の牢獄で、二人は死ぬまで機会を待つつもりでいた。
六太は【ネズミ使い】であることを基本的に人には
黙っている。
長い時間一緒にいる相手、例えばシノギやラクアやユールには
ばれて打ち明けていたりするが、
極力この非常に珍しいスキルは秘密にしている。
もちろんそれが六太の【切り札】だから。
それ故、クサリにも秘密にしていた。
つい昨夜までは。
六太は鹿男ニバと蜥蜴男ギュリゲの行方が分からなくなったと
クサリから相談され、【ネズミ使い】の力を使うことを伝えた。
「初めて聞きます、そのスキル……
【牛飼い】のようなスキルなんでしょうか」
クサリは珍しいスキルに興味を惹かれたようだが、
そのスキルでの調査をするという六太の提案に乗った。
六太も見つけることならできるだろうと考えていたので、
発見後すぐに騎士団の派遣ができるようにクサリにお願いし、
相棒であるシビレネズミのミミーに調査をお願いする。
なんかお願いしてばっかだな……っ!?
六太は気付く。
ただ珍しいスキルを所有しているだけで
実質的に何もしていないことを。
クサリの屋敷の一室の大きなベッドの上で
六太は一人横たわり、空しい気分になるのであった。
昼間の草むしりの疲労感にまかせて眠りに落ちる。
そして、書斎でクサリと話し合った翌日、
六太はユールと共に庭の草いじりにまた没頭する。
鹿男ニバと蜥蜴男ギュリゲ、そして大切なネズミ達が
死なないことを祈りながら━━
『見つかったわ』
『早っ!!』
六太はミミーの報告に驚き、草ではなく危うく自分の足を
刈りそうになっていた。
まだ調査を始めてから一日弱しか経っていないのに見つければ、
驚かない方が不思議だろう。
「……アッ、ミミーちゃん」
と六太の肩に乗っているシビレネズミに、
草刈り中のユールが気付き声をかけてくる。
やはり小動物の可愛さには抗いがたいものが
あるのかもしれない。
それにしても、本当にただのネズミなのだろうか。
六太は、六太の肩から近づいてきたユールの肩へと
飛び移るミミーを見て思う。
意志の疎通ができるのはスキル保持者とだけなので
普通でなくとも理解できなくもないのだが、
ネズミ達の調査能力は圧倒的としか言いようがない。
数は108匹。
それほど多くない数で広大なルクティの街から
二人の獣人を捜し出すのは異常だ。
『六太、もしかして気付いてないの?
私が不浄の神の祝福を受けていること』
『へっ!?』
『それがなければ、ここまで六太と細かく意思疎通を図るなんてできないし、
仲間と連携取りながら不浄な地下を移動したりして
素早く調べるなんて不可能でしょ』
六太は全く気付かなかった。
ミミーが突然カミングアウトしたというより、
与えられた力に対して何の疑問も抱かずに六太が受け入れていただけ。
【ネズミ使い】とは随分便利なスキルだな~、と気楽に思っていたが、
もっと細かくミミーに確認を取っておけば簡単に気づけることだったりした。
『そ、そうでしたか……』
六太は己の失態にいたたまれなくなりながら、
ひっそりと草刈りを中断し、予め用意しておいた紙に
ミミーが二人の獣人を発見した場所を書き記す。
そして、その小さな紙をミミー用の小さなバッグに入れて、
クサリの元へと持って行ってもらう。
ミミーの姿はすぐに六太の視界から消え、
六太は無心になって草を刈りまくった。
「仕上げはもう少し時間を要すると
考えいたんですが、
嬉しい誤算ですね」
ルクティの街の『教会の長』である大神官は、
第7区の自宅の応接室で机の上に置いてあるモノに魅入っていた。
それは
【王草】
六太とユールの草刈りにより見つけられ、
ファイン商会に売却を依頼したモノである。
当初はファイン商会が王都のオークションにかけて
売るという予定だった。
しかし、ここ数年市場に出ていなかったこともあり、
