3-15獣人会
第2区。
どの家も大通りに面した門から屋敷までが遠い。
それが並んでいると、ぱっと見広い公園が広がっているように
見える。
各庭は庭師の手入れが行き届いており、大きな見栄えのいい
キレイな花がたくさんある。
「これが勝ち組という奴なのか……」
六太は大通りを歩きながら、屋敷のバカでかさに呆れていた。
「これじゃ庶民感覚はムリだな……」
本来ならば庶民がこの地区に入ろうとした段階で、
すぐに警備員につまみ出されてしまう。
それでも一人で六太が歩けるのは、
このルクティの街のトップである財政官クサリの御墨付きが
あるからに他ならない。
「「コロ~ん♪」」
第2区に入ってよく見られる大きな門のところで、
六太はボタンを押す。
すると、屋敷の方で鐘が鳴る仕組みらしく、
鐘の音を聞いて老執事が出てくる。
「六太様でございますね、
こちらへどうぞ」
恭しく振る舞うその老執事の後ろを六太は歩いて
屋敷へと向かった。
居心地が悪い。
あまりに丁寧に対応されると、
慣れていないせいもあり六太は少し逃げたくなっていた。
あまり手入れがされていないのがわかる庭を横切って、
六太は白を基調とした大邸宅に辿り着いた。
「ユールさんはこちらの部屋です」
大きな観音開きの扉が開かれると、
広い部屋の隅の方にあるイスに座り、
両足が床に届かないためぷらぷらさせながら
本を読んでいるハーフダークエルフのユールがいた。
ユールも居心地が悪いんだな。ムダに部屋が広すぎるし。
六太はユールの状況を一瞬で喝破した。
「では、ご用がある際はお気軽に
お呼び下さい」
そういうと老執事は下がっていった。
「おはよう、ユール」
「………ぉはよぅ」
元気がいつもより少しない印象を受ける。
これまでは獣人会の面々が彼女の家族のように
一緒にいつもいたのに、そこから離れるのは寂しいのだろう。
大好きなクサリが一緒にいればそれも大分違ったかもしれない。
でもクサリは財政官という要職にある身。
ほとんど家にはいない。
だからクサリに呼ばれたんだろう。
六太はそう考えていた。
「ユールはおとといからこっちに来てるんだろ。
もしかして本読む以外することないとか?」
頷くユール。
ユールの周りにはモノが特になく、
モノといえば手に持っている分厚い本くらい。
「庭とか少し歩かない?
せっかくこんな大きな家に来てるんだし」
六太の提案に少し考えるような素振りを見せると、
ユールは頷く。
ユールは本をイスの側にある机に置き、
とんっ、と床に下りる。
「「「がちゃっ」」」
ユールと六太は屋敷外へ出てきた。
老執事からは庭師がいないので手入れがあまりできていないため、
汚れてもいい服装を渡され長袖長ズボンに麦わら帽を渡された。
着替え終わり、さて庭へという段階でさらに、
肌がかぶれる毒草などがある可能性もあるので、
邪魔な草や木は切ってくださいと、ナイフと枝きりばさみ、
草刈り用の鎌を渡された。
「なんかちょっと庭に出るだけのはずが
探検みたいになっちゃったな」
「……ぅん。
でも……ちょっと楽しみ」
色々と新しいモノを装備させてもらい探検へ。
なにか凄いものが見つかるかもと少しだけ期待させるような
わくわくする気分を二人とも味わっていた。
ここの庭は、屋敷の周りと門から続く道の周囲には手が入っていた。
それ以外の場所は、基本草や木が生い茂り、
花も咲きたいように咲いている。
どうやら土壌は栄養豊富で、植物の育ちはラノンベルヌの森にも
匹敵するほどいい。
「よし、こっちに道があったみたいだから
こっち行こう」
六太は手に持った枝きりばさみで行く先を指しユールに提案する。
その先には地面に道らしき敷石が微かに見えており、
すぐに六太の腰より高い草に隠れてしまっていた。
「……ぅん」
ユールも恐る恐るではあるが、行く覚悟を決めたようだった。
━━が、その計画は儚く散った。
六太の腰より高い草は、ユールが進むには厳しすぎた。
全然進まない。
草の壁がユールの侵入を拒んでいた。
「仕方あるまい。
やるか」
それに同意するユールの手には草刈り用の鎌。
六太の手にも同じ装備。
「「「いくぞっ」」」
二人は目の前の分厚い草の壁に挑む。
鹿男ニバと蜥蜴男ギュリゲは、第8区の建物の上でこっそりと
昼飯を喰っていた。
