3-12大神官への疑い
ルクティの街には地下に色々な施設が作られている。
その最たるモノは下水施設である。
ルクティの街ほどの万単位の人が生活すれば、
汚物が恐ろしいほど大量に出る。
それを処理しなければ、街中が汚物まみれとなり、
悪臭からはじまり疫病の蔓延に繋がる。
それゆえに、下水処理をする施設が非常に大規模に作られ、
それが今日のルクティの街の拡大に繋がったのは自明である。
「ここは相変わらず悪臭が酷いな」
ルクティの街の地下にある下水施設の通路を歩く二人の人物がいた。
この街の『教会の長』である大神官とその妖艶なメイドである。
『教会の長』は第7区の家に住むことが以前よりの慣習となっている。
これは街の中心近くの裕福な者の集まる場所で生活をするのは、
神に仕える身には相応しくないという教会の中枢からの方針でそうなっていた。
「なんとも馬鹿馬鹿しい方針だ。
実際には代々の『教会の長』は皆この地下を通り、
中心部のでかい屋敷に住んでいるというのに、
そう思わないかい」
「そうですね。
果たして人目を気にする必要が
どの程度あるのでしょう。
庶民にとって教会関係者など
特権階級としてしか認識していないですよ」
「くくっ。
痛烈なことを言う。
事実ではあるから何も反論ができんのが辛いな」
全く辛そうでない表情をする大神官は、
足どりも軽やかに地下の通路を進んでいく。
臭いこそヒドイこの通路だが、
通路移動のために用意された浄化の魔法がかけられた
魔道具のローブと
臭いを少しでも軽減させるてめに
風魔法がかけられたマスクまで準備されている。
歴代の大神官の中には良いモノの食べ過ぎで
体重が重くなりすぎ膝を悪くした者もおり、
通路移動用の奴隷まで用意して
背負わせて移動するという逸話もあったりする。
「「ゴゴゥン」」
重量感のある隠し扉がからくりでゆっくりと
音を立てて開く。
第7区の大神官の家にある隠し扉から
地下の通路に出て第2区の屋敷下まで。
地上よりは直線的に目的地に20分もせずに
到着していた。
「ローブとマスクをこちらに」
大神官の後ろで隠し扉が閉じると、
妖艶なメイドに来ていたモノを預ける。
身軽になった大神官は、
数歩先にある金属製の扉を開き、
地上へと繋がる階段を上がっていく。
「わざわざ2階に出口を作るとか
そこまで隠したいなんて
ムダな努力が過ぎる」
大神官は長い階段に不満を口にしながら
屋敷の2階にある出口まで行く。
3階建ての屋敷の2階に出口を作るという変則的な仕組みになっていた。
その秘密の階段は部屋の隙間を縫うように作られており、
図面を見たとしても見つけることは困難であろう。
この家を建てた大工の親方であっても、
現在は分からないはずだ。
なぜなら、【魔字】という特殊なスキルによって、
その存在を人が認識しにくくしているからだ。
【魔字】とは、魔力を込めた文字の組み合わせにより、
様々な魔法を実行することができるスキルである。
大昔は幻獣召還などの魔方陣を作成する際に使用されていたが、
禁術となった。
現在ではスキル保持者はほとんどおらず、
国の管理下に置かれている数名のみとなっていた。
「……ぁりがとぅ」
「他に手伝えることはある?」
「……ぃまは……ない」
薬師ユールとのやり取りも円滑になった。
出会った当初
この美少女から避けられるという苦痛も
六太にとって今は良い思い出だ。
六太がここに来て二ヶ月半。
後1週間働くことで
ガリアナ王国の国民にもなれる。
ソルダース村やルクティの街に家ができた以上、
ヒドイ対応をしてきた申請窓口の男には負けないと決めた以上、
なんとしても国民になるのである。
昼下がりの第9区にある貧民街の病院で、
手伝うこともなくなった六太は、最近はまっているオキク茶でも淹れようと
お茶の準備を始めた。
「こんにちは~」
そこにいつもよりほんの少しテンションが高いクサリがやって来た。
いつも通りの丸眼鏡に貴族社会では珍しいショートカットの髪形で、
後ろには鹿男ニバと蜥蜴男ギュリゲを連れている。
「こんちはっ」
「ご苦労さま、六太さん」
労いの言葉をかけられると、六太の後ろからクサリの方へと
突進する影。
