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異世界の成金道  作者: (ちきん)
第一章カンガール食堂と未亡人
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1-3カンガール食堂

村の中心部近くにある冒険者ギルドの隣に木造建築物がある。

入口には看板がありお皿とジョッキのマークが描かれている。


そこは『カンガール食堂』。


ソルダース村で唯一の食堂であった。


村人にも、村に一時的に訪れている冒険者や旅人にも

美味しい料理を提供するこのお店は多くのファンがいた。


近隣の村からこのお店で食事をするためだけに、

やってくるという熱烈なファンもいた。


それだけ流行っていた店であった。


しかし、その食堂も昼時の忙しい時間にもかかわらず、店内は閑散としていた。


「いらっしゃいませ」


そのがらがらの店内に冒険者の男が一人入って来た。

レザーアーマーに身を包み、武器はバスターソードを下げているが、

昼時に村の中におり、どこか気が抜けている表情は、

今日が休養日であることを教えていた。

1.8m位の背丈にがっちりした体格で短髪の冒険者の男は、

厨房にいる肩まである栗色の髪を後ろで縛っている女性に

笑顔で声をかける。


「あるものでいいから、頼むよ」


「いつもありがとうございます、

 今日はヤギニワトリのオムレツしかありませんが構いませんか」


「あぁ、後エールを」


注文を済ませると冒険者の男は窓際の席に陣取り、

早速出てきたエールを飲み干す。


「やっぱりあっちの店のせいだろうな……」


エールを味わいながら、そう呟く。

窓からは、店内がお客で溢れている店の様子が見えた。


この店に新しくできた『ソルダース食堂』である。


カンガール食堂の方が上手いのにな。

カンガール食堂の料理は、

このガリアナ王国東の州都ルクティの街にある食堂と比較しても、

負けていないと思うほど美味しいと冒険者の男は思う。


しかし、料理が美味しくても店は上手くいかないことがある。

今のこの店の状況がその一例だ。

潰れて欲しくないから、せめて冒険者の男は頻繁に店に通う。


男は料理を待ちながら、エールをあおる。





この村に二つある食堂の一つ、『カンガール食堂』。

食事時にもかかわらず、現時点でお客は冒険者の男一人という状態だ。


つい最近までは村唯一の食堂で繁盛もしていた。

しかし、先月にオープンした村長の息子が経営する

『ソルダース食堂』の影響で、店は大打撃を受けていた。


競争に負けたと言えばそれまでだが、運がなかった面もあった。


カンガール食堂は、

亭主ギルの仕入れてくる良質な食材と、

村一と言われている美人の妻ミーアが作る料理が評判の繁盛店だった。


20代の若い夫婦が始めた店は、二人の努力もあり開店後から順風満帆であった。

そして、暫くすると夫婦の間には子供も生まれ、

数年間は幸せの絶頂にあった。


しかし、好事魔多しというが、

つい3ヶ月前にギルは食材の仕入れの旅で賊に襲われ亡くなったのだ。

それは突然だった。


ギルが亡くなった日もミーアはいつも通り店を開くため、

準備に勤しんでいた。

今日も腕によりをかけて作ろう。

彼女が厨房で仕込みをする姿からはその意気込みが感じ取れた。


そして、その日の昼の営業が終わる頃に、訃報を村人の一人が知らせに来た。

その時のミーアの顔は、何を言われているのか理解できない。

そんな表情をしていた。


その日の夜にソルダース村に変わり果てたギルが荷車に乗せられ

帰ってきた。


見ない方がいい。

いつも親切にしてくれる村のおじさんがミーアに告げる。


しかし、ミーアは見ることにする。

もしかしたら、人違いなのでは。もしかしたら、何かの間違いなのでは。

そんな期待があったことも事実だ。


覆われていた布を取ると、そこにはひどく痛めつけられたギルがいた。


その姿には生き抜くために闘い付いた傷がたくさんあり、

その想いがミーアには伝わった。


さっきまでの淡い期待は現実に突き崩され、ミーアの目からは

涙が止まらなかった。


愛娘のシャルに見せるのは躊躇われたが、

ミーアが決断するより先に、預かってもらっていた村のおばさんの

腕を振り払って、父親ギルの遺体と対面してしまった。


当然シャルも泣き崩れ、二人の悲しみが痛いほど伝わった

その場にいた村人も多くがむせび泣いた。


それから埋葬までの時間はあっという間に過ぎていき、

翌日にはほぼ全ての村人に囲まれてギルは埋葬された。


その時にはもうミーアの目に涙はなく、

泣き続けているシャルを抱きかかえ、

お世話になっている村人達に挨拶を繰り返すのであった。



そして、ギルを埋葬した翌日からミーアは店を開き、その料理の腕を振るった。

周囲からもう少し休んだ方がという声もあったが、