貧民街の行方不明者と大神官との関連している疑いを
クサリに報告してから三日。
それ以前からの調査で大神官の行動範囲のおおよそは掴めていた。
もちろんおおよそではあるが。
しかし、大神官は隠れるのが得意なのか、しばしば見失う。
それゆえ、現在
ニバとギュリゲは大神官の側でいつも横に控えている
妖艶なメイドの尾行をしていた。
「なんか、森で獲物の隙を待つために
尾行するより難しくね?」
「くっ」
鹿男ニバは顔を顰めた。
大神官よりは尾行しやすいかと考えていた妖艶なメイドだったが、
むしろ大神官より尾行しにくい。
というよりバレている気すらする。
なんだこいつらは。
ニバは予想以上の連中を相手にし、徐々に参ってきていた。
それでもニバを奮い立たせるのは、やっと人並みの生活が
できるようになりつつあった獣人会の存在があった。
始めは貧民街で子供が生き残るために数人で一緒に動くようになった。
その頃からの付き合いが蜥蜴男のギュリゲであり、
獣人会の創設者ということになる。
他にも数人いたが、冒険者として活動し出した時や
大人との争いの中で命を落としたり、大怪我をしたりして
中心的に活動しているのは二人になってしまった。
しかし、それを超えるスピードで新しい仲間が
増えていった。
獣人だけでなく、同じように社会的弱者である
人と亜人のハーフやドワーフなどの亜人も
参加し出して、かなりの大所帯に今ではなっている。
特に大きくなったのは、獣人を誘拐していたとある奴隷商人を潰した際。
百名を超える大所帯になり、
「今日から食料調達班作ろうぜ」
蜥蜴男ギュリゲのまともな提案に驚かされた。
脳筋のはずがどういうことだ、と考えなかったといえば嘘になる。
しかし、実に正論だ。
自分の飯すらどうにもできない子供・老人・怪我人や
体を売ることでしか稼ぐ方法がない女。
それらを喰わせることがいかに大変か。
大所帯になるとそれが身に染みて理解できる。
「了解。
古参のメンバーを中心にして、
何チームか作って交代制にするか」
とギュリゲの案を採用してやって来たが、
元々組織にいたことのない連中ばかりで、
すぐに問題が続出し、獣人会は瓦解しかけていた。
そこに、
「す、すみません。こちらに獣人会のニバさんと
ギュリゲさんはいらっしゃいますか」
騎士を背後に連れている女が来た。
もしかして捕まえに来たのか?と思ったが、
手練れであろう騎士の数に逃げようなんて気は起きなかった。
「ニバはオレで、ギュリゲはこっちだ」
ギュリゲが今にも武器を掴みそうなので、
それを制止つつ、対応した。
「あなた方がこの第9区を中心に活動されている
亜人の組織『獣人会』の責任者で間違いないですよね」
「そうだが……なにか問題でも」
ニバは表情を変えずに、騎士の前に立っている
その女性に返事をする。
「い、いえ。問題はないです。
私としてはちょっとしたご相談があるだけでして━━」
それがルクティの街に新たに赴任してきた財政官のクサリとの
出会いだった。
クサリがやろうとしていることは、
まさに獣人会が実現したかったそのものだった。
【亜人が普通に働き普通に生活できる環境】
それはこの国の社会の仕組みに挑戦することを意味していた。
結局は獣人会の規模と能力では小さすぎたということであり、
無謀な挑戦。
そうクサリが来るまでは思っていた。
しかし、クサリは街のトップである財政官として
貧民街の改善に取り組もうとしてくれていた。
始めは半信半疑で話に乗っていたが、
クサリの行動と結果を見て変わった。
クサリは何度も貧民街に訪れ、まもなく護衛も付けなくなった。
獣人会の住んでいる周辺から徐々にゴミが減っていき、
病院や孤児院ができた。
彼女は獣人会にとって、信頼できる『人』となっていた。
「おい、あのメイドが動いたぞ」
「……悪い先に行ってくれ」
「?
なんか大事な用でもあるのか?」
蜥蜴男ギュリゲは鹿男ニバの発言が理解できないようだったが、
「まぁいい、オレ一人でも
女の尾行くらい大丈夫だ」
ギュリゲはそう言うと、颯爽と監視していた屋上から
隣の屋上へと移っていった。
それを見送ってから鹿男のニバは
逆の方向へと下りて人込みに紛れる。
逃げるように路地裏を通り、獣人自慢の脚力で駆け抜けていく。