売却額は1億ジェジェを超えてくるだろうとファイン商会は予想していた。
そこに、どこで聞いてきたのか、
同じ街で縁の深い大神官から売って欲しいと打診があった。
ファイン商会の現当主(見習い)のライトとしては、
恩義を受けた六太からの依頼品ということもあり、
できるだけ高値での売却を優先させるつもりでいた。
通常市場に出れば上限7500万ジェジェくらいの値がつくであろう
【王草】が、今回は久々ということもあり、
さらに高値がつくはずである。
そのような状況で、いくら同じ街の大神官の頼みでも
簡単に売るわけにはいかない。
だが、
「5億ジェジェで売ってもらえませんか?」
大神官の付け値は法外なものだった。
恐らくオークションに出しても
こんな金額では誰も買わないだろう。
当主(見習い)のライトや同席していた前当主ハロルらも
顔には出さなかったが、驚いていた。
さらにライトらが特に渋ったわけではなかったが、
大神官は1億ジェジェプラスしてくる。
同じ街の『教会の長』に対して敵対的に対応するのも
いくら六太への恩義があるとはいえ、商会としてあまり良くない。
ライトはその場で決断し、
ファイン商会は大神官に6億ジェジェで売ることになった。
「では、こちらをお納めください」
必ず購入するというつもりだったようで、
売買成立後すぐに大神官の後ろに控えていた妖艶なメイドが
1枚1000万ジェジェの白金貨を60枚取り出し、
王草と交換して取引は完了した。
「これでやっと幻獣の召還が
完成する……」
「後は神の祝福を持ったモノを
最後の生贄に連れて来るだけ。
いる場所は分かっていますから
今晩にでも連れて参りましょう」
妖艶なメイドは大神官にそう告げると、
応接室を退室する。
窓からは西日が差し込み、第7区にある
大神官の住処は徐々に暗闇の中に消えていく。
まもなく日が暮れる。
同じ頃第2区にいる六太がクサリへと連絡をしていた。
この夜六太から連絡を受けたクサリが騎士団を動かす。
しかし、騎士団は実は大神官の息がかかっている。
そのため、クサリの命令があっても騎士団が出るまでに
数時間の猶予がある。
夜に命令を出しても大神官はそのことを騎士団到着の遥か前に知り、
逃げおおせる。
もちろん、今回は大神官も妖艶なメイドも逃げるつもりはない。
なぜなら、圧倒的な強者となるからである━━
「どういうことです。
私はすぐに先ほど伝えた場所に
言ってくださいと……命令したのですが」
「承りました。
ただ、なにぶん夜遅いということもあり、
また団長も不在でして、
部隊の召集や出動手続に時間がかかりそうでして……」
「!?
……待ってください。緊急出動の準備は常にしてある
はずではないですか」
「え~ぇ、その通りなのですが、
ついこの間騎士団の内規が変わりまして
少し運用に混乱が生じているところもあったりしますが、
……財政官殿のご指示に従い可及的速やかに対処します」
バカにしているようにも見える態度で騎士団の副団長が敬礼をし、
クサリの財政官執務室を出て行った。
何もできなかった。
クサリは唇を噛み、抑え込んでいた感情が溢れないように堪える。
六太からの送ってもらった情報を元に
クサリはすぐに騎士団を動かそうとした。
けれども、どうやら騎士団は大神官の息がかかっているらしい。
ここに来て騎士団との関係を良好にし、
しっかりと支配下に治めていなかったことのツケが回ってきた。
組織図で幾ら命令権を持っていたとしても、
動いてくれる人がいなければ意味などありはしない。
「……ごめんなさい、ニバさんギュリゲさん……六太さん」
クサリは一人になった財政官執務室で、
己の無力さが情けなさ過ぎて
就任以来我慢していた涙を流してしまっていた。
その後騎士団が動き出したのは、
明け方になってからだった。