彼女はこの世界で生きる人間として

そして母として止まっていられないことを知っていた。


仕入れる食材は明らかに質が落ちてしまったが、

それでもミーアの職業『料理人』の熟練度は高く、

振る舞われる料理は十分美味しかった。

これからもお店が繁盛を続けるだろうことは、村の誰もが予想していた。


しかし、村長の息子の店がそれからまもなくオープンする。


すると、カンガール食堂が仕入れられる食材の質量ともに

さらに下がってしまう。

ミーアの料理の腕でどうにかできるレベルではなくなった。


村長の息子は、この村でもかなりの問題児として昔から腫れ物扱いだったが、

成長してそれはもう誰も手がつけられなくなった。

今回も食堂に興味もないのに、新しい食堂用の建物を格安で村人に作らせる。

カンガール食堂に出入りする商人らに圧力をかける。

料理の価格設定も赤字覚悟。

カンガール食堂に通う村人に圧力をかける。


そんな相手にミーア一人でまともにやり合えるはずもなく、

村長の息子から睨まれたくない村人も

多くがカンガール食堂を避けるようになっていた。


それでも来てくれる冒険者の常連客がいるので、

ミーアは店は開けているのだが━━





「ミーア、いい加減に俺の申し出を受けろ」


「お断りしたはずです」


冒険者の男が食事を終え店を出て行くと、

入れ替わるように一人の男が入って来た。


店に入ってきたのは、オールバックにきっちり髪を固めた

村長の息子である。


村長の息子としてガキ大将程度の子供時分はまだよかった。

だが、成人してからもその根性は変わらず、村の荒くれ者になった。

職業は狩人なのだが、実は盗賊ではないかという噂も

村ではまことしやかに囁かれている。


とにかく村の評判は断トツに悪い。


剣士でもないのに、腰には長剣を帯刀しており、

近くに来た相手を虫の居所が悪いからと言って斬り殺しそうな雰囲気があった。


村長の息子は店の中ほどのテーブルに腰をかけた。

邪魔臭いイスが一つ、彼によって蹴り倒されていた。


「喪に服す期間を3ヶ月もやったんだ、

 いい加減俺と結婚しろ」


「返事は変わりません!!」


「もう少し状況を考えるといい。

 クズと陰口を言われる俺でも

 先月までと今では状況が違うのは分かる」


村長の息子の視線は、ミーアの豊かの胸や

子供を産んでもくずれることない腰の括れ、

美しい曲線を描く尻をなぞる。

いやらしい笑みが溢れ、ミーアに生理的な嫌悪感を抱かせた。


20代後半になりミーアは以前より色気が増した。

それでいて、娘を産んだとは思えない整ったボディライン。

彼女を我が物としたいという思いを、多く男性が抱いた。


もちろんそんなことは思っていても、

普通なら表に出さないように隠そうとするであろう。

特に、村人に信頼が厚いギルが亡くなったばかりなのだから。


しかし、村長の息子にはそんなことを気にするような思考回路はないらしい。

下心が顔に出過ぎていて、気持ち悪い悪臭をまき散らしていた。

まさに下衆野郎の代表格といったところである。


「かえって!!」


幼い少女の高い声が食堂に響く。


お客がおらず静かなせいもあり、その声はよく響いた。

今年6歳になった少女が、厨房の端にある扉のところに立っている。


どことなくミーアの面影がある。

きっと大きくなれば美人になると想像させるこの少女は、

シャルと名付けられたミーアの愛娘だ。


そのシャルが村長の息子に向かって怒っていた。


ただ、怖そうな村長の息子を前にまだ小さなシャルは少し怯えている。

スカートを掴む彼女の手が小さく震えている。

それでもお母さんを守ろうとするこの小さい少女は勇気を振り絞っていた。


「シャル、お前とお前のお母さんのために

 俺は言ってるんだぜ」


子供には興味がない。

村長の息子は面倒くさそうに、厨房に見えるシャルに話かけた。


「かえって」


「(これだからガキは。)

 ミーアお前は俺の言うことが理解できるはずだと信じてるぜ」


少女の真剣なまなざしと今にも泣き出しそうな表情を受け、

村長の息子はうんざりしたように座っているテーブルから立ち上がる。


【【【ドンっ】】】


少し大きな音を立てて床に下り、

シャルをさらに怯えさせる。


村長の息子は思った通りの子供の反応が帰ってきてにやけている。

とりあえず生意気なガキをびびらせることができたので、

村長の息子は店の出口へと満足げに向かう。


そして、店を出る直前に、諭すようにミーアに言う。


「ミーア、女一人で娘抱えて生きていけるなんて

 生娘みたいな夢見ずによく考えてみろ。

 この世界はそんなに人に優しくはできてないからな」


再びいやらしい目でミーアの尻を視姦して、村長の息子は出て行った。

それを合図に、シャルは泣き出してしまう。



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