ユールである。
「……クサリ姉ッ」
ユールはクサリに抱きつく。
久しぶりに会えたのが嬉しいらしい。
六太にはまだ見せない笑顔は可愛らしく、
10歳の年相応か少し幼く感じる表情をしていた。
「ごめんね、ここ1週間くらいここに寄れなくて」
クサリが頭を優しく撫でると、
ユールの表情はさらに
ぱぁっと明るさを増した。
子供欲しい……。
六太は結婚は元より、恋人すらいない状況にもかかわらず、
そう思わせるだけの愛らしさがそこにあった。
「…………」
「おいっ、何ぼ~としてんだ、六太。
茶淹れんならおれらにもくれよ」
遠慮のない大きな声が蜥蜴男のギュリゲからかけられた。
出会った当初から距離感が若干近かったが、
今はもう古馴染みのような接し方だ。
六太はあまり積極的に人と関わるのが得意ではないから、
ギュリゲのように強引に踏み込んでくれると、
抵抗感はあるものの、結果として良かったと思っていた。
「あいよ」
六太は皆の分のお茶を用意するため、
お茶っ葉を足し、追加の湯呑みを取りに行くのだった。
お茶を飲んでくつろいでいたユールの作業部屋の温度が
少し下がったように感じる。
「━━まだこれは裏が取れていないが、
計画的に獣人の子供が狙われていると思う」
鹿男のニバの話は、つい先ほどまでの皆ののほほんとした空気を
壊すのに十分なものだった。
ニバはここ最近、クサリが押し進めている貧民街の環境を良くする
施策のために動いていた。
孤児院や病院、学校を設置する候補地の調査をしていた。
その過程で、「最近浮浪児の数が減っている」という声が
幾つか耳に入ってきたのだ。
最初は奴隷商人にでも捕まったとか、飢え死にしたとか、
そんな程度かと思ったが、
一つの地区だけはなく複数の地区で同じような
原因不明の噂が聞こえてきた。
「それでオレも浮浪児と接触している人物について
目撃情報を集めたんだが、
『教会の長』である大神官が度々獣人の子供と一緒に
いるところを目撃されているんだ」
「?
それってただ孤児院に連れて行ってるだけだろ」
ニバの話を聞き、蜥蜴男のギュリゲが疑問を投げかける。
「オレもそれを考えた。
しかし、教会の孤児院が新設でもされていなければ
ならないくらいの浮浪児が連れて行かれてる」
「ん~なら大神官が悪だくみでもしているのかもな。
でもオレらも獣人会に今いる子供達だけでも
かなり一杯一杯だからな。
できれば助けてやりたいが、あんまりしてやれることは
ないぜ」
苦い顔をするニバ。
確かにギュリゲの言う通り、獣人会はクサリの手を借りて
かなり多くの獣人の子供や女性、老人を受け入れることが
できるようになった。
しかし、既に現状かなりムリをしているのも事実である。
ニバは感覚派と思っているギュリゲに正論を言われて
二の句が継げないでいた。
すると、それを黙って聞いていたクサリが、
「にわかには信じがたいですけど、
ニバさんがそう言うなら事実である可能性は高いのでしょう。
『教会の長』の大神官さんは貧しい人のことを
本当に助けようとしている人だと思っていたのに……」
クサリは己の人を見る目のなさを情けなく思っていた。
一人で実家の書庫にいる時はそれでも問題なかったが、
財政官となり多くの人に影響を与える立場では許されない。
クサリは自分の甘さをまた思い知らされていた。
「……でも、大神官の目的って何なのかな?
そんな獣人の子供をたくさん集めてさ」
六太が思い付いたままに疑問を口にする。
しかし、それに対して答えを持っているものは
誰もいるわけもなく、
「そこはこれからの調査事項だな」
鹿男ニバはそう言い、沈黙する。
「私は孤児院を作る作業を急ぎます。
私の調査能力だと、探っていることが
ばれる可能性が高いから……」
クサリはニバとギュリゲに視線を向けると、二人は頷き返す。
この二人に探ってもらう方が有効。
クサリはこの件の調査を信頼する獣人に任せた。
それを見ているユールは不安そうにしていたので、
六太は頭に手を置き、大丈夫と声をかける。
「……ぅん」
クサリほどではないが、少しは不安の色が薄くなったようだ。
どうやらこれから何か起きるのかも知れない。
そう六太に予感させた。




